ゴジラ バーニングブラッド feat.リバイス&トリガー 作:ホシボシ
科学者同士の結婚だったらしい。
極星研究の第一人者だった父も母も忙しかっただろうが、それでも家族の時間を頻繁に作ってくれた。
今にして思えば稚拙で、何も褒めるところがない似顔絵も笑顔でありがとうと言ってくれた。
わざわざ額縁まで買って飾ってくれた。
遊園地に連れて行ってくれたこともある。
はじめは夕方には帰るとの約束だったが楽しかったのでもっといたいとワガママを言ったら、閉園まで付き合ってくれた。
その日、両親が徹夜したことに当時のカイは気づいていない。
次の日、カイはワクワクしていた。
夜ご飯はカレーだった。カイはカレーが好きだった。
甘口ではなく、辛口を作ってもらっていた。少し辛いとは思ったが耐えることはできた。
父は本当は甘口ではなく辛口が好きだと知っていたし、辛口を食べることができたら母はすごいすごいと褒めてくれた。
それが嬉しくてカイは辛口が好きだった。
「あ、しまった!」
カレーをかき混ぜている母が笑った。
父も母も、研究に没頭していたせいで、朝刊をポストに入れたままだったのだ。
「おれがとってくるっ!」
カイは急いで玄関を飛び出した。
両親の役に立てるからお手伝いは好きだった。
ただ褒めてもらいたかっただけだ。それでよかった。それだけでよかった。
「え?」
カイは足を止めた。
振り返った時、家の横に、家よりも大きな何かがいたからだ。
恐竜がよぎったが、カイは両親からきちんと教えられていた。
ゴジラという存在を。
「ゴオォォォ!」
ゴジラが鳴いた。
それはとても恐ろしいことで足がすくんだが、なにより大きな混乱があった。
だって先ほどまでは何もなかった。あんな大きな生物がいたのなら、玄関を出たときにわかる筈なのだ。
だからカイはそれが偽物だと思った。
何か、人形か、あるいはいつの間にか眠ってしまっていて、夢を見ているのだと。
だがそれでも、やはりゴジラが腕を振るい家を壊し始めたときは、とてつもない恐怖でカイは泣いてしまった。
へたり込んでいると、ぼやけた視界に母の面影が見えた。
「カイ!」
母が飛び出してきた。
次の瞬間、ゴジラの足が母を押し潰した。
あまりにもアッサリと、それはまあアッサリと母の人生は終わった。
カイが鳴いていると、次は父の声が聞こえた。
そして何よりも熱い。
カイが目を開けると、ゴジラが火炎放射で逃げようとした父を焼いているのが見えた。
「ギャァアァァアァアアアァ!」
炎にまみれてもがく人間から、この世のものとは思えない絶叫が聞こえる。
父の声のような、そうでないような。
カイは泣いた。だからまもなく息絶えるものは、力の限り叫んだ。
「カイ! 逃げろォォォオォォ!」
そこでもう一度炎が父を包み、それは炭になった。
カイは後ろを向いた。熱を感じて泣いた。痛かったので泣き続けた。
ゴジラは無言でカイを見ていた。無言で、無音で、カイを、カイの場所を。
そしてゴジラは煙のように散って、あっという間に消えていった。
カイは、耳の下や首、背中に火傷を負った。
幸い障害が残ることはなかったが、痕が目立つほどには酷かった。
熱が出てベッドの上で苦しんでいると、ふと思った。
どうしてこんなに苦しくて辛いのに母は来てくれないんだ?
どうして父はアイスクリームを買ってきてくれないんだ?
水が飲みたい。そう叫ぶと、看護師がやってきた。
そこでカイは泣いた。
退院した後、警察はカイに何があったのかを聞きに来た。
カイは何度も訴えた。ゴジラが両親を殺したのだと。
しかし誰も信じてくれなかった。カイは両親を失ったショックでこうなったのだと精神科医は説明していた。
本人は本気のようだが、自分の心を守るために偽りの記憶をでっちあげることは子供にはたまにある事例らしい。
無理もない、どう考えてもゴジラが現れたという証拠がなかった。
周囲には足跡ひとつないし、建物の倒壊や、木が倒れたなど、巨大生物が通過した痕跡はない。
カイの家は周囲に民家がない山の上にあったものの、それを降りたところには民家がある。
そこに住む人たちは、大きな音はしたし、言われてみれば鳴き声のようなものも聞こえたかもしれないが、周りに被害はないと口を揃えた。
あともう一つ、念のためにと当時の調査隊は放射線測定器を使った。
しかしいずれもわずかな反応すら示さなかった。
カイは大人に言われた。
ゴジラは水爆怪獣なんだから反応しないのはおかしいんだ。
だからキミが見たものはゴジラではないんだよ。
大人はかわいそうなものを見る優しい目でカイを見ていた。
施設に行ってからもカイは訴えた。
本当にゴジラがいたのだと。
もしも放置すればやがて、ゴジラは街を襲う。その前にゴジラを殺さないと大変なことになると。
しかし誰も信じなかった。
それでもカイは訴えた。するとカイは嘘つきだとみんなから言われた。
優しい職員にも言われた。カイくん。みんなを不安にさせたらダメだよ。
大丈夫。ゴジラはもう現れないから。みんなで一緒に遊ぼう?
カイはみんなと一緒に遊んだが何も楽しくなかった。
だってどれだけ楽しくてもゴジラが現れれば一瞬で殺されるからだ。
かと言って危険性を訴えても誰も信じない。
カイはそれを理解した。だから何も言わなくなった。
高校生の時、カイは職員室に呼ばれた。
珍しいことではなかった。カイはよく人を殴った。
絡まれている生徒を守るために。誰かがいじめられていると噂が立てば、真偽を確かめる暇もなく、犯人と思わしき人間に殴り掛かった。
カイは自分からは手を出さなかった。
決まって相手から動くのを待った。それだと言い訳がきくと知っていたからだ。
その日も適当に言いくるめて帰ろうと思っていた。
「イキのいい後輩が、俺の髪が長いってイチャモンをつけてきたんだ。俺は特別だってもっとちゃんと言ってくれよ先生」
カイは冷めた様子で笑った。彼は特別に髪を校則で決められたところより長くすることを許されていた。
それで火傷を隠していたからだ。
「そう説明すればよかった」
その日は、少し変だった。
教師ではない人間がいたのだ。それが鷹診だった。
「本当の理由はなんだい? 三冨士カイくん」
「本当の理由?」
「ああ。全て包み隠さず教えてくれ。あの日のように」
鷹診はアンタレスの隊員証を見せてきた。
「私はキミの言ったことを信じると簡単にいうことができない。なぜならば私自身、いろいろと疑ってしまうところがあるからね」
「へへ、まあそうだな。錯乱していたガキの言ったことさ」
「だが、キミの感じた苦しみは紛れもない真実だろう。私はそれを疑うことはない」
「……っ」
「キミの力を貸してくれないか? 今でもキミはゴジラを信じてる。違うかい?」
カイの担任と鷹診は友人だった。
カイのことを相談された彼は、カイをアンタレスに招くことを決めたのである。
「かつてヤマネ博士はゴジラの同種が存在し、それがいずれ現れるといった。キミが見たのがそれだった可能性がある」
「……ッ」
「誰も信じてくれないなら、キミ自身の手で決着をつければいい」
鷹診はまっすぐにカイを見た。
カイの心に炎が灯った。
「……むしゃくしゃしてる」
「?」
「皆、見えない敵に怯えてるんだ。だったら俺が付き合ってやるって思っただけだ」
それがカイが人を殴った理由だった。殴り、殴られる中で冷めればいいし、より熱くなってカイを殺してしまったとしても、カイはそれでよかった。
なぜならばきっとその時、その人間が見ているのはカイではなく、本当の敵だからだ。
その時はじめて人は己の中にいるものと対峙ができる。
疑うことなかれ。カイはそういう人間がいるのならば、祝福してやりたいと思っただけだ。
「よくないな。心は疲弊していくよ。私にはわかるんだ。キミよりは長く生きているからね」
それにキミの"ひいお祖父さん"も言っていたと鷹診は付け加えた。
カイはセリザワ博士のことをほとんど知らないが、どんな人物くらいかは知っていた。
祖父の義理の父だった。
といっても、物心がついた時にはゴジラと心中していたらしいが。
「人は孤独には耐えれない。それはカイくん、もちろんキミもね」
「……忠告ありがとうございます」
もしかしたらゴジラは復讐をしにきたのか?
わからない。わからないから知りたい。調べるしかない。
いずれにせよ、この疑問は、消し去ることができる。
「……まあ、アレですよ。やっぱり惰性で生きるのは、よくないなって思ってました」
「そうか。ならどうする」
「アンタレスに入ります」
「ああ。待ってるよ」
カイはその日から一心不乱にアンタレスを目指した。
ゴジラを探す。そして、殺す。
それが彼の全てになったのだ。
そして現在。
泣いている男の子がいた。
しかし小さな男の子が泣いているのは、ままあることだ。だから誰も気に留めずに歩いて行った。
ただでさえゴジラの被害は凄まじい。泣きたいのはみんな同じだった。
「だいじょうぶ?」
しかし、一人の青年が男の子の前で立ち止まった。
しゃがみ込み、目線を合わせる。
「どうしたの?」
男の子はグズりながら木の上を指さした。そこには赤い風船がある。
「あー、引っかかっちゃったんだ。うん。大丈夫。待っててね」
大丈夫とは言ったが、なかば勢いで口にしてしまった。
プランがない。ジャンプでは届かないし、近くにハシゴや台なんてものは存在しない。
「ちょっとすいません。僕が肩車するのであの風船とってくれませんか?」
道行く人にそう聞いてみたが、もちろん断れた。無視された。
早くしないと風に吹かれて飛んで行ってしまう可能性がある。
メイはだったらと木をよじ登り始めた。
落ちた。
もう一度。
落ちた。
もう一度。
落ちた。腰を強打した。
もう一度。落ちた。そこで男の子の涙は乾いた。
父親が戻ってきたのだが、彼の手には新しい風船があった。
「だから、もういいよ」
「………」
それでも、メイは微笑んだ。
男の子の視線は木に引っかかった風船にあった。それは赤色で、父が持ってきた風船は緑色だったのだ。
「大丈夫。本当に、あと一回だから」
メイはそれなりに。
いや、結構真剣に全力を込めて木を登った。
わずかな恐怖心を抑え込んだのは、時間がないということだ。
だからメイは風船をキャッチして、なんとか下に戻ることができた。
「はいどうぞ」
「ありがとう!」
「すみません。わざわざ」
「いえいえ」
メイが親子と別れて歩いていると、道でウロウロしている外国人の男性を見つけた。
道行く人に話しかけているが、ごめんなさいと繰り返されている。
メイは翻訳アプリを起動して、男性に話しかけた。
『どうしました?』
『道に迷ってしまって。目印がゴジラに壊されてしまったんです』
『どこに行きたいんですか?』
メイは地図アプリを使って道を説明した。
『わかりました。ありがとうございます!』
『どういたしまして』
男性は今まで散々断られたことが相当ショックだったらしく、それはたいそう喜んでいらっしゃった。
簡単ではあるが、何かお礼をさせてくれと言われたが、メイは断った。
全部アプリがやったことだ。もしも優秀なアプリがなければメイとて何の力にもなれなかっただろう。
『でも、そうだな。もしあなたが困っている人を見かけたら、どうか助けてあげてください。それが一番のお礼です』
きちんと翻訳されているかどうかは怪しかったが、男性は何度も頷いてお礼を言っていたので伝わったと信じよう。
そこで、メイはあっと表情を変えた。
いけない。取材の約束があるんだった。
「
『やッほー! おれっちはバイスだよーんっ!』
「マナカ・ケンゴ、所属はガッツセレクトです!」
アンタレス本部では、帰還した戦士たちが集まっていた。
細かな違いはあるが、トリガーとリバイスは変身を解除した後、アンタレスの隊員たちに声をかけて本部まで連れ来てもらった。
そして事情を説明する。お互い、気を失っており、目覚めたらゴジラがいたので変身したのだと。
「キミたちは、それぞれこことは違う世界から来た、と」
「はい。以前にもそういった経験があって」
「オレも、まあ、上手く説明はできないけど……」
そこで鷹診は視線を一つのモニタに向けた。
そこには頭をかいている長い髪の男がいた。
クドウ・ハジメ、ラフな格好をしているがアンタレスのメカニック担当である。
『あー……、いやぁ、どうにもマジもんだなコレは』
ラボで彼が研究していたのはトリガーの変身に使用するガッツスパークレンスと、リバイスの使用アイテムであるバイスタンプの一つだ。
クドウもいろいろなものを見てきてはいるが、こんなものは生まれて初めて見たと。
『やるじゃないの。これ作ったヤツは天才だよ。まあおれは超天才なんだけど』
そこでモニタが切れた。
とりあえず鷹診がこの世界の事情を説明する。
言語もそうだが、街の名前は違うものの、おおまかな概念は共通しているので話は早い。
異なる点といえばやはりゴジラの出現、そして極星の発見、そして今ゴジラが現れたということだ。
「ボクの世界にも怪獣はたくさんいます。何か協力できることがあれば言ってください」
「オレも。怪獣ともなると自信はないけど……、やれることはやりますよ」
『えーっ! いや危ないって二人とも! まったく、お人よしだなぁ相変わらず!』
「こらバイス! お前はちょっと黙ってろ!」
一輝はガンデフォンの画面を隠した。
どの道、帰る方法もわからないのだ。このまま何もしないでいるよりは何かアクションを起こしたほうがいいと考えた。
ケンゴはともかく、一輝は送り込まれたと思っている。
何が目的かは知らないが、そのうちわかるだろう。
「ありがとう。それは助かる。正直、我々としても想定外の出来事なんだ」
鷹診がお礼を言ったと同じくらいにカイが入ってきた。
「どうだった、カイくん」
「生物学の専門家いわく、あれは戦争で失われた命が亡霊となったものらしいですよ」
「幽霊っちゅうことか? んなアホな!」
カイは皮肉めいた笑みを浮かべたし、那須川も笑っていたが、鷹診は深刻な表情だった。
「あながち否定できない話でもないね。あのワープを見てしまうと」
「ま、確かに幽霊みたいに消えとったな」
「だがヤツには実体があった」
「例えば一輝くんや、ケンゴくんの世界の要素が我々の世界に触れてゴジラを具現させた可能性もある。霊的なものに括らずにね」
リバイスが戦うのは悪魔だ。
幽霊と存在が遠すぎるわけでもない。
あるいはケンゴの世界にいる不思議な力を持った怪獣や異星人の仕業であるというのは、確かに可能性としては高い。
しかしカイは、それを否定した。
「あれは俺の両親を殺したゴジラだ。少しデカくなってやがったが、間違いない」
「……家族を」
「ああ」
一輝には何か思うところがあるのか、深刻な表情で俯いた。
それはもちろんケンゴたちも同じだ。
「確かにカイくんが見たのがあのゴジラなら、足跡が見つからなかったのも説明がつく。ヤツはワープで移動していたんだ」
「せやかて……、そんなめちゃくちゃな」
「ケンゴくんの世界にいる怪獣も、かなり多様な能力を持っているとか言ったね。そういう存在に我々の世界の怪獣も近づいているのかもしれない」
そこで鷹診は腕時計を確認した。
「取材が入ってるんだ。もうすぐだね」
「俺がいきますよ。二人はお疲れでしょ? 年なんだから」
「なんやと! まだ49やがな!」
「ジジイじゃないっすか」
「アホ言うて! 兄さんからも反論してやってください!」
「いやいや、そう言ってもらえると助かるよ。もう52ともなると疲れやすいし、疲れがとれなくなってきて……」
と、いうわけで、カイが担当することになった。
食堂に通されたのは白峰メイだ。雑誌『フォーカス』は編集長が鷹診の知り合いであり、そのこともあってか頻繁に独占取材をさせてもらっているのである。
雑誌の内容も『偽りなき真実と事実を』をモットーにしており、信頼もあってのことだった。
「コーヒーでいいか?」
「ありがとうございます」
「……で? 何が聞きたいのかな?」
「はい。ゴジラの件で被害状況や、アレはヤマネ博士が危惧していた第二のゴジラなのか? あるいは最初からゴジラは死んでいなかったのか」
「あぁ、えぇっと……」
カイは気だるげに説明していく。
と、いっても具体的に答えられることはほとんどない。
ゴジラに関してはほぼ全てが『調査中』だからだ。
「こう言っちゃ失礼だが、もう少し時間をおいて来てくれればよかったのに」
「そうですね。すみません。実は、個人的に知りたいことがあって」
「?」
「今いきなりこんなことを言うのは不謹慎かもしれませんが、僕はゴジラは優しい……、善良な怪獣だと思ってるんです」
「ほぉ……、面白いことを言うねアンタ。だがそれはありえない。ゴジラは凶悪な怪獣だ。アンタも見ただろ?」
「確かにそうですが、何か大きな理由があると僕は思ってます」
カイはジットリとメイを見る。
彼はまっすぐにカイを見ていた。少なくとも冗談で言っている様子はない。
「……理由はどうであれ、ヤツはあれほどの破壊を行った。もはや生かしちゃおけないだろう」
「それは、そうかもしれませんが、どうかもう一度。どうかッ調べてみてはくれませんか? お願いします。どうか、どうか……!」
カイは少し怯んだ。
メイの縋るような言葉は、かつてカイが周りに頼んだことだ。
カイはそんなことはありえないとメイを突っぱねるつもりだったが、それが非常に滑稽なことのように感じてしまった。
あの時も周りの人間は同じようなことを思っていたのだろう。
今になってわかるとは皮肉である。
「……あぁ、ダメだな」
「え?」
「いやいや……、コッチの話だよ。まあ少し調べてはみる。期待はしないでほしいけどな」
「ッ、ありがとうございます!」
「だがワケを聞かせてもらっていいか? あの化け物が優しいだなんて、理由があってのことじゃないと成立しないぜ?」
「はい。実は、5歳の時にゴジラに助けられたことがあるんです」
「は――?」
「信じられないかもしれませんが、記憶にあるんです。両親といったキャンプの時にゴジラが助けてくれたと……」
「そんなバカな。アンタ、年齢を聞いても?」
「22です」
カイは23歳だった。つまり――
「それはありえない!」
突如カイが大声をあげるものだから、少しメイの表情が強張った。
「俺は、同じ年に、ゴジラに両親を殺されてる……ッッ!」
「ッ、あなたもゴジラを!?」
予想していた答えとは違った。
メイはてっきり怪獣を見たことが、ありえないと言われているのだと思ったが、そうではないのだ。
カイもそのことに気づいたのか、混乱する。
だってこれは悪くない話だ。
あの時、誰一人として目撃情報がなかったゴジラを見たという人間が現れたのだ。
問題はその内容が真逆ともとれることだったが。
「俺はこの目で確かにゴジラが父さんと母さんを殺すのを見た。ヤツが吐いた炎が、この身に刻まれている」
カイは髪をあげて火傷の痕をメイに見せた。
「精神科医は俺が幻覚を見たとか、ショックが記憶ですり替わってるなんて言ったが、誓ってそうじゃない。俺は見たんだ! 確かに! ゴジラを!!」
「……っっ」
メイの頭にはいくつか言葉が浮かんだ。
ゴジラが、たとえば、何かによって操られていたとか。
だがそんな都合のいいものはなんだ? あの時代に生物をコントロールできる技術が存在していたとは思えない。
それに加えてそういう言葉を口にできなかったのは、強く否定できないからだ。
というのも、メイはゴジラをハッキリとは見ていない。
きっとそうだったと漠然とした思いがあるだけで、一部の記憶がおぼろげだった。
しかしそれでもあの咆哮は確かに覚えているし、飛んできた青い光だって……。
「僕はゴジラが、正義の心を持った……、存在だと」
伝えたいことを少し大げさに言ってみたものの、言葉が詰まった。
カイのように瞳に焼き付けたとは言えない。メイは嘘が苦手だった。カイはそれを察したのか大きなため息をつく。
「アンタが見たものはきっと間違いじゃかった。でも、正しくもないのかもな」
「ッ」
「俺とアンタ……、どちらかが記憶違いをしてるんだ。悪いが譲る気はねぇ。俺はあの時の憎悪を今も振り払えていないんだ」
「憎悪ですか」
「……ああ。よくねぇもんだよ。それでまあ、性格の悪い言い方にはなるが、あえてアンタに対抗するのであれば――」
「?」
「ゴジラは悪だ。あの凶悪怪獣を殺さない限り、地球に平和はやってこないぜ。お坊ちゃん」
鷹診からメイのことは少し聞いていた。
大手旅行会社を経営する社長の御曹司が、写真の趣味を活かしたいとコネで入社したらしい。
「育ちがいいアンタの目には、きっと少しフィルターがかかってる」
メイは沈黙した。彼自身、自分の価値観が周りと少し違うことはわかっていた。
となると、もしかしたら正しいのはカイのほうかもしれないと思ってしまう。
「……あぁ、悪い。最後のは余計だったな」
「いえ。お気になさらず」
「気を悪くしないでくれ。ただ、まあ、なんていうか。こんなムキになっちまうほど俺にとっては重要なことなんだ……」
「当然のことだと思います。確かに僕の記憶には間違いがあって、正しいこともある。とりあえず今はそれを僕なりに調べられたらと思っています」
「俺も言えることがあれば教える。まあ、よろしく頼むぜ……」
二人はしばし取材の続きをして別れた。
アンタレス本部を出たメイは、しばらく歩いた後に立ち止まる。
「はぁ」
大きなため息をひとつ。すると、声が聞こえた。
「スマイルスマイル! ですよ!」
「え?」
振り返ると、そこにはマナカケンゴが立っていた。
「はじめまして」
「どうも、はじめまして。アンタレスの方ですか」
「んー、まあ、えーっと、なんていうか。ちょっと説明が難しいんですけど……」
カイが取材対応をしにいった直後、鷹診はケンゴと一輝に休憩を与えたのだ。
二人は食堂に向かい仮面ライダーとウルトラマンの情報を交換しつつ、似通ったもの同士で盛り上がっていたのだが、そこでカイが声を荒げたのを聞いてしまったのだ。
「そこからは、まあ、話を聞いちゃって……」
「そうですか、いや、いいんですよ」
「ごめんなさいッ。でもとにかく、メイさんが落ち込んでるのが見えちゃって」
「励ましにきてくれたんですか? わぁ、ありがとうございます!」
「送ります! ね! さ! 行きましょー!」
ケンゴは大きく手を振って歩き出した。
メイは微笑むと、後をついていく。
「これからもうひとつ、取材予定があって。そこまでお願いします」
「了解です!」
「そうだ。せっかくだからアレも聞いちゃおうかな。あの光の巨人が出ましたよね。あれは一体なんだと思います? 少なくとも怪獣には見えなかった」
「え? あ、あははは」
露骨にケンゴの動きが固くなったが、メイは気にしていないようだった。
二人は歩いていく中で、他愛ない話を繰り返した。
あまり中身はなかったが、おかげで仲良くなれた。
「でもダメだなぁ。どうにも身が入らないや」
「え?」
「ワガママだったんです。取材っていうのはまあ言い訳みたいなもので。どうやら僕はゴジラが現れて、街を壊したことが想像以上にショックだったらしい」
人が死んだ。
建物が壊れた。
そういうことは純粋に心が痛む。
もう一つは、ゴジラそのものに対する想いであると。
「世間はゴジラを最悪な存在として見ています。次に現れる時を想像して怯えてる。それは当然なんですけど、僕にとっては違うから、少し辛くて」
「メイは、ゴジラが好きなの?」
「そうだね。聞いてくれます?」
おぼろげなところがあると前置きして、メイは5歳の時の記憶を語り始めた。
どこに行ったのかは覚えていない。両親いわくインドネシア旅行の際に訪れたバリだったらしいが……。
飛行機に乗ったのは覚えている。
ホテルはなくて、両親の知り合いの家に泊まることになって。そこはすごく民族的で、一人娘だという女の子と知り合った。
顔はぼんやりとしか覚えていないが、存在の記憶は鮮明だった。
その島には他に子供がいなかったので、彼女は同年代のメイにすごくなついてくれた。
二人はすぐに仲良くなって、島を探検したり、一緒にご飯を食べたり、お風呂に入ったり、眠ったり、ずっと一緒にいた。
しかしある夜。メイは一人だった。
少女は大切な勉強があるらしく、祭壇という場所に行かなければならなかったからだ。
そこは部外者を入れることが許されておらず、メイは退屈だった。
両親は島に来ても仕事中のようで、メイは一人で島を歩いていた。
しかし慣れない場所だったから途中で迷子になってしまった。
辺りは真っ暗になり、知らず知らずに立ち入ってはいけないと言われている洞窟の近くまで来てしまった。
メイは見た。暗闇に光る二つの目を。
それは大トカゲだった。獰猛な性格で、子供なんて一噛みで殺してしまうほどの牙を持っていた。
メイは恐ろしくなって背中を向けて走り出してしまった。
トカゲもまた走り出した。メイを獲物と認識して襲い掛かったのだ。
来る。それを感じる。怖い。助けて。
「!」
メイは青白い光を感じて振り返った。
泡のような光の球体がいくつも飛んできて、それがトカゲに直撃したのである。
トカゲは吹き飛び、木に叩きつけられた。
すぐに暗くなったが、わずかな光で見えた影。
背ビレのようなものがあったと思う。
そして赤い瞳。
トカゲが鳴くと、"それ"も吠えた。
メイは怖くなって逃げた。しかしすぐに鳴き声も気配もなくなった。
メイが振り返ると何もいなかった。
放心していると彼の名を呼ぶ声が聞こえる。
祭壇から帰ってきた女の子が迎えに来てくれたのだ。
帰り道、メイは今あったことを女の子にすべて話した。
すると彼女は微笑んで、こう言った。
『火を吐いたんだよね? だったらそれは――』
ゴジラかもね。