この物語はそんな柱島泊地でのとあるひと騒動とその顛末。
強者が弱者で、弱者が強者。
いったい誰が強いのか?
どうぞごゆるりと、おたのしみを。
<上>
「これはどういうことだ司令官!!」
「落ち着け長月」
そんな会話と共に「執務室」と書かれたプレートの張られたドアを乱暴に開け放って部屋の中に乗り込んできたのは柱島泊地に所属する艦娘である長月と菊月だった。
「菊月は悔しくないのか!?」
「だから、とにかく落ち着いてくれ……すまない司令官、騒がしくしてしまって」
「あ、あぁ……いや、それはかまわないんだが……どうかしたのか?」
執務室でその日の出撃にかかった費用や遠征で得た資源の計算を行っていた提督は目を丸くして聞いた。
「どうかした?どうかしただと……本気で言っているのか?」
長月はまるで親の敵でも見るかのように提督を睨みつける、幼子のような容姿をしていても帝国を護り、また今も深海凄艦から人々を護る戦士といえるだけあってか、その迫力は筆舌に尽くしがたい。
「え、えっと……」
提督がこめかみから流れ落ちる汗が熱さのせいだと思えればどれ程いいか……なんて現実逃避を浮かべていると、長月がずかずかと荒々しい足音を立てながら机の前まで歩み寄り、その上に乱暴に一枚の紙をたたきつけた。
「わからんと言うのなら言ってやる、この編成表の事だ!」
「あ、あぁ……そのことか」
「……そのことか、というと。司令官は他に何があると思ったのだ?」
「え、ななななんでもないぞ菊月……ええっと……で、これがどうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも無い!ここを見ろ!!」
そういって長月が乱暴に指差した箇所、そこには
「今回の編成をもって、第1艦隊所属の睦月型駆逐艦菊月の第3艦隊への配置転換を命ずる」
と書かれていた。
「なぜ菊月を第1艦隊から外したんだ!!」
「もうよせ長月!」
今にも襟元に掴み掛からんばかりな勢いの長月を菊月が羽交い絞めにしながら止める。
「司令官!私達は……睦月型はまだやれる!他の者に遅れなんてとりはしない!」
「長月!……すまない司令官、失礼する」
「離せ菊月!!」
「ちょっとちょっと、いったい何事なの!?」
騒ぎを聞きつけたのか隣の部屋から秘書艦の陸奥が飛び出してきた。
「陸奥、すまないが長月を!」
「えっと、とりあえず落ち着きましょう長月ちゃん?」
「くそ、離せ陸奥さん!私は司令官に」
「そんな状態で話など出来るものか、少し頭を冷やせ長月!陸奥、すまないが長月を連れて行ってくれ」
「わ、わかったわ」
菊月に言われ、陸奥は暴れる長月を抱えて外に出て行った。
「ふぅ……すまない司令官、長月が迷惑をかけたな……妹として詫びる」
「いや、それは別にかまわないんだが……いったい何があった?」
「それは……」
提督に聞かれ、菊月は気まずそうに顔を背ける。
「……長月は仲間想いで情に厚い娘だ、だがこれだけであそこまで激するというのはどうにも腑に落ちない」
そういって夕方陸奥に頼んで配布してもらった新しい艦隊編成の一覧を手に取った。
「菊月」
「うぅ……実は、だな……その」
「なんだ、言いにくいことか?」
「そう言うわけでは無いのだがな……なぁ司令官……司令官は私達睦月型をどう思っている?」
「どう思っているって?」
「そのままの意味だ……答えてくれ」
「あぁ……そうだなぁ」
菊月の声音に真剣さを見たため、あごに手を当てて考える。
「そうだなぁ……低燃費低消費のおかげで遠征ではかなり助けてもらっている。それにどの娘も性格に癖はあるが良い娘ばかりだ」
「そうか……」
「それがどうかしたのか?」
「あぁ……そうだな、他の皆もそう思ってくれていれば、長月もこんな直談判することもなかったんだが」
「……どういう意味だ?」
「……司令官、今鎮守府内では睦月型とそれ以外の艦娘の中でちょっとした確執があるんだ」
「確執?」
「あぁ……」
菊月は最近鎮守府内で起きている出来事を語り始めた。
事の起こりは提督の艦隊及び艦娘の運用についてだった。
艦娘の中で駆逐艦という種類に分類される者達は総じて燃費が良い、それは小型艦ゆえに多くの燃料と弾薬を必要とせず、また積み込むことも難しいからとも言える。
そしてその中でも睦月型はもっとも燃料・弾薬の積載量が少ない艦娘だった。
それゆえに、提督が言ったようにイレギュラーを除いて戦闘があまり発生せず、あらかじめ決められた航路を通る遠征任務においては睦月型がもっとも適していた。
そして菊月達が所属する鎮守府では鎮守府近海への出撃よりも他の地域への支援のための遠征任務のほうが割合が多く、また他よりも所属す睦月型の艦娘の数も多かった。
さらに第1艦隊所属だった菊月や先ほどの長月をはじめどの艦娘も高い練度を誇っていた。
そのため出撃においても護衛艦として睦月型の誰かが選ばれることのほうが多かった。
それを面白く思わなかったのが他の駆逐艦達だ。
積載量が少ないということは、戦場においてはそれだけ継戦力が低いということ。
そして睦月型は艤装が他の駆逐艦よりも簡略化されているせいか装甲が低く、火力も他と比べると見劣りがある。
だからこそ、他の駆逐艦たちは納得が出来ずにいたのだ、自分達よりも弱いくせに、と。
「特に暁型や白露型達は最近は大分露骨な態度をとるようになって来ていたのだが……そこに来て今回の編成だ」
「なるほど……そう言うことか」
提督は長月が持ってきた編成表を見た。
そこには菊月の第3艦隊への異動とは別にもう一人の人事異動が書かれていた。
「第3艦隊所属の白露型駆逐艦2番艦時雨を、今回の編成を持って第1艦隊所属とする」
きっと、その一文はこの確執の中にあってはまさに爆弾といえたのだろう。
「長月もな……最初こそ悔しがってはいたが、私の話を聞いて納得していたのだ……それだというのに」
「あぁ~……うん、白露か?」
「まぁ……暁もだがな」
「あいつらかぁ……」
「顔を合わせたのが最後、編成表の事で煽り合いが始まったようでな……三日月に呼ばれて慌てて行ったが……その時にはもう手遅れだった」
菊月は姉妹と他の駆逐艦達との子供のような言い争いを思い出して苦笑いを浮かべる。
提督もその顔だけでどんなことがあったのか察することが出来た。
「まぁ、そういうわけだ。長月に関してはあとで私がよく言い聞かせておく……仕事中に邪魔をしてしまってすまない、これで失礼する」
そういって出て行こうとドアノブをつかむ菊月の背に提督は声をかけた。
「菊月……すまない」
「……どうした?」
「今回の一件、根底にある問題は俺の不手際だ。そのせいでお前達に不快な思いをさせた」
「……そんなことは無い」
「それだけじゃない、共に戦う仲間であるはずのお前達の間に確執を生ませてしまった……それは俺の責任でもある」
「……司令官、真面目さがとりえであるのは認めているが……あまり根を詰めるな、私達睦月型はこれくらいでまいるほど軟じゃないぞ?」
「それはわかっているが…………なぁ、菊月」
「……なんだ?」
「……本当に、よかったのか?」
「……あぁ、もう決めたことだ」
菊月はそういって笑って見せた、だが提督にはその笑顔の奥に寂しさを感じられた。
執務室を出ると窓からうっすらと差し込む月明かりが廊下を照らしていた。
そしてその光の中に佇む一人の艦娘の姿があった。
「あ、菊月」
「あぁ……時雨か。司令官に用があったのか?」
「ううん、菊月にだよ……あの、さ」
「なんだ?」
「その……ごめん!」
そういって時雨が頭を下げる。
「どうした、突然?」
「いや……白露姉さん達が色々と、その……」
「……あぁ、そのことか。気にするな」
「いや、でも……」
「……まったく、これから第1艦隊としてやっていくというのに、そんな情けない顔をするな。そんな顔をさせるためにお前を鍛えたわけではないんだぞ?」
「……うん」
「……それではな」
「うん……おやすみなさい、菊月」
「……あぁ、お休み時雨」
***
数日後。
菊月は一人鎮守府外れにある埠頭の先に座り空を眺めていた。
あれからと言う物の駆逐艦たちの軋轢は日増しに高まり、最近では食堂や工廠の利用にすら支障が出始める始末となっており、事の発端の一人である菊月も腫れ物を扱うような雰囲気になってきていた。
「……」
「あれ、菊月じゃん。やっほー」
「む、川内か……」
菊月が目線を空から地面に移すと、その先に居たのは川内型軽巡1番艦の川内だった。
第二艦隊の旗艦を勤めていた川内は、菊月が建造された時に同時に建造された艦娘の一人だった。
現在は第二艦隊旗艦を同じ姉妹艦の神通に譲っており、もっぱら訓練海域で教官役を担っている。
「訓練はいいのか?」
「私は休憩中、今は神通と那珂が見てくれてるよ」
ほら、と指差した先には何故かドラムを満載した艦娘が三人、海上をすべるように移動しているのが見えた。
もっとも、背筋を伸ばした優雅な足取りとドラム缶の重さに押しつぶされそうになりながらふらふらと蛇行運転をしている違いが有ったが。
「相変わらず軽巡の訓練というのは恐ろしいな」
「あっはっは、まぁね。私ら水雷屋は足を動かして何ぼだし」
「まぁ、それが水雷の務めだからな」
「そうそう、だからあの娘にはもっともっと頑張ってもらわないとね」
「まぁ、ほどほどにしておいてやれ……あれでは長良もかわいそうだ」
「あらら、それは北上さんの教えを受けた姉弟子の優しさかな?」
「そう言うわけではない……それに、北上さんはもっと厳しかったぞ?」
なにせあの人は積み上げたドラム缶の上に乗ってくるからな、さすがにこの菊月でもあれは堪えたものだ。
「あっはっは、ほんと北上さんの扱きはまいったよね~。いやあれやらされるくらいなら戦場に出た方がマシだね」
「まったく……お前という奴は」
「まぁまぁ……それにさ……私も、いつまで海に出れるかわからないからさ」
菊月は最後に小声でそうつぶやいた川内を見上げる。その目はいつものはつらつとしたものではなく、どこか遠くをぼんやりと眺めるような目だった。
「川内……?」
「あはは……この鎮守府で生まれて、今まで第1艦隊の護衛として前線張ってたからね……もう、あちこちぼろぼろ」
「そうか……」
「……工廠長に言われたよ、もってあと半年だってさ」
「……半年、か」
「……うん、まぁ艦娘にとっては避けられないことなんだけどさ」
そう、艦娘とて永劫に海を渡ることは出来ない、そこには絶対的な艦娘の仕様が存在している。
それは艤装の劣化だ。
装備としての砲台や魚雷は新たに開発し、付け替えることで部品の磨耗や劣化を補うことが出来る。
だが、艦娘本体に付随した艤装、機関や船体についてはどうしてもそれが出来ない。
なぜなら建造された艦娘は艤装と体との結びつきが強いからだ。
細かな調整や修理は可能だが、それはあくまでも治療としての処置でしかなく、延命とはならない。
そのため、艦娘として生まれた者は例外を除き長くて10年、短ければ数年で艤装が機能不全を起こす。
艤装が機能不全を起こせば、艦娘としての力を扱うことは出来ない。程度の度合いによっては命にすら関わる事態だ。
陸地で起こればまだ幸いだがもし海上で、ましてや戦闘中に起こったら……それは、とても不幸な結末しか生まないだろう。
「まぁ、幸い私はそこまで酷い状態じゃないから……解体を選べば人として十分に過ごせるだけの余裕はあるんだってさ」
「そうか……」
機能不全を起こせば艦娘としての力を失う。
ならば失った後はどうなるのか、そこにはいくつかの道が残されている。
一つは解体により体と艤装の繋がりを絶ち人として余生を過ごす道。これには少なからずリスクを伴うものではあるが、妖精さん達の力を借りることで可能となった。
そしてもう一つは、艤装だけでなく体も解体することで安らかな眠りに付く道。
これらの決定権は全て艦娘本人に委ねられており、可能な限りその意を汲むことが大本営から各鎮守府の提督には言い渡されている。
「……良かったな」
「まぁね……あぁ、神通と那珂はまだまだ現役だってさ。姉さんの分までこの娘をみっちり鍛え上げてみせます!って言われちゃったよ
」
「そうか……長良は幸せ者だな」
「まったくだよ…………でも、さ」
そう呟いて川内は空を仰ぎ見た。
「ほんと、はさ……見届けて、あげたかった……な」
「……」
「あの娘が……一人、前に……なるま……で、背中……みで、で……」
「川内……」
菊月はけして川内の顔を見ることなく、そっとその背に手を合わせ、優しくさすった。
「わだ、じ…………まだ……いっぱ、い」
「……川内」
「……わだじ……わ、だ……」
「いいんだ、川内……この辺りには誰も居ない……今は、私一人だ」
菊月はそういって川内の震えている握られたこぶしの上にそっと手を載せる。
「気を張ることは無いだろう……同じ海を共に駆けた同期の前でくらい、素直になれ」
「ぎぐ……づぎぃ……」
「今だけは……姉であることも、元第二艦隊旗艦であることも、忘れていい……」
「あぅ……っぐ……うあ、ああ……ぁあああああああ!!」
川内はその言葉で涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を菊月の胸に埋めた。
菊月はその背を優しくさすり続けた。
そっと海上に目を向けると、遠くで神通と那珂がそっと頭を下げるのが見えた。
数刻して、やっと落ち着いた川内は顔を真っ赤にしながらそっと菊月の胸から顔を上げた。
「あ、えっと……ごめんね、みっともないところ見せて」
「気にするな……私達は仲間だろ?」
「あはは……うん……ごめん」
「そう言うときは、違うだろ?」
「あ~その……ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
「はああぁぁぁ~……まぁでも、泣いてすっきりしたわ」
「ならば、まぁ……この服も犠牲になったかいがあったと言う物だ」
そう言って視線を落とすと、そこには涙と鼻水で大破寸前となった菊月の制服が見えた。
「うわぁ~我ながら……ごめん!ちゃんと洗濯して返すから!!」
「気にしなくていい、どうせ代えのある物だ。川内の涙を止められたのならば本望だろうさ」
「あうぅ……まったく、菊月のイケメンっぷりには困ったね」
「何か言ったか?」
「な・に・も!……そういう菊月はどうなのさ?」
「何がだ?」
「鎮守府中で噂になってるよ?昨日だって食堂で大騒ぎになってたみたいだし……」
「あぁ……そのことか」
「まぁ、事の真相については大体わかってるつもりだけど……本当に良かったの?菊月ならまだ第1艦隊での出撃だってできるのに……」
「……あぁ、これでいいんだ」
「……あぁ~あ!そんなさっぱりした顔で言われたら、なんも言えないじゃん」
「……すまん」
「まったくもう……まぁ、何かあったら頼ってよ、この胸だってばんばん貸しちゃうからね!」
「そうだな……必要になったら借りることにしよう」
「うん、それじゃそろそろ」
と言って川内が立ち上がろうとすると、その向こう側から誰からが慌てた様子で走ってくるのが見えた。
「ん、あれは……」
「あれ、北上さんじゃん。おーい!」
「おーい!菊っち~!」
よほど慌てて走ってきたのか、珍しく息を切らせた様子で現れた北上は、手に持っていた紙切れを菊月に見せた。
「なんだ、これは?」
「えっと、その……なんか、とんでもないことになっちゃったみたい」
あはは~、と苦笑いを浮かべる北上を見てから、手渡された紙を川内と一緒に見る。
「……なんだ、これは?」
「うわぁ……こりゃ、いよいよだね」
その紙にはカラフルな色使いでこう書かれていた。
「鎮守府内実戦演習 睦月型VS白露型 雌雄決する駆逐の乱」
「…………どうしてこうなったのだ?」
「……さぁ?」