妖精との融和政策を進めていた前家老ジャスネと、ルシオンに対して、ラークスは軍事部門を司ることからも、実際の行動からも主戦派と見られている。
確かに、ラークス武力を政治交渉の手段として考えていた。しかし、決して好戦的でも、武力で万事を解決できると考える浅慮な人物でもなかった。
妖精たちと親しいケアン、ガウェインらの重用。理知的で思慮深いダイナスの抜擢、彼なりに、妖精との融和を模索していたのだ。ただ、宰相という立場では、『万が一』の場合を想定せねばならない。何よりも王国を護らねばならず、時に強引、非情な決断を下す必要もあった。
「あの……また、国書とか運ぶなら、『桃色豚闘士』に任せてくれないっすか?」
「ええ、そのつもりです」
ジャックは、実力はともかく、残念ながら頭脳面では先の面々とは比しえない。
だが、怜悧な宰相は、この青年を前にすると、不思議とそういった役回りを任せてみたくなるのだった。
「まずは、ゆっくり休養してください。次は恐らく、水龍です」
「……はい」
かつて、ジャックの父・ケアンが斃した龍。正確にはそれとは異なる存在ではあろうが、その息子が、再び挑むこととなる。
執務室を出たジャックは、朝食を食べそこなったことを思い出して、食堂に足を向けた。
「おう、ケアンの息子じゃねえか」
「うっす、なんか食わせて」
食堂の主たるアスターに声をかけ、手近なテーブルに腰を降ろす。短い騎士団時代、そして復帰後、それほど足を運んでいないというのもあったが、ここは変化が乏しいように見える。
「おい、『龍殺し』だぞ」
「ラジアータ最強の剣士だ」
ジャックを認めると、騎士たちは興奮して囁いた。中には敬礼してくる者もある。
適当に応対しつつ、ジャックはどうにも居心地が悪かった。
そもそも、彼が騎士を目指したのは環境の要因が大きい。父の遺志を継ぐためと、姉に幼いころから訓練させられていた。
厭わしくはなかったが、今思うと、それによって自然に自身の夢が騎士になることへと定められたようだった。
紆余曲折の後、騎士となるも、さらに運命に乱され、ジャックの人生は何人も経験しえないものとなった。
そして今、人間に迫る新たな危機と対面している。
名誉、実力、人望、今のジャックには満ちている。楽しいことも、嬉しいこともある。しかし、心から幸福と言えるだろうか。
リドリー、あの少女のいない世界で生きることは……。
「……やめやめ」
体に残る痛みが増した気がして、ジャックは雑念を振り払った。