鎮守府白書   作:もにゃし

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歩んだ道は永き道。
共に道行く戦友の背も超えて。
新たに託す小さな背中に。
最後に見せる、先達の意地。


どうぞごゆるりと、おたのしみください。



<下>

 

 

 

「さぁ!ついに開始時刻が迫ってきましたよ陸奥さん!!」

 

「えぇ、そうね。会場も熱気に包まれてきわね~」

 

「胸が熱くなるな!」

 

「え~ところで、今回演習を行う菊月さんですが、手元の資料によると長門さんとは同時期にこの鎮守府に着任されたんですよね?」

 

「うむ、そうだな。あいつは他の奴よりも向上心が高く、誰よりも訓練を積んでいた。第1艦隊に入るに足りうる素晴らしい艦娘だ」

 

「ほぅほぅ、そして現在この泊地に居る第1艦隊の艦娘の中でも最古参、これは中々凄いことですねぇ~」

 

「そうねぇ、私も姉さんから第1艦隊としての立場を引き継いでから菊月ちゃんにはお世話になりっぱなしだわ」

 

「そうなんですか、それはまた……それに対する時雨さんですが、なんとその菊月さんが直々に訓練を施していたとか?」

 

「ええ、菊月ちゃんも今後の事を考えての事でしょうね」

 

「となると、今回は睦月型VS白露型というのとは別に、師弟対決ということでもありますね!」

 

「うむ、私と対等に渡り合える強さを持つ菊月、そしてその菊月が見込んだ時雨の真剣勝負だ。どちらに軍配が上がるにせよ、素晴らしいものになるのは間違いない」

 

「さぁ、そんなお二人の演習がスタートします!」

 

 その青葉の言葉が合図となりそれぞれの待機ドックから菊月と時雨が姿を現す。

 

「さぁここで両者の装備を紹介しましょう!まず菊月さんですが……おや、普段出撃の際に使っている12.7cm連装砲ではなく12cm単装砲のようですね」

 

「そうね、でも12cm単装砲は菊月ちゃんが長年使い続けてきた装備ね」

 

「なるほど、その12cm単装砲を2丁と61cm三連装魚雷のようですね」

 

「どの装備もシンプルで小型な構造となっているな、自身の長所でもある身軽さを活かした装備といえるだろう」

 

「なるほど、続いては時雨さんですが……こちらは12.7cm連装砲B型改二に22号対水上電探改四、そして61cm三連装魚雷というラインナップですが……どう見ますか長門さん?」

 

「うむ、この演習を勝ちに行くという気迫が感じられる装備だな」

 

「でも、装備の優劣だけで勝敗が決まるわけではないわよ?」

 

「全く持って陸奥さんの言うとおりですね、それでは両者配置に付いたようですので……これより演習を開始したいとと思います!」

 

 青葉の宣言で演習海域にスタンバイしていた妖精さんたちがラッパを吹き鳴らす。

 その後今回の審判員を務める大淀が手に持っていた主砲を上空に向かって掲げ、合図として空砲を一発鳴らした。

 

「行くよ、菊月!」

 

 その合図で時雨は水しぶきを上げながら菊月に接近しながら牽制として主砲を撃つ。

 駆逐艦の持つ主砲はどれも射程距離が短く接近して撃つ必要があるからだ。

 

(でも、こちらには電探がある……そして)

 

 時雨はちらりと太ももに取り付けられた魚雷を見る。

 

(砲撃で勝負が付くとは思わない……だからこそ、この魚雷で決める)

 

 対する菊月も静かながら滑るように海上を移動して時雨を迎え撃つ。

 

(さすがだな時雨……電探によるサポートがあるとはいえ、移動しながらの砲撃の精度も前に比べて上がっているように思える……)

 

 飛んでくる砲弾を避けながら菊月も自身の主砲を時雨に放つ。

 時雨も砲弾の着弾地点を予想して巧みな操舵でそれをかいくぐって見せた。

 

(やはり、純粋な艦娘としての性能は時雨が上か……ならば)

 

 ちらりと時雨を見た後、機関の出力を上げて転針し、更なる砲撃を加えながら時雨に接近する。

 時雨もそれを見て逃げることなく、負けじと砲撃を放ちながら菊月に向かって走り出す。

 

「これでっ!」

 

 互いの主砲が確実に当たる距離まで近づいたと思ったとき、両者の間で激しい爆発と共に水しぶきが上がった。

 

「おぉっと!!巨大な水柱が上がったぁああ!二人の姿は見えません!」

 

「これは恐らく、魚雷の相打ちね」

 

「うむ、そうだな」

 

「ぎょ、魚雷の相打ちですか?」

 

 陸奥と長門の言葉が今一理解できない青葉が聞き返す。

 

「えぇ、恐らく時雨ちゃんが仕掛けた魚雷に対して、菊月ちゃんがその発射軌道に重なる形で魚雷を抜撃ちして、それを自分の主砲で打ち抜いたのよ」

 

「え…………いやいやいやいや!?そんなこと出来るんですか!?」

 

「相手の魚雷の発射機動を先読みし、その瞬間を見定め、彼我の距離と速度差を計算し、さらに誘爆を誘うため起爆するまでのタイミングを計る。並の艦娘には真似できぬ芸当だ」

 

「でも、それを出来るからこそ菊月ちゃんは第1艦隊としてやれて来れたわ。それにこれは元々第二艦隊の川内姉妹の十八番よ?」

 

「うわぁ……あの三人も出来るんですね……ていうかもう青葉の中で魚雷の概念がゲシュタルト崩壊起こしそうです」

 

「む、どうやら二人とも無事のようだな」

 

「おっとっと、思わず実況を放棄するところでした。さて魚雷の相打ち?を行った二人ですが、そこからどうやら反航戦に移ったようですね」

 

 青葉の実況の通り、水しぶきの中からずぶ濡れになりながら飛び出した両者は互いに今だ煙る視界を大きく迂回して回りこむ軌道を取り始めていた。

 

「さすがだね菊月!あんな方法で魚雷を無効化するなんて」

 

「っふ、時雨も中々いやらしいタイミングで魚雷を発射してくるじゃないか」

 

「それすらも読まれていたっていうのに、本当にかなわないよ」

 

 互いに軽口を叩きながらも海上を時計回りに回るようにしながら砲撃を繰り返す。

 

「これはお互い決め手にかける状況ですか?」

 

「そうねぇ……時雨ちゃんは改二となったことによる能力の大幅な上昇と電探による射撃管制がある」

 

「だが、菊月には今まで第1艦隊として最前線で戦ってきた経験に加え、睦月型特有の簡略化された艤装による身軽さがある……この勝負は艦娘としての能力、自身の力をより強く引き出せたほうが勝つ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 盛り上がる実況を他所に、海上を走る菊月は冷静に彼我の差を見ていた。

 

(陸奥や長門の言うとおり、この勝負は艦娘としての力をより強く引き出せた者が勝つ……)

 

 菊月はちらりと視線を時雨に向ける。

 先ほどの魚雷の発射、そしてそこに至るまでのプロセス。

 駆逐艦に求められる速度と息もつかせぬ速攻、相手の凶弾に怯むことなく向かっていく強靭さ。

 

(まったく……自分で訓練を施しておきながらなんだが……強くなったものだ)

 

 徐々に近くを掠めるようになった砲撃を見ながら、菊月はどこか満ち足りた思いを感じていた。

 

(きっと……吹雪さんも、こんな気持ちだったのかもしれないな)

 

 もっと、結局自分は吹雪さんに決定的な一撃を当てることは終ぞ出来なかったが……。

 時雨に向けていた目線を下ろし自身の艤装の状態を確かめる、先ほどは軽口を叩いて見せたが際どいタイミングで仕掛けられた雷撃に対し、とっさに発射体制にあった魚雷を居合い抜きの応用で抜き放ち、水面下に潜られる前にぶつけ、さらにそれごと単装砲で打ち抜いて爆発させたまでは良かったが……。

 

(あと少し遅ければ直撃……とまでは行かぬとも、かなり手痛いダメージは負っていたな)

 

 実際、近距離での迎撃になってしまったために上手く衝撃を逃がすことが出来ず、左腕が先ほどからしびれていて上手く砲撃が行えなくなっていた。

 さらに、機関部にもダメージが入ってしまったらしく僅かではあるが行き足も鈍っている。

 

「だが……この菊月、そう易々と沈められるほど安くは無いぞ……!」

 

 しびれて動きの鈍い左の単装砲を捨て、代わりに太ももに取り付けられた魚雷発射管から一本の魚雷を取り出す。

 悲鳴を上げる機関部に今まで以上の火を入れ速度を上げた菊月に気が付き、時雨もそれに追走する様に速度を上げた。

 

「時雨よ、このままお手本通りの砲撃戦をしていても埒があかぬ、ここは一気に決めさせてもらうぞ」

 

「ふふ、望むところだよ菊月!」

 

 まったく……楽しそうにやりおって……まぁいい、そのほうがこちらも遣り甲斐があると言う物だ!

 

「っくぅ!」

 

 悲鳴を上げる艤装を宥めながら今まで反航戦を続けていた軌道から一気に鋭角に切り返し同航戦に持ち込む。

 

「おぉっと!ここで菊月さんが勝負に出たか!?」

 

 それを見ていた青葉の実況に観客席からも大きな歓声が上がる。

 

「そこだ!」

 

「負けれない……ここは譲れないよ!」

 

 先手を取り必殺の一撃を加えるために両者の砲撃が苛烈さを増す。

 掠めることの無かった砲撃が両者の体にあたり、徐々に損傷を増やしていく。

 

「行けっ!」

 

「ぅあ!」

 

 菊月の放った一発の砲弾で時雨の体制が崩れる、それを見逃すはずの無い菊月が左手に持った魚雷を直接時雨に向かって投げつける。

 

「これで!」

 

 ダメ押しとばかりにありったけの砲弾を時雨に撃ち込み、驚きの表情の時雨は直後の爆発の中に消えて言った

 

「はぁ……はぁ……」

 

 もうもうと立ち込める爆炎と煙の中、菊月は警戒するように砲を掲げる。

 

「……ふふ、やはり……か」

 

「この僕を、ここまで追い詰めるとはね……さすが、菊月だよ」

 

 晴れていく煙の向こうでボロボロになった左半身を庇いながらも、右手に持つ12.7cm連装砲B型改二をしっかりと構える時雨の姿が見えた。

 

「まったく……強くなったな……時雨」

 

「菊月のおかげさ……どうだい?魚雷の抜撃ちも……少しは様になってきただろ?」

 

「……ふん、あと少し遅ければ直撃だっただろうが……まだまだだ」

 

「ははは、手厳しいなぁ……ありがとう菊月、君のおかげで僕はここまで来れたよ」

 

「……あぁ。けして安くは無い身だ……第1艦隊でも、けして恥じることのないようにな」

 

「うん……うん、菊月……ありがとう」

 

 目に涙を浮かべた時雨の放った最後の砲弾が機関部損傷により行き足の止まった菊月に命中した。

 

「勝負が決まったぁぁぁああああああああああ!勝者は白露型2番艦の時雨さんでぇぇえええっす!!」

 

 青葉の宣言により観客席から大きな歓声とやむことの無い拍手が沸き起こった。

 そんな中、演習を観客席で見ていた白露と暁他、今回の騒動の発端であった睦月型と争いを起こしていた駆逐艦達は、目の前で繰り広げられた想像もしなかった戦いに言葉もなかった。

 あれほど自分よりも格下だと笑っていた睦月型の善戦、いやもしかしたら勝っていたかもしれない戦い。

 それを見させられ、白露と暁は今までの自分を恥じる気持ちで一杯だった。

 

「これで、わかったっぽい?」

 

「ゆ、夕立……」

 

「まぁ、これだけの結果を見せられれば……さすがの暁も、わかるよね?」

 

「ひ、響……その」

 

 そんな気まずそうにする駆逐艦たちを冷ややかに見つめているのは時雨と同じ白露型であり、元第1艦隊所属艦でもある夕立改二。

 そしてそんな第1艦隊と時には連合を組み、またあるときは第1艦隊に代わって出撃する第2艦隊に所属する響、またの名をВерныйとも言う。

 二人は菊月の後にそれぞれの艦隊に入り、数々の戦いを共に乗り越えてきた艦娘だった。

 

「まったく、私と響が大本営に行ってる間になんかとんでもないことになってたっぽい」

 

「本当だね……まぁでも。結果としては雨降って地固まる、といったところじゃないかな?」

 

 二人の言葉に反省の色を見せる仲間達を見て、二人はやれやれといった様子で肩をすくめた。

 

「後で白露は一緒に謝りにいくっぽい」

 

「うん……ごめんね」

 

「暁も、いいね?」

 

「はい……ごめんなさい」

 

 場所は変わり待機ドックに戻った菊月を待っていたのは睦月型の姉妹達だった。

 

「あ、菊月……」

 

「えっと、その……」

 

 時雨に支えられながらボロボロの姿で戻ってきた菊月を見て言葉を詰まらせる睦月と皐月。

 

「皆、すまないな……やはり、負けてしまった」

 

 そんな姉妹達に菊月は傷で傷む体を動かして頭を下げた。

 

「そ、そんなことないよ!」

 

「そ、そうだよ……菊月は悪くない……悪いのは、睦月達だよ」

 

 睦月はそう言うと、時雨を見てさっと頭を下げた。

 

「ごめんなさい!」

 

「あ、えっと……」

 

 頭を下げられるとは思っていなかった時雨は目を白黒させながら周りを見る。

 

「私からも……ごめんなさいね、時雨ちゃん」

 

「僕も謝るよ……ごめん、時雨」

 

 如月や皐月も頭を下げ、他の姉妹たちもそれにならう。

 

「えっと……僕は、別に」

 

「それでも謝らせてほしいんだ……元はといえば、私が提督の采配に文句を言ったのが始まり

 だし」

 

「長月……ううん、それは違うよ」

 

「時雨……」

 

「長月たちを先に煽ったのは白露姉さん達だし……正直に言うとね、僕も菊月の配置転換には疑問があったんだ……でも、菊月がどういう想いで僕を鍛えてくれていたかも知っていたから……」

 

「……ふぅ、睦月」

 

「は、はいにゃ!」

 

「如月に皐月、それに長月もだ」

 

「う、うん」

 

「な……なんだ?」

 

「時雨にだけ謝っても仕方が無いだろう」

 

「それは……その」

 

「……心配はいらん。話せばきっと分かり合える……そうだろ、時雨?」

 

「うん……そうだね、白露姉さん達なら、きっとわかってくれるよ」

 

「まったく……今回は疲れたな……本当に」

 

 あちこちボロボロになってしまったが、どうにか懸念されていた駆逐艦たちの軋轢は無くなりそうだ。

 

(これで……やっと託すことができるか……吹雪さん)

 

 




道行く背中を見送って。
鍛えた背中に思いを託す。
先達の役目を今終えて。
ひと時の安らぎに、その身を託す。
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