鎮守府白書   作:もにゃし

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たどり着いた道の先。
穏やかでにぎやかなその場所で。
めぐり合うは、懐かしきもの。


どうぞごゆるりと、おたのしみください。




<後>

 

 

 

 あの激戦の演習から半月が経った。

 あれから駆逐艦達は大本営への出向を終えて戻ってきていた夕立とВерный立会いの下で和解がなされ、今では頻繁な演習を重ね切磋琢磨としていた。

 時雨は第1艦隊所属に際しての引継ぎを行った後、今後第1艦隊の防空を担当するということで訓練教官役である龍驤の指導を受けている。

 菊月はといえば第3艦隊に異動し、かつて師としてその師事を受けていた北上の元で近海への索敵や警戒任務に準じていた。

 

 

 

 ******

 

 

 

「ふぁ……うぅ……」

 

 やや寝苦しさを覚えて目を開けてみるとまだ朝日が上りかけのようで部屋は薄暗い。

 天井から視点をずらすと、どうやら隣で寝ていた卯月が寝相の悪さを発揮して菊月の上に寝転がり、その反対側で寝ていた三日月はどういうわけか菊月の布団にもぐりこんで寝ていた。

 

「……まったく」

 

 姉妹達の様子に呆れながらも、今までそう言ったことの無かった菊月は少しだけだが、嬉しそうに微笑んだ。

 というのも、今まで第1艦隊に所属していたため姉妹達とは別の部屋で寝起きしていたから、こうして姉妹達と一緒に寝るという経験が無かったのだ。

 他の姉妹達がこの鎮守府に配属された頃には既に菊月は第1艦隊候補として他の艦娘達とは別の部屋で暮らしており、その後も一人部屋を使っていたのだった。

 

「あらあら……ふふ、菊月ちゃんは人気者ね」

 

 そんな菊月の様子を見て笑うのは如月、どうやら先に起きていたのか同じく寝起きの望月の髪を櫛で梳いているところだった。

 

「おぉ~……おはよーきくねぇ~……ぐぅ」

 

「ほらほら、寝ちゃ駄目よ望月ちゃん」

 

「んぁ……だいじょーぶ、だいじょーぶ……まだ、あわてる……じかん、じゃぁ……」

 

 挨拶もそぞろに再び夢の中に飛び込みそうな望月の様子に肩をすくめる如月であった。

 

「あぁ……おはよう如月、望月も起きろ」

 

 起きる様子のない卯月といまだ夢の中の三日月をそっと退けて菊月も布団から出る。

 

「うぅ……今朝は冷えるな」

 

「そうねぇ、まだ春には少し早いから……ふふ、菊月ちゃんもこっちに座って」

 

「ん、あぁ……」

 

 如月に言われたとおり望月の隣に座ると、寝起きでまだ少し湿り気のある髪にゆっくりと櫛が通された。

 

「望月はいいのか?」

 

「ええ、だって……」

 

「くぅ……すぅ……」

 

 隣にいる望月はどうやら再び夢の中に向かってしまったらしい……。

 

「まったく……だらしのないことだ」

 

「あらあら、さすが第1艦隊に居た艦娘は言うことが厳しいわね」

 

「そう言うわけではないが……うぅ、あまりからかわないでくれ如月」

 

「ふふ、ごめんなさい。望月ちゃんは朝が苦手だから他の子より早く起こしておかないといけないのよ」

 

「結局寝てしまっているが?」

 

「着替えてさえ居てくれればいいから」

 

「ふむ……まぁ、そういうものか?」

 

 そんな穏やかな会話も、誰かに髪を梳いてもらうなんてことも今まで無かった菊月は、ちょっと恥ずかしがりながらも朝の一時を楽しんだ。

 その後いつの間にか菊月の布団で寝ていたことに気が付いた三日月が顔を真っ赤にしながら謝り続ける機械になったり、布団を片付けても畳の上で寝続ける卯月を皆で起こしたりと先ほどとは一転して騒がしい朝となった。

 朝食の時間となり、菊月たち5人は一緒に食堂へと出向いていた。

 

「うーちゃんお腹ぺっこぺこだぴょん!」

 

「ん~、私はあんま空いてないんだけどなぁ……」

 

「もう、もっちはそう言ってすぐ朝ごはん抜いちゃうんですから、だめですよ?」

 

「ほらほら、入り口でしゃべってると邪魔になるわよ?」

 

 3人寄ればなんとやら、4人の姉妹に囲まれながら菊月は朝食の食券を買って間宮さんに手渡す。

 

「じゃぁ私と菊月ちゃんで席を確保しておくから、3人ともお願いね?」

 

「はーい」

 

「任されたぴょん!」

 

 食事受け取り口に3人を残し、如月は菊月を連れて空いている席を探しに行った。

 

「何処がいいかしら~?」

 

 朝食時とあってか多くの艦娘達がそこかしこでご飯を食べ、食後の団欒を楽しんでいるらしく5人で纏まって座れそうな席が中々見つからない。

 

「そうだな……あそこでいいんじゃないか?」

 

 食堂のやや隅のほうに丁度5人分の席を見つけたのでそこに座ることにした。

 

「お待たせぴょ~ん」

 

「う、卯月お姉ちゃん危ないから早く行ってください!」

 

「お~も~い~~」

 

 程なくして朝食を受け取ってきた卯月たちが合流して、挨拶もそこそこに食事を始めた。

 

「そういえば、菊月お姉ちゃんは今日はどうするんですか?」

 

 サラダを食べながら三日月が対面に座る菊月に聞いた。

 

「どうする、とは?」

 

「ん~、菊姉ぇはわからないけど、私達は今日は非番なんだよ」

 

「そうだったのか……他の皆は?」

 

「睦月ちゃん達は今朝から遠征に出てるわ、夕方には帰るそうだから夕飯は皆で食べましょうって」

 

「そうか……お前達はどうするのだ?」

 

「私は今日はみんなのお洋服とかを洗濯するつもりよ?」

 

「私はもっちと港のほうまで買い物に行く予定です」

 

「うぇ……面倒だよ、来週にしない?」

 

「来週は私たちも遠征に出る日じゃないですか!?というかもっち、それ先週も言いましたよね?というか昨日改めて約束しましたよね!?」

 

「ん~、そうだったっけ?」

 

 朝食の納豆をぐりぐりとかき混ぜながらすっとぼける望月。

 

「もぐもぐ……ん、うーちゃんは今日は暁と村雨と一緒に訓練するんだぴょん」

 

「む、卯月がか……?」

 

「むぅ、うーちゃんだってやる時はやるぴょん!」

 

「そう言うなら端に除けているピーマンを食べてから言うことだな」

 

「それとこれとは別だぴょん。無理なものは無理なんだぴょん」

 

「まったく……しかし、そうだな……」

 

「そうだ!もし良かったら私達と一緒にお買い物に行きませんか!」

 

 名案だ!とばかりに三日月が目を輝かせながら提案する。

 

「そうだな……しかし、私の一存では」

 

「いーんじゃない?」

 

「き、北上さん!?」

 

 いきなり背後から聞こえた声に驚くと、朝食のプレートを手に持った北上が立っていた。

 

「おはよー菊っち、それに皆も~」

 

「おはようございます、北上さん」

 

「おはよう……ところで、いいのか?」

 

「うん、どうせ第3艦隊は今日お休みだし、提督からも菊っちにはしばらくのんびりしてもら

 いたいって言ってたから。ところで隣いい?」

 

「そうなのか……わかった。あと隣でいいのならかまわない」

 

「ありがとね~、いやぁ今日は出遅れちゃったから席が空いてなくってさぁ~」

 

「あのあの、本当にいいんですか?」

 

 三日月が少し申し訳なさそうに北上に聞き返す。

 さすがに相手は第3艦隊の旗艦でありこの鎮守府でも古参に入る北上とあってか言葉が硬い。

 

「ん~、さっきも言ったけど今まで第1艦隊で頑張ってくれたし、この前は色々と迷惑かけたからしばらくは休ませるようにって言われてるからね。緊急性の高い出撃が無い場合は待機ってことでいいらしいよ」

 

「それじゃぁ菊月お姉ちゃん!一緒にお買い物に行きましょう!」

 

「むぅ……そうだな、そう言うことなら同行しよう……望月もかまわないか?」

 

「ん~?私は全然おっけーだよ?」

 

「では、そうしよう」

 

「はい!」

 

「おっけ~」

 

 

 

 ***

 

 

 

 出かけるにはぴったりな快晴の空の下、菊月は妹艦である三日月と望月に連れられて港まで来ていた。

 

「そういえば三日月」

 

「はい、なんですか?」

 

「港で買い物と言っていたが……店などあったか?」

 

 ふとこれから向かう港の事を考えて疑問を覚えた菊月が尋ねた。

 今3人が向かっている港とは泊地にある軍港ではなく、島に住んでいる島民達が昔から漁業と本土への移動のために使っている港で、歴史は柱島泊地よりも遙に古い。

 そのためこの島がかつてと同じように泊地として指定される前はこのあたりに遠征に来ていた艦娘達や呉に向かう艦娘達が立ち寄ることも多かったらしく、港の職員や島民は艦娘に対して良心的な人が多かった。

 菊月も何回か港に立ち寄ったこともあるのだが……いくら島の主要施設とはいえ港は港、あるといえば事務所や漁師達の休憩所、水揚げされた魚を下処理するスペースや漁のための道具の保管倉庫くらいだったと記憶している。

 

「あぁ、菊姉ぇは知らないのか」

 

「えっとですね、毎週末になると呉から沢山のお店が出張してくるんです」

 

「店が?」

 

「そーだよ~、ちょっとしたマーケットってやつ」

 

「島民の人達はもちろんですけど、私達艦娘達のための商品も沢山あって、皆のちょっとした楽しみなんです」

 

「そうだったのか……知らなかったな」

 

「まぁ、菊姉ぇは出撃で忙しかったからね」

 

「ふふ、だから今日は私達がマーケットを案内しちゃいますね!あ、でも鎮守府に居ない皆から色々と買う物を頼まれてるので、それを済ませながらですがいいですか?」

 

「あぁ、かまわない……よろしく頼むぞ、二人とも」

 

「はい!」

 

「おっけ~」

 

 それからは三日月と望月の案内で港の広場で開かれているマーケットを見て周ることとなった。

 衣類や雑貨、最近流行の書籍や音楽、呉の特産物を扱う店などその種類は多種多様で、初めて見る物が多い菊月にはとても新鮮に感じられた。

 

「えっと、これが陸奥さんから頼まれた化粧品で……こっちは青葉さんのフィルムとアルバムでしょ」

 

「あ、あそこのお店なら羽黒さんに頼まれた物買えそうだから、ちょっと行って来るね~」

 

「あ、はい。お願いしますもっち!えっと、あとは……」

 

「……随分と大変そうだな?」

 

 なにぶん鎮守府に居る艦娘の人数はかなり多い、ここ数年で活動が活発化してきた深海凄艦に対抗するためではあるのだが……。

 

「ふむ……よし、この菊月もその買い物とやらを手伝おう」

 

「え、いえ悪いですよ!」

 

「だが、このまま妹達にだけ仕事を預けておくというのも心苦しい……三日月、私にも手伝わせてはくれないか?」

 

「あぅ……わかりました、それじゃぁえっと……この紙に書いてある物を貰ってきてください、お金は既に支払ってあるはずなので、お店の店主さんに柱島鎮守府の艦娘であることを伝えれば大丈夫だと思います」

 

「心得た、そうだな……とりあえずそれぞれ買い物が終わったものはマーケットの入り口で待機だ、いいな?」

 

「了解しました菊月お姉ちゃん!」

 

 望月の戻りを待つという三日月と別れ、菊月はメモに書かれている店名を頼りにお使いを済ませることにした。

 

「ふむ……これは恐らく金剛の紅茶か、こちらはワインだと?……あぁ、村雨か」

 

 とりあえず食料品を扱っているスペースに向かい、並べられている商品を見ながら目的の店を探す。

 程なくして目的の品を回収し終えた菊月がマーケットの入り口に向かおうとしたとき、僅かだが潮風の中に珈琲の香りが混じっているのに気づいた。

 

「む……珈琲か」

 

 菊月は駆逐艦故の身なりではあるが艦娘である、そのため嗜好も子供っぽいかと言われるとそう言うわけでもなく酒も飲めれば珈琲も好む。

 ふらりと香りのするほうに足を向けるとマーケットの入り口近くに小さな喫茶店のようなスペースがあり、島民たちが珈琲片手に団欒を楽しんでいるのが見えた。

 

「ふむ……」

 

 ちらりと入り口のほうに目を向けるが三日月と望月の姿はまだ見えない……ならば、いいか?

 そう思い立ちスペース奥にあるカウンターに足を向けようとしたときだった。

 

「あら……もしかして、菊月ちゃん?」

 

「む……?」

 

 後ろから声をかけられて振り向くと、そこには銀色に光る髪を後ろで一つに束ねた女性が立っていた。

 エプロンをつけ、お盆を手に持っているところを見るとどうやらこのお店の従業員のようだが……。

 

「久しぶりね、元気だった?」

 

「むぅ……もしかして、翔鶴……か?」

 

「ふふ、そうよ」

 

 そう、そこに立っていたのは翔鶴型空母1番艦の翔鶴だった。

 

「久しぶりだな……そうか、ここは翔鶴の店だったか」

 

 再会もそこそこに席に案内された菊月は、お勧めと書かれていたブレンドの珈琲を飲みながら再会したかつての仲間との団欒を楽しんでいた。

 

「えぇ、たまにこうしてマーケットの一角を借りて出張店舗を開かせてもらっているの」

 

「そうだったのか……ふむ、いい味だ」

 

「ありがとう、その珈琲は私がブレンドさせてもらったのよ?」

 

「そうなのか……ふむ、帰りに買わせてもらおう」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 そんな団欒を続けていると、同じエプロンをつけた男性がカウンターからこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「翔子、お友達かい?」

 

「あぁ、正嗣さん」

 

「む……?」

 

「紹介するわ、この子は艦娘時代に同じ艦隊に居た菊月ちゃんよ」

 

「そうか……はじめまして、翔子の夫の正嗣です」

 

「む……紹介に預かった菊月だ……そうか、結婚していたんだな……」

 

 見れば翔鶴の薬指には銀色に光るリングがはめられているのが見えた。

 艦娘が引退した後に人として第2の人生を歩むことが許されてからというもの、翔鶴のように結婚をする者も増えてきていた。

 実際は艦娘特異の体質や世間体、風評などが高い壁となっており、まだまだその道を選ぶには難しい世界ではある。

 だが、それを乗り越えられた者達ならば、たとえどんな困難も乗り越えていけるのだろう……目の前の夫婦のように。

 

「艦娘を引退した後に、ね」

 

「そうか……すまない、祝うことも出来ず」

 

「いいのよ、余計な気を使って欲しくなかったから提督には黙っていて欲しいって頼んでいたし」

 

 そういって翔鶴は昔を思い出すようにして笑って見せた。

 

「そうか……幸せ、なのだな」

 

「ええ……私にはもったいないくらい」

 

「俺こそ翔子みたいな出来た嫁を貰えて夢みたいだよ」

 

「あらあら、もぉ貴方ったら」

 

 そういって幸せそうに笑う二人を見て、菊月も自然と微笑んだ。

 

「うー」

 

「ん?」

 

 そんな二人をほほえましく眺めていた時、スカートの裾を引っ張られる感触を覚え下を向く。

 そこには銀色の髪をおかっぱに切りそろえた少女が菊月を見上げていた。

 

「この子は……?」

 

「あらあら、瑞希。こっちにいらっしゃい?」

 

 翔鶴がそういうと、瑞希と呼ばれた少女はまっすぐ翔鶴の元に向かっていった。

 

「……娘まで居るのか?」

 

「えぇ……今年で4歳なの」

 

「ははは……そうか」

 

「翔子、瑞希は僕が預かるから友達とゆっくり話しているといい」

 

「ありがとう正嗣さん」

 

「ほら、行くよ瑞希」

 

「うー」

 

 瑞希を連れた正嗣がカウンターに戻るのを見送り、菊月はため息を付いて椅子に深く座りなおした。

 

「どうしたの?」

 

「いや……昔共に戦った戦友が、久しぶりの再会を果たしたと思ったら結婚して一児の母親に

 なっているとはな……感慨深いものがあるな」

 

「あら、そうかしら?」

 

「どういう意味だ?」

 

「ふふ……菊月ちゃんが知らないだけで、他にも色々変わった娘も居るかもしれないわよ?」

 

「うぅ……今日は翔鶴だけで簡便願いたいな……っと、翔子だったか?」

 

「ふふ、どちらでもいいわ。今は確かに翔子だけど、翔鶴という名前も私にとって大事な名前であることに変わりはないから」

 

 そういって笑う翔鶴。

 艦娘は引退して人として生活する際、かつて呼ばれていたのとは別に人としての姓名を持つことが義務付けられている。名字を持たない今までの名前では日常生活で色々と不便なことも多いだろうという大本営の判断だ。

 名付けは本人からの提案もあれば所属していた鎮守府の提督がつける場合もあり、翔鶴は提督と相談した結果「水原 翔子」という名前に決めたそうだ。

 もっとも、今は結婚しているため「佐伯 翔子」らしいが……。

 

「菊月ちゃんは今も第1艦隊に?」

 

「いや、半月ほど前に第3艦隊に異動になった」

 

「そう……これで、私達の同期は皆前線を離れたことになるわね」

 

「そうだな……長かった、な……」

 

「ええ……お疲れ様、菊月ちゃん」

 

「よしてくれ……私はまだまだ現役だ。第1艦隊から異動したとはいえ、あんなひよっこ共に遅れをとるつもりはない」

 

「あらあら……第1艦隊に入ったばかりの頃は妙高さんや高雄さんに苛められて泣いたこともあったのに、すっかり立派になっちゃって」

 

「ぐぅ……そ、その頃の話はやめてくれ……」

 

 その後昔話に花を咲かせ、待ち合わせ場所に何時までたっても来ない菊月を探しに来た三日月と望月に怒られ、今度二人に翔鶴のお店でケーキをご馳走する約束をさせられた菊月であった。

 

 

 

 







水面の月 天の雨 <完>


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