JK妻(シーズン2)   作:山田甲八

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二 結婚記念日事件

 四月も最終日を迎えることになり、今年もチャコの誕生日がやってきた。そして初めての結婚記念日を迎えることになった。チャコと僕が婚姻届を出したのはチャコの十六歳の誕生日だったからチャコの誕生日はイコール結婚記念日ということになる。この記念すべき初めての結婚記念日を僕はチャコと二人で静かにお祝いしようと思っていた。できればゴールデンウィークも含め、小旅行でもしようとさえ考えていたのだ。

 しかし、僕の希望的観測は見事に打ち砕かれた。チャコの誕生日ということはチャコと同じ天使の顔を持つ悪魔の誕生日でもあるのだ。双子というのはそういうものだ。誕生日の違う双子というのは八万六千四百分の一の確率でしか誕生しないのだ。まあもう少し確率は高いのかもしれないが。この悪魔は僕たちの結婚記念日やチャコの誕生日ということをそっちのけで自分の誕生日をどうやって祝うか、否、祝ってもらうかということに非常に強い興味を示していた。しかも同じ屋根の下で暮らし始めているのである。なるほど、最初のうちはこの碑文谷の家と実家の中華料理屋さんを行ったり来たりするというようなことを言っていたかもしれない。しかし結局はこっちに入り浸り、チャコもその行動を支持したのだ。親御さんが異議を申し立てることにも期待したが、元々親御さんも家出の大先輩であり、娘の家出に文句を言える筋ではない。

 そういう訳で記念すべき一周年の結婚記念日は碑文谷の我が家でマコちゃんとマコちゃんがこの五月からユニットを組む鈴木春菜ちゃんを迎えてのホームパーティーということになった。もっとも結婚一周年のパーティーとはいうものの、結局チャコと僕が料理やなんやらをセットしたので、事実上、マコちゃんの誕生パーティーという色彩が強くなった。

「なあチャコ。」

「ん?」

 僕はリビングで料理や飲み物を並べているチャコに声をかけた。

「結婚一周年だけどこんなんでチャコは満足かな?」

「もちろん満足だよ。しかも誕生日でしょ。実家にいるときはお店忙しかったし誕生日のお祝いなんてなかったから。今日は生まれて初めてマコちゃんと一緒に誕生日を祝えるよ。啓一さんありがとね。」

 そう言われてしまうと僕は何も言えない。

「それより啓一さん。」

「ん?」

「春菜ちゃんをお弟子さんにする話はどうなってるの?もうマコちゃんとのユニット、デビューしちゃうよ。」

「う~ん、今一つ思い切れないんだな。」

「何がつかえてるの?」

「うん、チャコには言いにくいんだけど、チャコに未練があるんだよ。」

「何言ってんの、あたし啓一さんと別れる気なんてないよ。あたしは春菜ちゃんをお弟子さんにしてって言ってるんであたしと別れて春菜ちゃんと結婚しろって言ってるんじゃないよ。」

「そんなこと分かってるよ。つまりその、裕ちゃんの歌はチャコに歌ってもらいたいなあと……。」

「ああ、そういうことか。でもあたしは無理だ。だって代議士の妻になるんだよ。そして大臣の妻になってゆくゆくはファーストレディー。まあ歌との両立はできなくはないかもしれないけど、歌手と代議士の妻がどっちつかずになったら嫌だし。それに春菜ちゃん抜群の歌唱力なんだから春菜ちゃんで行ってよ。」

「う~ん。」

 と言いつつ僕はまだ躊躇していた。そうこうするうちに準備がほぼできあがった頃のタイミングで玄関のチャイムがなり、マコちゃんが春菜ちゃんを連れて入ってきた。春菜ちゃんは今年の一月にこの同じリビングルームで出会って以来、何かと理由をつけては僕の家に来ているのでもう慣れたものだ。

「結婚記念日おめでとうございます。それからチャコちゃん誕生日おめでとう。これ、ほんの気持ちです。」

 そう言って春菜ちゃんはチャコと僕にプレゼントをくれた。マコちゃんは手ぶらだ。

「さあ座って座って。もう始めようよ。」

 マコちゃんは自分が主役のように仕切り始める。

「マコちゃん。今日は僕たちの結婚記念日のお祝いでもあるんだからね。」

 僕はやんわりとマコちゃんをいなした。

「それは分かってるんだけどなあ。でもチャコちゃんと二人で誕生日にお祝いしてもらうの初めてなの。だからうれしくてはしゃいでるの。去年はお兄ちゃん大きいケーキ買ってくれたんだよね。それもうれしかったなあ。」

 そう言われてしまうとマコちゃんのペースだ。

「じゃあ乾杯しましょう。」

 今度はチャコの仕切りでみんなでジュースで乾杯した。

「ねえ、お兄ちゃん、今年も夏休みには柏崎行くんでしょ?」

 乾杯が終わるとマコちゃんがいきなりそう話題を振った。

「うん。もう選挙も近いみたいだからまたそういうことになると思うね。そうでなくても地元からは中々帰ってこないと言われているからね。」

 秋の臨時国会中に解散、総選挙になるだろうというのが大方の見方で白石姉妹の祖父の白石権蔵参議院議員からは強いプレッシャーを受けていた。しかしそもそも政治的野心のまるでない僕はどうも真剣になれなかった。

「でも去年の夏休みは後援会長さん、『そんなに帰ってこなくていい』って言ってたよ。」

 チャコが言った。

「でも限度もあるよ。夏休み以来、帰ったのは裕ちゃんの命日だけだからなあ。それも日帰りだったし。そのときは『正月も帰ってこなかった』って商工会議所の会頭さんからさんざん嫌味を言われたでしょ。」

「ああ、あのおじいちゃんね。厳しそうだもんね。」

「うん。実はその会頭さん今、東京に来てるんだよ。会議とかでさ。で、今日の夜、権蔵先生と六本木の料亭で会食が設定されていて僕も来るように言われていたんだ。でも結婚一周年ということでなんとか逃げてきたけどね。まあ僕が今一番会いたくない人だったし。」

「実はねえ、あたしと春菜ちゃんも夏休みには柏崎に行くんだあ。」

 マコちゃんが春菜ちゃんと顔を見合わせて言った。春菜ちゃんは僕と目を合わせてニコッとした。

「ああそうか。春菜ちゃん里帰りするんだね。それでマコちゃんもついて行くってわけか。じゃあ柏崎で僕たちと合流できるね。」

「うん、春菜ちゃんの里帰りもあるんだけど、テレビの企画なの。スペシャル番組のコーナーであたしと春菜ちゃんが柏崎に一週間滞在して色々なことやるんだって。」

「色んなことって?」

「一日警察署長とか。細かいところはまだ企画中なんだけどね。だから向こう行ったらあたしと春菜ちゃんよろしくね。どっか連れてってね。」

「そうなんだ。それはあたしも楽しみだなあ。」

 チャコが相槌を打つ。マコちゃんはともかくとして春菜ちゃんは裕ちゃんと僕の小学校、中学校の後輩だ。もしこのユニットが夏休みまでに売れているのなら母校訪問もテレビの企画としても行けるだろう。僕はそんなことを考えた。

「じゃあ滞在中に白石の本宅に泊まってもいいよ。でも僕は政治活動が忙しくて二人の相手はあまりしてあげられないかもしれないけどね。まあチャコが切り回してくれるだろうけど。」

「ホント、啓一さんマコちゃんに甘いんだから。」

 チャコがちゃちゃを入れる。少しやいているようだ。

「甘いんじゃなくて優しいだけだよ。そういうあたしはすっかりブラコン。もうお兄ちゃんなしでは生きてはいけないなあ。」

 そう言ってマコちゃんは僕にウインクした。

「本当に優しいんですね。マコちゃんと一緒にいるとよくお兄さんの自慢話をしてくれますよ。私にも兄がいるんですけどいつもけんかばっかりです。だからマコちゃんのことがとてもうらやましいです。」

 春菜ちゃんはニッコリ微笑んでそう言った。

「そう。この二人、義理の兄と妹なのにありえないほど仲がいいんだよ。同じベッドで寝たりするんだから。それも同じパジャマを着て。」

 チャコがさらにちゃちゃを入れた。マコちゃんと僕をいじって遊んでいるようだ。

「チャコ、待てよ。春菜ちゃんが誤解するじゃないか。」

 僕が慌ててチャコを制した。

「でも事実でしょ。しかも隣のベッドにはあたしが寝てる状況だったんだよ。信じられないよね?」

「うん、まあね。」

 春菜ちゃんはあきれて苦笑いした。マコちゃんが言い訳する。

「それはね、こういうことだったの、あたし徹夜明けでとにかく眠くてお兄ちゃんのベッドで寝ようと思ったの。お兄ちゃんは早起きだからもう起きてたの。チャコちゃんが起きちゃえば寝室には誰もいないから午後まで静かに寝ていられるし。だから同じベッドで同じパジャマは着たけど同じ時間に寝てた訳じゃないからね。」

 そんな話が続いた。春菜ちゃんはおとなしい子であまり自分からは話さない。僕も積極的に話す方ではない。結局、チャコとマコちゃんが春菜ちゃんと僕をいじりまくる展開になった。そのうち疲れたのか寝不足なのか、マコちゃんはソファで眠ってしまった。仕方ないのでマコちゃんをお姫様抱っこし、二階のマコちゃんのベッドに寝かせに行った。

「ほらね。どっちが夫婦か分からないでしょ?これじゃああたしよりも先にマコちゃんが啓一さんの子どもを産んじゃうかもね。」

 背後で春菜ちゃんにそう言うチャコの声が聞こえた。僕は特に言い訳しなかった。そもそもマコちゃんを居候させるチャコが悪いのだ。

「片付けはあたし達でやるから、遅いから春菜ちゃんはもう帰ってよ。啓一さんに送ってもらうから。いいでしょ。お酒飲んでないし。」

 二階から戻るとチャコが春菜ちゃんにそんなことを言い、僕に同意を求めた。

「うん、まあいいけど僕が一人で春菜ちゃんを送るの?」

 明日は土曜日で仕事はないからある程度遅くなっても問題はない。

「そう。よかったね。モデルさんとツーショットになれて。」

 チャコはそう言っていたずらっぽく笑った。僕は返す言葉がなかった。

「いいですよ。タクシーで帰りますから。」

 春菜ちゃんは僕にそう言ったが「いいじゃないの。二人だけで話したいこともあるだろうからさ。柏崎の昔話とか。じゃああたしはお片付けをしますので」とチャコが言ったので、僕の方からから「じゃあタクシーで帰ってね」とは言えず、結局、ガレージにクルマを取りに行って玄関に回した。

 待っているとお土産を持った春菜ちゃんがチャコに連れられて出てきて助手席に乗り込んだ。

「おいおい、春菜ちゃんは後ろでいいよ。助手席じゃ失礼だよ。」

 僕はそう言ったが「駄目駄目。春菜ちゃんは啓一さんのお弟子さんになるんだから師匠をアッシー君みたいに使うことは許しません。助手席がいいの。こっちの方が、話が弾むでしょ?じゃあ啓一さん、お疲れのところ申し訳ないけど春菜ちゃんをよろしくね。急がなくていいからね。なんなら春菜ちゃんとお泊りしてきてもいいですからね。じゃあね」とチャコは言って僕を送り出した。とても一周年の結婚記念日に妻が口にするセリフではない。

 そういうわけで僕は春菜ちゃんとクルマの中で二人きりになった。

 

 狭いクルマの中で春菜ちゃんの方からは何か甘いような頭をクラクラさせるほのかな香りが漂ってきていた。これもチャコお得意の「お色気作戦」なのだろうか。

「ごめんね、チャコのペースにつき合わせちゃって。」

 僕は春菜ちゃんに謝った。

「いいえ。私の方こそ送っていただいてすみません。お疲れでしょう?」

「ねえ春菜ちゃん?」

「ハルナでいいですよ。」

「そういうわけにもいかないよ。ねえ春菜ちゃん、何かつけてる?香水か何か。」

「すみません。さっきチャコちゃんにつけられたんです。男の人をその気にさせる香水だそうです。」

 どうりで頭がクラクラするわけだ。頭の中が歌舞伎町の世界だ。それにしてもチャコのやつ、そんなのどこで手に入れたんだ。

「それは重ね重ね申し訳ない。ホントにごめんね。妻の管理が行き届いてなくて。」

「とんでもないですよ。私は先生にとても感謝しているんですから。」

「お願いだからそんな呼び方はやめてくれないかなあ。そうでなくても色んな人から先生呼ばわりされてるんだ。」

「他の人はどうか分かりませんけど、私にとっては本当に先生です。『ザ柏崎』をプロデュースしてくださったんですから。お礼の言葉もないです。先生は嫌かもしれないけど私的にはもう先生の一番弟子のつもりです。だから呼び捨てにして欲しいんです。マコちゃんやチャコちゃんが立ち回ってくれてるのも本当は嬉しいんです。」

「それも謝らなきゃいけないかなとか思ってるんだけどね。マコちゃん迷惑かけてない?」

「迷惑なんてとんでもないですよ。マコちゃんと一緒で本当に助かってます。」

「本当に?マコちゃんてチームの中でどうなの?」

「すごいですよ。まだ入って半年くらいしかたたないのに圧倒的な存在感がありますよ。いつもニコニコしてるし、どんなことも嫌がらないし、ああこういう子が売れっ子になるんだなって思います。」

「そう?」

「はい。この前も罰ゲームで泡だらけのところに飛び込まなきゃいけないっていうのがあったんですね。私は自分になったらやだなあって思ってたのにマコちゃんが『あたしが行きま~す』って言ってあっという間に飛び込んでいってそれがまたおかしくて出演者もスタッフも大笑いしたんです。私も助かったんですけどディレクターさんはもっと助かったんじゃないかな。ああいうのって出演者を説得するのに結構時間かかったりしますから。私と二人で『ザ柏崎』の取材を受けたときも水着の撮影があったんですけど、マコちゃん自分から『もっと足開きましょうか?』とか言って。だからすぐにレギュラーもらえたのも分かるんです。みんなこういう子と一緒に仕事したいと思うんだなあって。私も見習わないと。」

「まあ外ヅラはいいし、何分、常識に囚われないからね。」

「いつも助かってます。ていうか私、嫌なことは全部マコちゃんに押し付けちゃってるんじゃないかなとか思ってます。」

「まあ歌が始まればマコちゃんは春菜ちゃんにおんぶに抱っこだけどね。で、野島さんとかチャコとかマコちゃんもそうだけど、勝手に春菜ちゃんをプロデュースしようとしてるけど春菜ちゃんの気持ちとしてはどうなの?」

「それはもちろん裕子さんの歌を歌えるならこれ以上のことはないですよ。……ところで、先生に一つお聞きしたいことがあるんですけど。いいですか?」

「何?」

「古い話なんですけど、先生が中学一年生のときだと思います。夏休みに柏崎市民会館で市民音楽祭をやったの覚えてます?」

「はて、そんなのあったっけ?」

「裕子さんも参加してピアノ弾きながら歌ったと思うんですけど。」

「ああ、なんかそんなのあったね。素人のど自慢みたいなお祭りだったね。で、裕ちゃん審査員奨励賞か何かもらったんだ。懐かしい。」

「はい。優勝はできなかったけど、裕子さん出演者の中で最年少でしたから。」

「春菜ちゃん見てたの?まだ小さかったでしょ?」

「私は小学校一年生でした。でもよく覚えてるんです。というか私の音楽の出発点だったかもしれません。」

「裕ちゃん何、歌ったんだっけ?もうそんなことも忘れてる。」

「『天使の翼』ですよ。」

「そんなのあったっけかなあ。どんな歌だっけ?」

 春菜ちゃんは少しハミングした。歌詞は忘れているようだ。

「こういう感じです。」

「思い出した。そうだ。僕も一緒に作ったんだ。裕ちゃんの初期の作品だ。でも不思議だなあ。今、その楽譜ないよ。」

「あっそうなんですか?」

「うん。まあまだ整理中だけどね。裕ちゃんってとにかく整理のできない人だったからすべてがごちゃごちゃなんだ。チャコもその血を引いてるけどね。それは記念の作品だからどこかに大切に保管してあるんだと思う。探しておくよ。」

「やっぱり裕子さん音楽祭に出ていたんですね。」

「うん。僕も見てたよ。紫色のドレスを着てたな。写真もあると思うよ。」

「そうですか。良かった。実は私、そのときから裕子さんにあこがれてたんです。小学校一年生だったけど将来ああいうふうになりたいなあって。それから随分時間がたって裕子さんがデビューしたときに『あれっあのときの人?』って思ったんです。それで地方紙の縮刷版とか調べてみると同姓同名で、絶対に同一人物だって思ってたんですけどそれ以上確認のしようがなくて。裕子さん謎の歌姫だったから。……ありがとうございます。これですっきりしました。やっぱり私、ずっと昔から裕子さんにあこがれてたんです。」

 そう言われてしまうと僕はますます運命を感じた。裕ちゃんの歌を歌うのはやはりこの子しかいないのかなと思った。「天使の翼」を探し出してこの子に歌わせなければならないのか。そんなことを考えた。そんな話をしているうちにクルマは六本木にある春菜ちゃんの事務所の寮に到着した。寮といっても借り上げマンションだ。

「お疲れ様。今日は来てくれてありがとう。ゆっくり休んでね。」

 僕はクルマからは降りず、窓越しに声をかけた。

「はい。結婚一周年おめでとうございます。今日は送っていただきましてありがとうございました。チャコちゃんに電話して『とても紳士的に送ってもらった』って言っておきます。おやすみなさい。」

「はい、おやすみ。」

 僕は静かにクルマを発進させ真っ直ぐ帰宅した。まだ日付は変わっていなかった。帰宅するとチャコはもう寝てしまったようで、パーティーの残骸だけがリビングに残されていた。僕はそれを片付けた。我がまま姉妹の執事のような気分だった。そしてスタジオ兼書斎に行き、裕ちゃんの残してきたものと少し向き合った。

 

 次の日、目が覚めてダイニングに降りるとマコちゃんがもう起きていて、朝ご飯を作っていた。

「おはよう。お兄ちゃん。昨日はお祝いしてくれてありがとね。とっても楽しかった。」

 マコちゃんはニッコリ笑ってそう言った。

「おはよう。よく眠れた?」

「うん。ぐっすり。でもあたしいつの間に二階に行ったんだろう。全然記憶ないや。」

「そりゃそうだよ。マコちゃんリビングで寝ちゃったから僕が二階までかついでいったんだよ。」

「そうだったの。いつもごめんね。で、遅くまでやってたの?」

「十時半くらいまでかな。マコちゃんが寝ちゃったら解散したよ。それから春菜ちゃんは僕がクルマで六本木まで送っていったよ。」

「お兄ちゃん一人で?」

「そうだよ。」

「ヒューヒュー!結婚記念日だっていうのに春菜ちゃんとツーショットだなんてお兄ちゃん隅に置けないね。」

 そういう妹を僕は無視した。別になりたくてツーショットになったわけじゃない。本当はチャコと二人で静かに過ごしたかったのだ。そのとき僕の家の電話の着信音、裕ちゃんの大ヒット曲「卒業」が鳴り、マコちゃんがリビングに出て行き、また戻ってきた。

「お兄ちゃん、電話。おじいちゃんの秘書の山崎っていう人。」

「はいはい。」

 僕はリビングに向かい、受話器を握った。

「もしもし。」

「おはようございます。白石権蔵の秘書の山崎です。」

「おはようございます。どうしました?土曜日の朝から。」

「実は大先生が若先生にお聞きしたいことがあるそうです。今日、午前中でしたら大先生、議員会館の方にいらっしゃるのでこちらにいらしていただけないでしょうか?」

「はあ。なんの話でしょうか?」

「詳しくは知らないのですが若先生が昨日の夜十一時頃何をされていたのかということをお聞きになりたいようです。」

 それを聞いて僕は衝撃を受けた。春菜ちゃんとツーショットだった時間だ。しかも権蔵議員は商工会議所会頭と六本木の料亭で会食をすると言っていたのだ。二人でいるところを見られたのだと思った。

「そうですか。何か他にこころあたりになることはありませんか?」

「そうですね。昨日の会頭さんとの会合には私もいたのですが、会頭さんは若先生がなかなか地元に帰ってこられないと不満をもらしていました。そのことで若先生に意見されるのかもしれません。」

「分かりました。できるだけ早く着くようにします。では後ほど。失礼します。」

「はい。お休みのところ申し訳ありません。どうぞよろしくお願い致します。失礼します。」

 そう言って電話は切れた。やれやれと思って振り返るとチャコが立っていた。まだパジャマ姿で眠そうだ。僕の顔を見ると安心したのかあくびをした。

「おはよう。啓一さん。昨日はごめんねえ。で、春菜ちゃんと何かあった?」

「あるわけないでしょ。昨日、春菜ちゃんから電話なかったの?家に着いたらチャコに電話するって言ってたけど。」

「そうだ。紳士的に送ってもらったって言ってたんだ。啓一さんすごいね。あのお色気に耐えたんだ。よっぽど奥様を愛していらっしゃるんですね?あっこれ春菜ちゃんのセリフだ。」

「……」

 僕は絶句した。

「電話誰から?」

「山崎さんだよ。権蔵先生の秘書の。権蔵先生が、話があるから今から来いって。」

「なんだろう?」

「それが昨日の夜十一時頃の行動について確認したいことがあるんだって。だから春菜ちゃんと一緒のところを見られたんだね。」

「おじいちゃんに見られたって?そんな偶然あるのかなあ?」

「いや、権蔵先生とは限らないよ。僕は永田町はもちろんだけど、作詞大賞もらっているし、六本木ではそれなりに知れた顔さ。そんな僕が夜、春菜ちゃんとツーショットだったらビックリする人はビックリするよ。」

「それでおじいちゃんに告げ口したって訳か。」

「そんなところだね。今の世の中、スマホで画像撮って、動かぬ証拠を転送することくらい訳ないよ。どうしようかなあ。まあいずれにせよ怒られるだろうけどね。選挙近いっていうのに政治家らしいことやってないもんね。」

「ねえ啓一さん、あたしも一緒に行っていいかな?」

「チャコも?怒られに行くだけだよ、きっと。」

「まあ春菜ちゃんのことはあたしにも責任があるし、おじいちゃんご無沙汰だし、議員会館も久しく行ってないし、啓一さんと二人で一緒にお出かけしたいし。」

「うん。」

「それにあたしがいた方がおじいちゃん怒りづらいと思うの。あの人『鬼の権蔵』とか言われてるけど孫には結構、甘いから。」

 確かにチャコがいればチャコの夫にきついことは言いにくいだろう。

「分かった。でもすぐに出るよ。」

「わ~い。じゃあ着替えてくるね。」

 そう言うとチャコは通学する自由が丘女子高等学校の制服に着替えて、マコちゃんの作った朝食をかき込み、僕たちは出発した。チャコの通う高校にはプライベートでも外出するときには必ず制服を着ていかなければならないという厳格な校則があるのだ。

 

 セーラー服の少女と僕は五月に入ったばかりの碑文谷の街を二人で駅まで歩いた。

「なあチャコ。」

 僕はチャコに話しかけた。

「結婚して一年たったけどどうかな?」

「どうって何が?」

「チャコの気持ちだよ。僕に対する。」

 チャコは笑って

「どうしたの?大好きに決まってるでしょ。この一年でますます大好きになったよ。」

「でもマコちゃんを下宿させたり、春菜ちゃんに僕を誘惑させるようなことしたり、なんか行動と言うことが合ってないような気がするんだけど。」

「ああそうか。啓一さんは混乱しちゃうね。でも本当は啓一さんのこと大好きだし、マコちゃんにも春菜ちゃんにも正妻の座を譲る気はさらさらないよ。」

「じゃあマコちゃんと僕のことはどう思うの。確かにマコちゃんと僕はありえないほど仲がいいかもしれない。マコちゃんと僕が仲良くしてるのを見てチャコは、本当はどう思ってるの?」

「うれしいよ。マコちゃんとっても幸せそうなんだもん。あんな幸せそうなマコちゃん今まで見たことなかったからね。」

「そう?」

「実はあたし、啓一さんに嘘ついてた、っていうか見栄を張ってたことがあるの。」

「見栄?」

「うん。あたし、実家での生活がそれなりに幸せだったみたいなこと言ってたけど、本当は結構つらかったの。それはそうよね。お母さん、家出してきて十八歳で双子のシングルマザーになったんだもん。お父さんとは一緒に暮らしてたけどお店はなかなか軌道に乗らなかったし、それは大変だった。それにお父さん、今は随分丸くなったけどすぐ暴力ふるったりしたしね。お母さんにも。」

「そうだったんだ。」

「生活保護受けてたときもあったと思う。あたしもマコちゃんもつらかった。それでもぐれなかったのは本当に裕ちゃんのお陰だった。将来はこうなりたいなと思える人が傍にいたんで我慢できたんだと思う。」

「うん。」

「だから裕ちゃんが死んじゃうって聞いたときは本当にどうしようかと思った。でも裕ちゃんが啓一さんと結婚しなさいって言ってくれたんで途方に暮れずに済んだ。啓一さんと結婚すればなんとかなるって安心感があったかな。でも結婚そのものにはあまり前向きになれなかったの。お母さん見てたからね。お母さんは名前は幸子だけど全然幸せそうに見えなかった。お父さんに使われるばっかりで。結婚してもああなるのは嫌だなって思ってて、だから結婚も実家での生活を脱せればいいやくらいにしか考えてなかったの。最初はね。でも碑文谷に来た次の日にもう考えが変わったの。こんなに優しくしてくれる人が世の中にはいるんだって思って最初はずっとうれし泣きしてたな。本物の王子様に出会えたって思って。そして一ヶ月たって、絶対にこの人離しちゃいけないと思って十六歳になると同時に婚姻届出したの。マコちゃんはブーブー言ってたけど、それもインフルエンザの後は態度がガラッと変わったね。マコちゃんは結婚じゃなくてあたしと離れるのが嫌だったみたい。」

「だからマコちゃんを下宿させたかったのか。」

「そう。あまりにも幸せだったから。この生活をあたし一人で独占したら絶対にバチが当たるって思ったの。だから啓一さんがマコちゃんの下宿の話をしたときはこのチャンスを逃すものかって思ったの。だから今、幸せそうなマコちゃんを見ててあたしもうれしいよ。」

「そうか。……君達姉妹にとって僕はどういう存在なのかな?」

「カミだよ。」

「カミ?」

「そう。神様。」

 僕は執事の間違えではないかと思った。

「だってあたしはお姫様になりたいと思ってたら本当になったし、マコちゃんはスーパーアイドルになりたいと思ってたら本当になったんだよ。全部啓一さんのお陰でね。だからあたしもマコちゃんも本当は啓一さんのこととっても尊敬してるんだよ。啓一さんにちゃちゃは入れるかもしれないけどそれは冗談だから気にしないでね。マコちゃんと仲良くしてくれるのはとってもうれしいんだから。もちろん嫉妬もするけど、一緒にお風呂入るくらいまでだったら許せるかなあ。」

 やはりこの妻はありえない。

「じゃあ春菜ちゃんのことは?昨日、クルマに乗せる前に変な香水付けたでしょ?」

「うん。あのお色気に耐えたんだよね。すごいなあと思ったよ。」

「そうじゃなくて、なんでお色気作戦なんてするの?」

「それは純粋に春菜ちゃんに裕ちゃんの歌を歌ってもらいたいから。啓一さんを説得するのにもっといい方法があればいいんだけど浮かばないんでとりあえずお色気作戦しかないかなと……。」

 そんなことを話しながら学芸大学の駅に到着した。駅の売店に「ザ柏崎」ことマコちゃんと春菜ちゃんの二人が表紙でニッコリ笑っている雑誌があったのでそれを買い、二人で読みながら東急と直通の地下鉄に乗った。霞ヶ関で乗り換えて国会議事堂前で降り、歩いて議員会館まで行った。

 

 議員会館では当たり前のように目指す部屋に入った。ほぼ毎日この部屋には来ているので今さらノックなどしない。しかし、部屋に入って「おはようございます」と言って僕はびっくりした。

「やあ若先生。おはよう。お久しぶりです。」

 目の前のソファには今日、僕を待っているはずの巨漢の参議院議員の隣に柏崎商工会議所の会頭が座っていたのである。僕が絶対に会いたくない人間の一人だった。不意打ちだった。

「あっ会頭さん。お久しぶりです。昨日はお会いできず申し訳ありませんでした。」

 そう言ってあいさつするのが精一杯だった。チャコも「いつもお世話になります」と言って頭を下げた。チャコと僕は巨漢の政治家に勧められ、巨漢と歳はいっているが元気で礼儀正しい柏崎財界トップの前に座った。

「これから柏崎に帰るのですが、今日、若先生がここに来ると聞いたものですから一目お顔を拝見して行こうと思いましてな。若奥さんもいらしたんですね。」

「はい。」

 僕は一生懸命言葉をつなごうとするがそれ以上言葉が出てこない。財界トップは続けた。

「実は言いにくいことを申し上げなければなりませんで。大先生から言っていただこうかと思ったのですがせっかく東京に来ているものですから私の口から。実は若先生があまり柏崎にお帰りにならないことに対する不満の声が地元で大きくなっているのです。」

「はあ。」

「私は『若先生は東京で色々忙しいのだろう』と押さえているのですが、それでもひど過ぎるという不満が強く出ていましてな。うちの会員の中にもいっそ別の候補を応援したいという者も出てきているのです。」

 そうなのだろう。でも地元にちょくちょく戻って支援者に媚を売るのは僕の柄ではない。苦手なのだ。

「地元に帰ってこられない理由があるならそれはそれで仕方がないと思いますが、私も後援者の一人として支援者に説明する責任があるのです。若先生のような例は今までにありませんでしたからな。東京で何をされているのか地元に分かるように説明していただけないでしょうか?」

「それは……」

 僕は言葉につまった。当たり前だ。地元に帰らないのは政治的な野心がないからだし、二人の我がまま女に振り回されているからだ。しかしそんなことはとても理由にならないし、適当な言葉が見つけられなければ隣に座っている巨漢の政治家に怒られてしまう。財界トップよりも怖いのは巨漢の方で僕の対応次第ではチャコやマコちゃん、あるいは柏崎にいる僕のおふくろにも迷惑がかかってしまうかもしれないのだ。

「すみません。あたしが代わりに説明してもいいですか?啓一さん自分の自慢話するの苦手なんで。」

 僕が次の言葉を見つけられないでいるとチャコが急に口を開いた。

「会頭さん、『ザ柏崎』っていうユニット知ってます?」

 チャコはそう言うとさっき買った雑誌を、表紙を向けて目の前のテーブルに置いた。マコちゃんと春菜ちゃんがニッコリ笑っている。

「この子は。」

 巨漢の参議院議員が思わず声を出した。見覚えがあるのだ。リアルか画像かはともかく、顔は見ているのだろう。

「おじいちゃん知ってるのかな?鈴木春菜ちゃん。啓一さんのお弟子さん第一号。お弟子さんと言っても政治じゃなくて音楽ですけどね。」

「隣の女性は若奥さんですよね?」

 会頭が尋ねる。

「いいえ。隣の女の子はあたしの双子の妹のマコちゃん。マコちゃんと春菜ちゃんでユニットを組むんですよ。それで今月の二十一日にCDデビューするんです。それも裕子叔母さんの曲なんですよ。もう今から予約が殺到してるそうです。裕子叔母さんが亡くなってから裕子叔母さんの曲が世に出るのこれが初めてですからね。しかもユニット名は『ザ柏崎』。啓一さん、東京でずっとこのユニットのプロデュースをやってるんです。」

 そう言ってチャコは表紙に書かれている「ザ柏崎」の大きな文字を指さした。

「ザ柏崎?」

 会頭が聞き返した。

「はい。実は春菜ちゃん柏崎の出身なんです。それでとても歌がうまいんですよ。裕子叔母さんよりうまいって評判です。柏崎出身で歌のうまい女の子探すの大変だったんですから。それでユニットを組む相手は柏崎の大物政治家白石権蔵参議院議員の孫で柏崎が生んだ歌姫白石裕子の姪のマコちゃん。その二人が『ザ柏崎』という名前で売れ出したら柏崎の名前が一躍全国区になるってわけです。」

「それはそうだろう。」

「会頭さん。確かに道路を作ったり橋を作ったりするのも政治家の大事な仕事かもしれません。でも啓一さんはもっと大きなことを考えてるんです。柏崎を全国区にしたいって。そうすれば観光客はいっぱい来るし、地元の物産も全国で売りやすくなりますからね。」

「うん。商工会議所も助かるよ。」

「それよりもなによりも大切なのは市民のみなさんの気持ちですよ。地元が有名になれば自分の街ということで市民のみなさんも鼻が高いじゃないですか。柏崎を自慢できますよね。」

「そうだな。」

「しかもこの二人、夏休みにはテレビ局の企画番組で柏崎に行くそうですよ。そして一日警察署長やったり柏崎のことを全国ネットでいっぱい宣伝するんですって。そしたら会頭さん、どうなると思います?」

「それはもう、柏崎にものすごい経済効果をもたらすだろうね。」

「そうですよね。それでも商工会議所の会員のみなさんは啓一さん以外の方を応援したいというのでしょうか?」

 会頭は少し沈黙した。そして

「そうだったのか。それならそれでそう言ってくれれば良かったのに。」

「言わないところが啓一さんのすごいところですよ。自分が大したことしてないのにいかにも自分がなんでもやったかのように自慢する政治家って多いじゃないですか。でも啓一さんは成功したことは全部ほかの人の手柄にして失敗したときだけ自分一人でごめんなさいするタイプの人なんです。だから本当は政治家には向かないのかもしれません。あたしは大好きですけど。」

「いや、政治家に向かないなんてそんなことないよ。素晴らしい政治手腕だ。それはびっくりだ。若先生、この雑誌もらってもいいかな?」

 会頭が僕に振った。

「はい。構いませんけど。」

 僕が答えた。

「今回の上京では何も持って帰る土産がなくてどうしようかと思っていたところだった。最後にとても大きなお土産ができたよ。ありがとう。君がそれほど地元のことを考えてくれていたとは気が付かなくてすまなかった。……地元のことは気にしなくていいよ。君のペースでやればいい。次の選挙では君のこと絶対に当選させよう。もし当選させられなかったら私は会頭を降りるよ。約束する。それにしても」、会頭は隣の巨漢政治家の方を向き「大先生の目に狂いはありませんでしたな。いや、いい青年だ。」

 そう言った。

「そうでしょう。私の言ったとおりでしょう。会頭は昔から心配性なんですよ。なんと言ってもこの青年は私が見つけてきたんですから。この白石権蔵にお任せいただければ万事安泰です。ハハハハハ。」

 巨漢は大笑いした。

 それから会頭は「新幹線の時間がある」と言って柏崎に帰っていった。巨漢の政治家とチャコと僕が事務所に残って向き合った。

「啓一君、すまなかったな。突然呼び出して。今朝、会頭が来たのはたまたまだったんだよ。実は昨日の夜、とあるセンセイからメールが来てな。その……君がさっきの写真の女の子と二人でクルマに乗っている写真を見せられて、結婚記念日だというのにこの男何やってるんだろうと思ってしまったんだよ。お弟子さんだったんだな。」

 巨漢はすまなさそうに言った。

「やだあ、おじいちゃん。啓一さんが浮気でもしたと思ったの?それは大丈夫。二人はラブラブだからね。」

 チャコがニッコリ笑ってそう言った。

「そうだな。……啓一君。私は君に少し意見しようと思っていたところだったがその必要はなかった。君は本当に有能な男だ。君に任せておけばすべてうまくいく。」

 巨漢の政治家はご満悦だった。

 

 それからチャコと僕は議員会館を出て霞ヶ関まで少し歩いた。土曜日なので閑散としている。チャコはスキップしたり飛び跳ねたりうれしそうだった。

「またチャコに助けられちゃったね。こういう展開になるとはね。チャコは計算づくだったのかな?」

「まあね。でも啓一さんはなんにも悪くないんじゃないかな。春菜ちゃんけしかけたのはあたしだからね。でもそれじゃ啓一さんの気がすまないかな。」

「えっ?」

「では次のセリフをどうぞ。」

「何?」

「その次のセリフよ。」

「はあ?」

「いつも言ってくれるでしょ。チャコにお礼がしたいって。」

「ああそうか。そうだった。……で、何か僕にできることがあるのかな?」

 僕は苦笑いして言った。

「うん。欲しいものがあるの。」

「ああ。いいよ。僕にプレゼントできるものなら。何が欲しいの?」

「欲しいCDがあるんだあ。」

「CDね。じゃあ帰りに買って帰ろうか?」

「ううん。まだ売ってないCDなの。あたしねえ、裕ちゃんの歌が満載された春菜ちゃんのCDが欲しいんだあ。いいでしょ?」

 僕はしばらく間をおいた。

「分かったよ。実は僕もそれもいいかなって思ってたところだったんだ。曲はもうアルバム一枚分、十一曲セレクトしてある。帰ったらマコちゃん経由で春菜ちゃんと一緒に野島さんに楽譜渡してもらうね。」

「お弟子さんにチャン付けはおかしいよ。『ハルナ』って呼び捨てにしてこき使わないと。春菜ちゃんもそれを望んでるでしょ?」

「それはそうだけど。」

「じゃあちゃんと呼び捨てにしてあげてね。あたしは嫉妬するし、ちゃちゃも入れるかもしれないけど本心では春菜ちゃんのこととっても応援してるんだから気にしないでいいですからね。」

「はい。分かったよ。」

「じゃあ春菜ちゃんは啓一さんの正式なお弟子さん第一号ということでいいのね?良かったあ。これでも駄目だったら今度は啓一さんがお風呂に入っているところを春菜ちゃんに襲わせて『お背中流しましょうか?』って言わせなきゃならないところだったよ。」

 セーラー服の少女はそう言うとバレリーナのようにクルクルと僕の前で回転し、僕に一礼してニコッと笑った。

 

 

 

 

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