すでに、人々の間では過去の流行り病の一つ、という存在に落着いている。
ジャックにも、今一つピンと来ていなかった。病を目撃したこともあり、その鎮圧に狩り出されたこともある。
アルガンダーズの古城へも、アドルフ、ディミトリらの依頼で向かい、アークデーモンを討伐した。
だが、妖精、龍との激闘、リドリーとの別離の前では、希薄な印象しか残らなかった。
そんなジャックの内心を見透かしたのか。ジーニアスはやれやれとかぶりを振る。
「やれやれ、これだから凡俗は……」
「なんだよ、アルガンダースが何なんだよ」
「考えてみろ、今、アルガンダースが流行しているか?」
「? してねえだろ」
「そうだ、世界の終りの兆候ともされるアルガンダース。それが影も形もない」
「う~ん……?」
「あ、そ、そのこと、ジャックさんの持って来てくれた本に、載ってました」
「うえっ? 俺がレオナに、本? ……あ、帰ってきた時に渡したやつか」
「は、はい、ルーン文字で書かれたのが……古代エルフ王の時代のもので、本というか、報告書なんですけど……」
「何が書いてあったの?」
『ヴァレス』の生徒だけあって、幼く見える二人にも、学究への関心があった。
「王の死と、アルガンダースの発生から始まる、王国の崩壊の様子です……」
アルガンダースに冒され、王は永久の眠りについた。『魂継ぎ』もできず、偉大なる指導者を失ったエルフたちは、死の病とそれに関連する疑心や争いで分裂、衰退を余儀なくされた。
穢れを持って生まれた新種族、ダークエルフの誕生。人間や他種族の台頭による、トゥトアスの情勢変化。ライトエルフたちが『花の都』を新たな本拠地と定めたところで、記載は絶えていた。
執筆者はライトエルフだったらしく、一連の出来事をトゥトアスに比類なき悲劇と記し、他種族への憎悪を隠さなかった。
「注目すべきは、アルガンダースによって大きくバランスが崩れた点だ。もし、それがなかったら、今もライトエルフの王国は健在だっただろう」
「それはわかったけど……、いや、だめだ、やっぱりわかんねえ。
どう関係してくんだよ、今のラジアータと?」
「エルフ王国の崩壊、妖精と人間の戦争、変化とアルガンダースは密接に関わっていた。だが、今この状況で息を潜めている……これまでの秩序が、力を失いつつあるんだと、僕は思う」
「それ、前言ってなかったか?」
「アルガンダースの事は含まれてなかった。僕の説が、また強化されたわけだ」
ジャックには、やはりピン、と来ない。
「トゥトアスの在り方がいよいよ変わっていくなら、妖精たちの関係もまた変化を免れない。今までは、良くも悪くも龍の存在があったからな。全く新しい、人と妖精の共存が訪れるんだ」
「新しい……」
それなら、ジャックにもわかる。龍による妖精の守護、人類文明のリセットがなくなる以上、これまで通りにはいくまい。
「もちろん、衝突もあるだろう、不和もだ。だが、密接な交流は発展を促す。今まで秘匿されていた歴史、技術が、大地を豊かにしてくれる……」
いけ好かない、才能を鼻にかけた頭でっかち。それがジャックがジーニアスに抱いていた印象だ。それでも、忌避せず仲間と思えたのは、本質的には善人であるからだろう。
「だから、『桃色豚闘士』に入ったのか?」
「ああ、僕の研究に都合がいいからな」
ジーニアスは、改まってジャックへ向き合った。
「この戦い、どう終わろうと世界は変化を強いられるだろう。ジャック、僕はお前に勝って欲しい」
「おう、任せとけって」