数奇な流れに身を任せ、道行くものは何処に行く?
託す願いと託された思い。
その胸に宿すものは、果たして次へと託せるか?
どうぞごゆるりと、おたのしみください。
「さぁああああああ!ついにこの日がやってまいりましたぁああ!皆さんお元気ですか青葉です!!」
その声に海上から地鳴りのような歓声が響き渡る。
「今日はここ柱島泊地にあります訓練用海域よりお送りいたしまーす!」
「まぁ、別にどこかに中継で流してるわけじゃないのだけれどね」
「もーぉ、そこはノリと雰囲気ですよ陸奥さん!」
「あらあら」
「さて、本日ここで行われるのはもう皆さんご存知!睦月型9番艦菊月さんVS白露型2番艦時雨さんの演習です!」
「うむ。これから出てくる艦娘は双方共に高い練度を誇る艦娘、それぞれがその技術を存分に発揮する……胸が熱くなるな!」
「そーなんですよ長門さん!さてさて、そんな演習を今回実況させていただくのは私青葉と第1艦隊旗艦の陸奥さん、そしてそのお姉さんであり過去に陸奥さんと同じ第1艦隊の旗艦を勤められた長門さんです!」
「ふふ、よろしくね」
「うむ、よろしく頼む!」
なんていう実況席からの放送を聞き流しながら、二人の艦娘が演習場の舞台袖で待機していた。
「まったく……本人達を置き去りにしてなにを盛り上がっているんだあいつらは」
「あはは……」
菊月は聞こえてくる青葉の声にため息をつき、その横で時雨は苦笑いを浮かべていた。
「まさか、こんな大きなイベントになるなんてね……」
「まったくだ……青葉に知られたのが運のつきというところだろう」
「まぁでも……僕はちょっと楽しみだったんだよね」
そういって菊月を見る時雨の目は、普段とは違い好戦的な色を秘めていた。
「……」
「最近はお互い忙しくて訓練の時間も取れなかったし、それに……この装備で菊月とどれだけ戦えるのか試したかったんだ」
そういって装備を撫でる時雨は、以前とは少し格好が違っていた。
「改二か……」
「うん、やっとここまで来れた……その成果を、菊月には一番に知ってもらいたかったんだ」
「……そう、か」
「うん、だから……こんな大きなイベントになっちゃったけど……今回の演習、正々堂々とやろう」
「……そうだな」
「ふふ、負けないよ菊月」
「……こちらも、タダで負けてやるつもりは無い。この菊月……そう易々と沈められると思わないことだ」
「……あは、楽しみにしてる。それじゃ!」
その言葉を最後に時雨は反対側にある自分用の待機スペースへと向かった。
その背を見送りながら、菊月は数日前の執務室での出来事を思い出していた。
***
北上からの報せを受けて執務室へ向かった菊月を待っていたのは苦笑いを浮かべる提督と秘書艦の陸奥だった。
「まったく……これはどういうことなのだ」
「すまん、菊月」
開口一番提督が頭を下げた。
話を聞くと、どうやら睦月型と白露・暁型の艦娘が執務室に押しかけてきたらしい。
睦月型からは菊月の配置転換に対する抗議がなされ、それを面白く思わない白露が暁達をけしかけて共に乗り込んできた、ということだそうだ。
両者共にヒートアップしていたせいか、話し合いなどとは到底呼べるものでもなかったらしい。
どうしたものかと思った提督が、ぽろっと「演習でもするか」と言った所から話が一気に進み、どこから聞きつけたのか青葉まで巻き込みあれよあれよという間に話が大きくなっていってしまったらしい。
「はぁ……」
「あはは……ま、まぁこの演習で少しでもみんなの溝が埋まればいい……なぁ~、なんて」
「本当にそう思っているのか?」
「……すまん」
「まぁまぁ菊月ちゃん、提督だって何も考えが無いわけじゃ」
「……」
「……えぇ~、本当に何も考え無いんですか?」
黙る提督に陸奥も残念なものを見るような目で見る。
「いやぁ~……こう、拳で語り合えば何とかなるかなぁ~とか……ね?」
「ね?じゃありませんよ……そんな漫画じゃないんですから」
「しかもそれは少年漫画だな」
「ははは……面目ない」
改めて頭を下げる提督を見てから、菊月は手に持ったチラシに目を向けた。
提督の考えがどんなものだったのかはこの際いいとして、今回の騒動は既に歯止めが利かないところまで来ている。
実際この執務室にたどり着くまでにあちこち見て周った限り何処もこの話題で持ちきりであり、その中心である睦月型と白露型にいたっては前哨戦のマイクパフォーマンスよろしく言い争いをしている始末だ。
このままでは鎮守府としての機能ももちろんだが、出撃においても重大な問題を起こしかねない。
そう言う意味では、過程はどうであれこの演習はいいきっかけになるかもしれない。
「……まぁ、どういった経緯があったのかはわかった。結果がどうなるかは保障しかねるが、私はこの演習を受けるとしよう」
「あら、本当にいいの?」
「あぁ、普段だったらこんなおふざけは御免だが……たまにはいいさ」
「そういってもらえるとありがたい……すまんな、菊月」
「気にしないでくれ、司令官。それでは私はこれで……そうだ、司令官」
話を終えて出て行こうとした菊月が、扉に手をかけてから顔だけで振り返る。
「この演習の結果……時雨が負けた場合は……どうするのだ?」
「それは……」
菊月の言葉に司令官は複雑そうな顔をした。
それだけで何を考えているのかわかった菊月は、薄く笑うにとどめて部屋を出た。
「菊月ちゃん、わかってるみたいね」
「……そうだな、それくらい……長い付き合いだからな」
「まったく……姉さんの同期である先輩にピエロの真似事させちゃうなんてね……後輩としても、第1艦隊旗艦としても顔向けできそうに無いわ」
「すまないな……」
「本当よ、もう……」
そんな会話がなされた執務室を後にした菊月は未だに騒がしい室内から外に出た。
気が付けば日も沈み、すっかりと夜が更けてしまっていた。
静かな水面を眺めながら迷うことなく一直線に向かった先は工廠。
「明石、いるか?」
「おや、菊月さんじゃないですか」
工廠の作業部屋で日誌を書いていた明石が振り向く。
「聞きましたよ演習の話」
「そうか」
「菊月さんの艤装の整備なら任せてください、万全の状態に仕上げて見せますから!」
「あぁ、任せる……それと、保管庫に入らせてもらってもいいか?」
「保管庫ですか?いいですよ、ちょっと待ってくださいね」
明石は書いていた日誌をたたんで引き出しに仕舞ってから、壁に取り付けられた鍵の保管ケースから鍵の束を手にとる。
それから二人は工廠に隣接する形で作られた小さな小屋に向かい、鍵の束からやや錆びついた小さな鍵で扉をあける。
「えっと、電気電気っと……」
明石が壁についたスイッチを入れると、じじじっという音と共に裸電球に光が点る。
「……」
古ぼけたロッカーがずらりと並ぶその部屋の中を、菊月は迷うことなく進み明石もその後に続く。
やがて一つのロッカーの前で立ち止まると、明石も慣れた手つきでそのロッカーの鍵を開ける。
「どうぞ」
「すまないな……」
明石が扉を開けて前を譲る、菊月はそんな明石に軽く頭を下げてからその中に大事にしまわれていた物を取り出す。
「……お久しぶりです、吹雪さん」
そう呟いた菊月は12.7cm連装砲の砲塔をそっと撫でる。それはかつてこの鎮守府に所属していた駆逐艦吹雪が使っていた装備だった。
「……綺麗に整備されているんだな」
「もちろんです。吹雪さんの装備だけじゃありません。ここにある装備は皆、この国と鎮守府を護り支えてくれた方達の装備、手なんか抜けません」
そういって明石は誇らしそうに胸を張った。
そう、この部屋には代々この鎮守府に所属していた艦娘達が残していった装備が当時のまま大事に保管されているのだ。
もちろん全てではない、轟沈により回収できなかった艦娘の物もあれば、解体の折に他の艦娘に託された装備もある。
その中でも一番奥にある装備、それはこの鎮守府の黎明期を戦い抜いた初代第1艦隊の装備達だった。
「……」
その中でも駆逐艦吹雪は大本営から最初にこの鎮守府に着任し、引退するまで合計でおよそ20年間前線に出続けた艦娘だった、その記録は今も破られてはいない。
そして菊月はそんな彼女から駆逐艦としての手ほどきを受け、そして第1艦隊という立場を引き継いだ。
(吹雪さん……この菊月は……ちゃんとやれただろうか?)
連装砲に残る傷跡を指でなぞりながら、菊月は吹雪との過去を思い出した。
******
それは、まだとけ残った雪が残る2月の上旬だった。
「私が、第1艦隊に?」
いつも通り吹雪との訓練を終えた菊月は、いつもだったら工廠に向かい着任したばかりの明石と共に艤装の調整を行っていたのだが、この日は吹雪に連れられて提督の居る執務室に居た。
「あぁ、そうだ」
そう言う提督の隣には秘書艦である吹雪が、少しだけ寂しそうな笑顔を菊月に向けていた。
「実はね菊月ちゃん……私、そろそろ引退するんだ」
「引退……」
「菊月もわかっていると思うが、艦娘の活動は長くても10年だ。吹雪は大本営直轄の艦隊からこの泊地に異動し、その後も改装などを重ねながらこの20年を戦い抜いてくれた」
「本来だったらとっくに引退してるはずだったんだけどね」
そういってあはは、と笑う吹雪。
「だが……第1艦隊ともなれば強力な艦隊を編成する必要があるはず……わたしは……」
「大丈夫、菊月ちゃんならやれるって!」
そういって吹雪は胸を張って見せた。
「……司令官、吹雪さん。申し出は嬉しいが……」
「それは、自分が睦月型だから、という理由か?」
「……」
提督の問いに菊月は顔を伏せる。
「……菊月ちゃん」
そんな菊月の傍まで行き、吹雪はその肩に手を載せる。
「別にいいじゃない、睦月型だって」
「……吹雪さん」
「積載量が足りなくても、継戦力が低くても、別にいい。大事なことはこれまでの訓練で私は教えてきたつもりだよ?」
「……」
「大事なのは力じゃない、第1艦隊の艦娘たり得るために必要なもの……わかるよね?」
「私は……」
「大丈夫、私が任せられるって思ったんだから……菊月ちゃんなら大丈夫」
「私なら……大丈夫?」
「うん、だって私が見込んだ艦娘だもん」
「吹雪さん……」
「菊月、どうだろうか?第1艦隊への転属……受けてはもらえないか?」
「……わかった、この菊月……新たな仲間と共に行こう」
「よかったぁ~」
菊月の返事を聞いて吹雪は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「さてと、それじゃ早速配置転換の書類を作らないとですね、司令官!」
「そうだなぁ、あと他の第1艦隊の皆との顔合わせもあるし……これからもよろしく頼むぞ、菊月!」
「あぁ……任せてくれ」
それからは、第1艦隊の一員として無我夢中に海上を駆け回った。
最初は反りが合わない仲間との軋轢があったが、同期であり先に第1艦隊に入っていた長門が間に立ってくれたお陰でどうにか馴染む事が出来た。
そんな長門と共に撤退する味方のため殿を務めたこともあった。
時には単身で最前線に立ち、迂回して敵の背後を取る味方のため囮として凶弾にその身を晒したこともあった。
数々の作戦に参加し、勝利して帰っては提督や間宮さんまで巻き込んで飲み騒ぎ、夜を明かしたこともあった。
艤装の機能不全を起こし、それでも前線に立とうとした長門を体を張って説得したこともあった。
気が付けば、第1艦隊として共に立っていたかつての仲間達は皆艦娘を引退し、自分が一番の古株になっていた。
鎮守府も自分が着任した頃とは比較にならないほど大きくなり、艦娘の数も増えていた。
後輩と呼べる駆逐艦も出来た。肩を並べ、背中を任せられる戦友も出来た。
先輩だった艦娘の姉妹艦達が第1艦隊に入ってきたときは、尊敬の目で見られてこそばゆい思いだった。
そんな彼女達を導き、見守ることが当たり前となっていった。
いつの間にか、長い時を第1艦隊として歩んできていた。
思い悩んだ夜もあった、嘆き悲しむ戦場があった、どうしようもない瞬間があった。
「吹雪さん……」
かつて、吹雪さんが自分を見込んでくれたように……自分が見込んだ艦娘は……。
「私は……やり遂げただろうか?……やり遂げることが、できただろうか?」
そう静かに語りかける菊月の背中を、明石だけがずっと見続けていた。
吹雪に託されたものを、菊月は果たして時雨に託せたのか?
それを知るのは、きっと未来の自分たちだけだろう。