ゴジラ バーニングブラッド feat.リバイス&トリガー 作:ホシボシ
一瞬だけ見えた姿。
確かに街を破壊したゴジラよりはずっと小さかったし、シルエットも違っていたかもしれない。
でもあれはきっとゴジラなんだとメイは思って生きてきた。
かつて1954年に神代坂に現れたゴジラの仲間なのか、それはわからないが、あの背ビレと炎は必ずそうなんだと。
「その島には?」
「一度だけ。記憶とはずいぶん景色が違っていて。一緒に遊んでいたあの子はいなかったし、もちろんゴジラも」
メイも本気で探すことはしなかった。
もし自分がゴジラを見つけてしまったら、きっと何かが壊れてしまうだろうから。
「僕は感じたんです。あの子が、ゴジラが僕を助けてくれたんだって。でもそう伝わったのは上手く言語化できなくて」
心配しないでとゴジラに言われた。
メイは本気でそう思っているが、もちろんゴジラが喋ったわけではない。
だがしかし本気でそう感じたのだ。気持ちが伝わってきたというか。心が温かくなった。
しかしやはり言語化できないので説明もできない。そういう訳が分からないことを人は信じてはくれない。
当たり前である。
証拠があって、事実が見えて、人はそれを受け入れるのだ。
もしもそれを証明しようとすればゴジラを深く知る。知らせる必要がある。
だから関わってはいけない。自分にできることは感謝の気持ちを持つこと。
つまりゴジラを想い続けることだ。決して彼の平穏を暴こうとすることじゃない。
「ふとした時に考えるんです。元気にしてるかな? 今、どれだけ大きくなってるのかな?」
怪我してないかな?
悪い人たちに見つかって、狙われてないといいな。
おなかいっぱい食べられてるのかな?
「……人間を嫌いになってかな? とか、いろいろ」
「優しいんだね、メイは」
ケンゴの言葉にメイは目を丸くした。
まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかった。
たいていの人間は頭がおかしいと思う。なのにケンゴは屈託のない笑顔でメイを見ている。
そのことを伝えるとケンゴはバツが悪そうに笑った。
「さっきも言われちゃったよ」
バイスにしこたま怒られた。
あのね! ケンゴっち! 一輝もお人よしだけど、アンタも相当だよ!
いくらなんでも簡単に信用しすぎだって! 変身に使うヤツまるまま渡すとか実は向こうがワルでしたー! ってなったらどうすんのーッ!?
だとか。いろいろ
「………」
ケンゴは首を振る。
「と、とにかく! きっとゴジラにもメイの気持ちは伝わってるよ」
「だといいんですけど。ありがとう救われました」
メイは少し安堵したように笑った。
「僕はやはり、ゴジラが街を破壊したと聞いた時すごくショックだった。今はたくさんの人がゴジラに怯えて、ゴジラを恨んでます」
昔の話だ。
あれがもしも本当にゴジラだったとして、メイの記憶がゴジラの無実を証明するものにはなりえない。
人間だってそういうことは、おうおうにしてあるものだ。
この前も殺人犯の知人にインタビューをするというニュースがあって、その知人は犯人のことを『昔は優しい子だった』と話していた。
「時間という概念は生き物を変えます。 でもあの時、僕の心に届いた感情はすごく大きて温かなものだった。だから僕はゴジラがあんなことをしたなんて信じたくない……」
あるいは、あんなに純粋な心を持ったゴジラが邪悪なものに染まるほどの出来事があったなんて思いたくない。
しかし人間として考えたとき、あまりにも心当たりは多い。
だからメイはあまりにも小さい声で呟いた。
「怪獣と分かり合うことはできないんでしょうか……?」
そこで我に返ったように顔を上げた。
「ごめんなさい。被害者もいるのに。自分でもおかしなことを言ってるのはわかってるんですけど」
「そんなことないよ! ボクはメイを信じるよ! あぁ、えっと、でもカイが嘘を言ってるとも思ってないし! ゴジラがどうあるのかはさておくとして……っ!」
ケンゴは腕を組んで唸る。
なかなか、これも言葉にするのが難しい。
ケンゴ自身、ゴジラと戦ってみてわかる。あの殺意の中には欠片の優しさも存在していなかった。
だがそれでも、メイが感じたものは確かなんだから。
「とにかく! ゴジラが何かに操られてるとしたらボクが元に戻すから!」
「……はい」
「だからね、ほら、スマイルスマイル!」
「ありがとうケンゴさん。貴方みたいな人がいてくれて嬉しいです。本当に、本当に」
こうして二人は目的地、『教団・白夜』の本部にたどり着いた。
白夜教団とも呼ばれている。
中に入ると、真っ白な衣服に身を包んだ男女が整列していた。
「うわぁ、すごい! ね!」
「うん。そうだね」
ケンゴははしゃいでいるが、メイは少し怯んだ。
全員同じ衣服、それも白一色という有様は、逆にアンバランスなものを感じる。
とはいえ、態度は柔らかい。先頭にいた女性に自己紹介をすると、しばらく待っていてほしいと言われた。
そして二分後、白いローブに身を包んだ男性が下りてきた。
「ようこそ、白夜教団においでなさいました」
男性のアシンメトリーの髪色は奇抜だった。
緑、赤、紫、黄色、黒、いろいろな色をマーブル柄になっている。こんな染め方は見たことがなかった。
それに貝殻を模したピアス、頬やローブから覗かせた手首には蛇の鱗のようなタトゥーが刻まれている。
先月取材したミュージシャンを彷彿とさせる。
「ワタクシが教団の長、ネオでございます」
彼は三日月のように笑い、深くお辞儀をした。
「うわー、すごい! ボクも話を聞いてもいいんですか!?」
「もちろん。ワタクシたちの想いをより多くの人に知っていただきたいのでね。ええ」
奥の部屋に通されたメイとケンゴ。
ケンゴは相変わらずはしゃいでいたし、出された白湯をゴクゴクと飲んでいたが、メイは少し緊張していた。
この部屋も真っ白だ。天井、ライト、壁紙、床、すべてが白い。
白い椅子と白いテーブル以外何もない。なんだか現実離れして不思議な気分だった。
失礼なことはできない。メイは意識を集中させて、取材を始めた。
教団への入信者は日々、右肩上がりであり、支部も増えてきている。
メディアで活躍中の人気動画配信者や、若手俳優も『
改めて、教団白夜とは何か?
そして、ここまで大きなものになった理由と分析を聞きたいというのが取材内容だった。
ネオはフムと唸り、椅子から立ち上がってローブを翻す。
「ワタクシは見ての通り、こんな奇抜な格好をしております。従来の新興宗教であれば誰もがワタクシのことをペテン師だと疑うでしょう。ましてやそういう題材、あるいは存在はドラマや漫画ではありがちな演出ではありますしね。そういったエンタメ、あるいはメディアが作り出すものを受信するのはおかしなことではありません。そういった見方になるのは不思議なことではないのです。真実がどこにあるかはおいておいて」
ですが、と、ネオは人差し指を立てる。
「ワタクシはただ髪を染めただけです。タトゥーもただ、入れたかったから入れただけ。これは決して神の意志を受けて刻んだ聖刻でもなければ、儀式のために刻んだ呪文でもない」
「ほかの雑誌で拝見しました。それが白夜であると」
「そう。我々が信仰するのは不確かな存在である神ではなく、この
インチキ宗教だと言われたことがあるらしいが、それはおかしな話だ。
ネオだって神がいるかどうかなんてわからない。
神の声が聞こえる人間がいるかどうかはわからない。
みんなそうなんだ。だから疑うものがいるし、中には悪用しようとするものもあらわれる。
「しかしワタクシは違います。ワタクシたちはただ、この星を敬うだけなのです。そこには一片の偽りも幻想もない。今もワタクシたちがいるこの世界こそが常に動き続ける唯一無二の真実なのですから」
教団の活動は主に環境保全や動物愛護、あるいは近所の清掃など、ごくごく身近なものだった。
あの世や、この世。天罰や天啓。そんなことより環境変化のほうが問題であるとネオは説く。
身に着けているだで幸運をもたらすブレスレットより、笛を吹いて子供たちの下校を見守ることこそが使命ではないか。
「まああえてスピリチュアルなところでいうならば、我々は見えないものを作りたがる。ワタクシは偽りの神に縋る心を解き放ちたいのです」
そこで初老の女性がネオの隣に来た。
「たとえば彼女は風水にのめりこむがあまり、多くの財を失いました。ワタクシは占いを否定はしませんが、あれは支配されるほどものでもない」
ネオは彼女と共に海の掃除や山の掃除を繰り返した。
彼女はそのうちに気づいた。悪いことは起こっていない。もしも悪いことが起きるとすれば、それはもっと大きな『力』によるものだ。
たとえば、まあ、自然とか。
「今はまだ強迫観念のようなものが清掃活動にシフトしているだけなのかもしれません。しかしまずはそちらのほうがいい」
教団の制服は『白』だ。
地球の汚れを無くそうというコンセプトのもとに作られた。
「シンプルながらにインパクトのある衣装だと思います」
「着たくない人は着なくていいのです。現に、薄明者の中には私服で活動を行っている人もたくさんいます」
ネオは再び椅子に座った。
「とまあ、我々の活動を理解していただいたところで、次の質問の返答ですが――」
ここ最近の入信者の数が増えていることだ。
「やはり怪獣の存在は大きいでしょう。あれこそが神に最も近い事実だと」
神が不確かなのは人によって定義が違うからだ。
死後世界、あるいは現世で、ある日ヒゲモジャの老人が唐突に現れて私は神だと口にしたならば果たして何人の人間が信じるだろうか?
人間と同じステージに立つものなのか?
性別は男性なのか?
我々と同じ言葉を話すのか? などと、疑問が浮かんでくるのは頭の中に浮かべる神が人によって違うからだ。
「しかしゴジラは誰が見ても同じである」
ネオは33歳だが、ゴジラの映像は資料などで見ている。
それは皆も同じだ。これからもゴジラは語り継がれていくし、誰もが思い浮かべるあの姿は乱れない。
「しかしそれでも人間は事実を依り代にして、呪いに変える時がある」
「というと?」
「ゴジラは伝説から名付けられたそうですね。確か、魚を食い尽くし、処女の血を飲んで眠るとか。しかし1954年に処女を差し出した記録はないのはなぜか? 答えは簡単、そんな生き物はいないからです。蚊の怪獣ならまだしもトカゲみたいなものですよ? 血を餌としても眠くなるだなんて……」
そうなると言い伝えにあった『呉爾羅』の正体がゴジラサウルスであるとは考えにくい。
そもそもゴジラサウルスとは、呉爾羅から名前をとったものだ。
呉爾羅に怯えていた人間たちが生きていた時代に存在していた恐竜に名前はなかった。
「つまり、後付けである。伝承における被害は一部こそゴジラサウルスの行いはあったかもしれないが大半は自然災害の類がもたらしたものであり、それらの恐怖と悲しみと、そこから生まれる憎悪をゴジラサウルスに擦り付けただけです」
それはゴジラに限った話ではない。
鬼や、妖怪、そういったものと同じだ。無知なる時、人は正体がわからぬものを恐れ、なんとか名前をつけようとした。
「今も変わらない。その依り代が怪獣なのです。そしてそれは確固たる事実であると」
裁きの具現化。概念の実体化。
「ワタクシはゴジラが水爆実験の影響でゴジラサウルスが変異して生まれた人類の罪の化身だと思っています。再びゴジラを生み出さないためにも我々は環境を保護する必要がある。生き物の突然変異を防ぐために」
ネオは曇りのない眼でメイを見ていた。
◆
一方、アンタレス本部内ではカイがメイのことを話していた。
「アイツはおそらく……、人が良すぎるんだ。地球はおひとよしが損をする。びりっけつってな。映画で見た」
「しかし善良。正義、か」
鷹診は噛みしめるように言っていたが、那須川は呆れたように笑い、たこ焼きをバクバク食っていた。
「いやいや。正義っちゅうってもゴジラってクマとかライオンみたいなもんやろ?」
善も悪もない。本能で生きる存在。
言い方を変えるならば善悪を超えた存在だ。
「気持ちはわかんねんけどな。前に話したっけ? まあええわ。一輝くんもおるし、もう一回話すわ。おれの祖父さんの話やねんけどな、くいもんの店をやっとたんや」
それなりに成功しとったから、それなりにデカイ会社が建った。
でもな、それがゴジラにぜーんぶ潰されてしもた!
会社だけやなくて工場も全焼したし、豪邸もボカンや!
まあ幸い、社員と家族は無事やったから、アレやねんけど。
それでも祖父さん真っ青になって気絶したらしい。ワシャ自殺するって何度も言うとったらしいで。
まあ嘘やろうけどな。おれの家系の男はビビリばっかやから、んな度胸あるかっての。
まあ、まあ、ええわ。
とにかく、大人はみんな悲しんどったけど、親父だけは嬉しかったらしい。
正直、会社が上手くいっとった時は、潤いはしたけども、すれ違いも多かったらしくてな。
あの店が残ったままやったら確実に一家はバラバラになっとったそうや。
親父と飲んだ時は毎回言うねん。
ゴジラのせいで、せっまい部屋で家族みんなで寝転んで寝るハメになったわ。
イビキがひどすぎて寝られたもんやなかったって、笑いながらな。
「だからまあ、親父はゴジラが好きっていうとったわ。ワイもそれは同じや。実家にあるゴジラの絵を見て育ったし、不謹慎とか言われて販売中止になったゴジラの人形で遊んどったからな。あの人形、親父はプレ値がついたら売るつもりやったらしい。ほんましょうもないヤツやろ?」
那須川は結婚しており、子供は三人いる。
今、そのゴジラの人形は、その子供たちの手にわたっており、ボロボロになるまで遊びつくされたそうだ。
「せやからワイもな、心のどっかではゴジラに対する無責任な情があったんや」
「………」
一輝は言葉を探した。
上手く見つからないのか、違うのか。
霞かかっているような感覚。いつか言われた言葉がフラッシュバックする。
他者の気持ちがわからない。
そうだ。そういう話なのだきっと。センチメンタルな領域。
それを裏付けるように、鷹診が言葉を続けた。
「友人の話をしてもいいかな? 面白くはないけれど」
カイと那須川にはいつだったか話したことはあった。
しかしもう一度、今だからこそ聞いてほしいと『鷹診は』思っていた。
できればケンゴもいてほしかったが、まあいいだろう。
「ある人は、ゴジラの咆哮を聞いて悲しそうと言った。ある人は同じ咆哮を聞いて、ゴジラは怒りに震えているのだと答えた」
そんな前置きだった。
いつもぼんやりとして、流行にも疎くて、かといって特別な才能もなかった鷹診は周りを話を合わせるのが苦手だったが、鷲見とは不思議と気が合った。
マイナーな音楽も知っていたし、同じ映画も見ていたし、自分しか読んでないだろうと思っていた小説の話で盛り上がった。
「もしかしたら俺とキミは生き別れた兄弟なのかもしれないね」
「あるいは同じ人間が二つに分かれたのかもしれない」
「アルビーの小説か。あれは傑作だった」
まあ今でいうところのただのオタクだったのかもしれない。
でもとにかく楽しかった。休みがあれば鷹診の部屋で徹夜で映画を見たし、夏は海にも花火大会にもいかずに、ひたすら鷲見の家で小説を書いた。
はじめは誰にかに見せるつもりはなかったが、それじゃあ寂しいと鷲見は妹を呼んで出来上がった小説を渡した。
鷲見の妹はヒバリと言った。兄たちに呆れることもなく、差し入れにスイカを持ってきてくれた。
ヒバリは律義に本を全部読んだ。
感想を聞くと、鷹診が書いた部分が特別面白いと微笑み、お世辞を言ってくれた。
やがて、鷹診はヒバリと結婚した。鷲見は心から喜んでくれた。
ちなみにあの時の小説の内容は『ゴジラ』をオマージュしていた。
そうだ。ゴジラだ。
鷹診と鷲見結ぶのはマイナーな映画や小説だけではなかった。
1954年、二人はまだ生まれていなかったが文献や資料映像で何があったのかは詳しく知っていた。
果たしてゴジラとはなんだったのか? 二人で無限に考察し合った。
「ゴジラとはまるで宇宙だ!」
そう言って鷲見は笑った
よくわかならいが、わかる気がすると鷹診も笑った。
そのころ、鷹診はアンタレスでゴジラの研究をしていた。
一方で鷲見は原子力発電所に勤めていた。
核によってゴジラが生まれ、今は核によって電気が生まれている。
ゴジラは街を破壊し、電気は街を発展させる。そういったコントラストに鷲見は魅力を感じていたらしい。
だがある日、いきつけのバーで鷲見が深くうなだれていた。
「どうした? 元気がないな。飲みすぎか?」
「いやぁ、なに、ただ悪夢を見ただけさ」
それだけだった。話している内に鷲見は元気になった。
深く考えなかった。鷹診も悪夢は見る。
しかしその日から確かに、何かが、少しずつ、狂い始めた。
違和感を覚えたのは三日後だ。
面白い小説があったから勧めてやろうと鷲見の家に行ったら部屋が散らかっていた。
もちろん普段から整理整頓などという性格でもなかったが、それでも何か異様な散らかり方をしている気がした。
それだけではなく、廊下に空になった酒の瓶がいくつも転がっていた。
これはおかしいと、鷹診は布団に入っていた鷲見を叩き起こした。
「どうした? 何かあったのか?」
「何もない。が、しかし、何もなさすぎるんだ……!」
「え?」
「何もなさすぎる。それは正常なのか? あ、あ、あ、嵐の前の静けさという」
その時はただ酔っているだけだと思って、水を飲ませて帰った。
だがもっと話を聞くべきだった。
彼が言っていたのは、ヤマネ博士の言葉だ。ゴジラには同種がいる筈なのに、まったく姿を見せる気配がない。
鷲見はその日、あの時と同じ悪夢を見た。
ゴジラが来た。ゴジラが怒っている。
「人間はまだ核を使うのか? まだそれに頼るのか?」
ご、ご、ゴジラが、喋った!
鷲見は驚いた。するとゴジラも同じように驚いた。
驚くと大きな口が開く。ゴジラは鷲見を鷲掴みにして、口の中に入れた。
食われる! 叫ぼうとして、鷲見はできなかった。
金縛りの中で、ゴジラの口の中に広がっていた宇宙を見た。
そうか、ゴジラとは宇宙だったのか。
そこには海があった。神殿が浮かんでいた。
よくわからないが、人間が足を踏み入れてはいけない領域だと思った。
するとまるで裁きのようにして、ゴジラは鷲見の頭を食い破った。
ゴジラは鷲見の体を足に押し当てた。
すると鷲見の体がゴジラに吸収されていく。
そうか。あの岩のようにゴツゴツとした皮膚は人間の躯でできていたのだ。
鷲見は大きな発見だと思ったが、そこで自分が死んでいることを思い出して、死体に戻った。
鷲見は目覚め、嘔吐した。
激しい頭痛の中で、これは苦痛だと思った。
そうか。と、気付きを得る。首を噛みちぎられたのはギロチンのメタファーであり、であるならば、この苦痛を以てすれば鎮魂の意をゴジラへ届けることができないだろうか?
それから時間が経った。
1993年、鷹診と鷲見が25歳の時だった。
雨が降っていた。鷹診は屋上で叫んでいた。
「よせ! やめろ!」
「鷹診! 今のを聴いたか? あれは咆哮だ!」
「違う! あれはただの雷だ!」
「いいや違う! 叫びだ! そしてこれが涙だ!」
雨が強い。眼鏡に水滴がびっしりとついて、前が見えない。
鷹診は眼鏡を外し、目を細め、フェンスの向こう側にいる鷲見を見つけようとした。
ぼやける視界の中で手を伸ばす。
よく見えないが、鷲見の振り払うようなジェスチャーはなんとなく確認できた。
「大変だ! ゴジラが俺を殺しに来る!」
「鷲見! 恐れるな! ゴジラはもういない」
鷲見が部屋を飛び出したのは浴びるように飲んだ強い酒のせいだとばかり思っていたが、どうやらそれは引き金にしか過ぎなかったようだ。
「いや、いや! 違う! 鷹診、お前は甘い! ヤツは原子力発電所を許さないだろう! 必ず蘇り、俺を殺しに来るぞ! それだけじゃない。きっとまた戦争が起こる! 今も海外のスパイが日本に山ほど潜んでる。噂では怪獣を洗脳する装置を作っていたという噂だ! 日本政府は至急ッ、それに対抗する装置を作るかあるいは怪獣を所持している国を買収するかしてなんらかの防衛手段をとるしかないんだ!」
鷲見はこのころ貯金をすべて使って国旗や、海外の絵画を買っていた。
俺たちは友達だ。殺さないでくれ。
この言葉を、世界各国の言語で勉強すると意気込んでいた。
「鷲見! 巨大生物は逃避の道具じゃない! 戦争は終わった。もう起きない! それを我々は胸に誓って生きていくんだ!」
「ゴジラがいる!」
「もう死んだ! 同種はいるかもしれないと言われただけだ!」
「確定している! まだいるんだ! 俺にはわかる!」
「今を生きろ!」
「日常を一瞬で破壊するくせにか!?」
「そうだ! たとえ怪獣が人類を凌駕していたとしても、我々はそれに縋るべきではない!」
「お前は何もわかってない! ヒバリに子供ができないのだって放射能……、いや電磁波の影響なんだ! それらは怪獣を生み出す原因であって、第二第三のゴジラをすぐに生み出す! そ、そうか! 次のゴジラとは放射能の影響で生まれる奇形児だったか!」
鷲見はそこで振り返り、絶句した。真っ青になった。
「目だ……! ヤツが俺を見ている――ッ!!」
「え? なんだって!?」
雨音で聞こえない。
仕方ないので、鷹診は同じ場所を見た。遠くのほうに坂があって、そこに車のランプが小さく灯っている。
同じような光があった。あれも、それも、向こうのも、車のライトだ。
「ゴジラよ……、ゴジラよ! 頼む! 俺がすべてを背負う!」
「鷲見……? 鷲見! おい鷲見! よせ!!」
「だから頼む! 俺を踏みつぶしてくれ!!」
鷲見が、落ちた。
いや向かっていったというのが正しい。地面に叩きつけられたのではない。逆だ。押し潰されたのだ。
大地こそがゴジラの足裏であると鷲見は信じていた。
「――ゴジラが死んだあと怪獣は一度も現れなかった。だけどアンタレスには毎年、必ず怪獣の目撃情報が送られてくる」
今に戻る。アンタレス本部で鷹診は言葉を続けた。
「地震が起これば下に怪獣がいるのではないかと疑い、土砂崩れが起これば怪獣が人間に送ったメッセージではないかと震える。津波があれば、波の中に巨大な影を見たと……」
あるいは面接に落ちた男性からは、怪獣が妨害電波を発射していたと情報が入った。
むろん全ての可能性は捨てきれないが、アンタレスの調査ではいずれも怪獣の影響は存在していなかったと結論が出た。
「ありもしない怪獣の影に怯えて、中には自殺した人間もいる」
ちょうど白夜教団ではネオが同じような話をしていた。
「みんな何かのせいにしたいのですよ。あるいは、心のどこかで望んでる」
場面はアンタレス本部に戻る。一輝は何度か頷いていた。
「大きな力が人を変えてしまうっていうのは、オレも……、見てきました」
そこで、バイスは両手をあげて、やれやれというジェスチャーをとった。
『いやぁ、でもさ。結局それってゴジラが悪いヤツか良いヤツかってところには繋がらなくない? そもそも言葉が通じなきゃ終わりっしょ?』
どこからともなく漫画を取り出す。
そこにはバイスがゴジラと会話をしているイラストがあった。
『おお! ゴジラ! ワタシ、アンタト、トモダチ! トモダチ!』
『ガオーン!(食してもいいですか?)』
『オーケーオーケー! トモダチトモダチ!』
『ガオガオ!(ほな、いただきます)』
『ぎゃあああああああ!』
バイスがゴジラに食われた。
バイスはその漫画をびりびりに破って燃えるゴミに出した。
『そもそも怪獣だろうが人間だろうが正義も悪もないっしょ! だっておれっち、正義の悪魔なんだし! フハハハハ!』
「おい! バイス! 変に茶化すなよ!」
鷹診は少しだけ唇を釣り上げた。
「確かに、人間にはないものかもしれない。でもだからこそ怪獣にはあるのかもしれない」
『ほえ?』
「彼らは我々が想像するよりもずっと賢く、そして愚直だからね……」
「すみません! 遅くなりました!」
ケンゴが慌てて部屋に入ってくる。
警報音が流れており、慌ただしくアンタレスの隊員たちが動き回っていた。
「何があったんですか!?」
「これから映像が出る。カイくん!」
「ああ」
カイが写した映像には湖と山が映っていた。
なんでも
確かにすでに薄い氷が張っているようにも見える。
さらに少し離れたところにある
「少し離れてはいるけれど村が二つある。既にアンタレスと自衛隊が協力して避難誘導にあたっているが――」
そこで鷹診は言葉を止めた。何かが聞こえたのだ。
「まさか……」
一同はモニタを見る。
それは決して見間違いなどではない。
「イア゛アアアアアアアアッッ!」
氷がはじけた。
水しぶきを上げて湖から巨大な影が飛び出してきたのだ。
「ピィアアァァァァン!」
着地したのはアルマジロのような怪獣だった。
背中にある鱗甲板部分にはいくつもの棘が確認できる。
さらに影が飛び出してきたのは湖だけではない。黒煙が伸び、そして吹き飛ぶ。
そこにいたのは巨大な翼竜のような化け物だった。
「ピキュォ! オオォォォオン!」
翼竜は再び火口に突撃する。
マグマが噴出して、まるで翼竜は水浴びでもするかのように溶岩を体に纏わせていた。
『げー! めっちゃデッケー!』
バイスが前のめりになる。確かに大きい。あれは普通の生き物ではない。
「怪獣――ッ!」
「でも、ゴジラじゃない」
こんなことがありえるのか? 誰もがそう思った。
今の今まで一度も現れなかった巨大生物。
誰もがいるのではないかと思いつつも、いないのだろうと思っていた存在が、今、二体も同時に現れたのだ。
「アンギラス……、ラドン――ッ」
「え?」
「……え?」
一輝はケンゴに問いかけた。
しかしなぜかケンゴはポカンとしている。
「今、何か言わなかったか?」
「あ。あぁ、なんだろ……? なんかパッと浮かんで……」
「いや、いいじゃないか。それでいこう。名前はあったほうがわかりやすい」
アンタレスはアルマジロのような怪獣を『アンギラス』と。
翼竜のような怪獣を『ラドン』と命名した。