この頃、ラジアータ王国上層部で頻繁に囁かれる話題があった。
『龍殺し』ジャック・ラッセル将軍の誕生である。
一笑に付される、という程に、それは夢物語でもなかった。実績、名声、各ギルドへとの信頼関係、そしてラークスからの絶大な支持。
現将軍のナツメが、実力、人望共に及第していながら、どうにも器に欠けている。との評もそれを助長した。レナードやナツメが聞けば激怒しただろうが、当人にも(表には出さないが)その悩みは存在した。
ジャックには、知能面で問題があるとの指摘もあった。それは万人が認めるところであるが、それは周囲が補佐すれば良い。
そもそも、将軍と言えど王、宰相の指示なくしては動けない。
前任者のダイナスですら、その思慮深さと実力は比類なきものの、あくまで命令者はラークスであった。
ケアン・ラッセルの息子、比類なき『龍殺し』の英雄。若すぎる年齢を除けば、誰も異を唱えられない。年齢も、新しい時代の訪れを喧伝するには好条件ですらあった。
今のうちに陣営に引き込んでおかねば。ラジアータの権力機構は少年を標的に定めた。
そして、騎士団に復帰した、ガンツ・ロートシルトの存在。人格はともかくとして、実力は並みで指揮能力も平凡。
何より、ガウェインの息子という汚点がある。実家の『西方獅子』も勢力を落としていて、貴族社会において何らの存在感を発揮できぬはずだった。
しかし、彼にはジャックから多大な信頼を寄せられていた。しかも、『桃色豚闘士』団長であるから、名目上少年の上司となる。
無下に扱えば、ジャックからの心象を悪化させる恐れがあった。
関連して、『東方山猫』アナスタシアの周囲にも波紋が広がりつつあった。
これまで、ジャックと最も近しい権力者と言えば、ラークスを除けば彼女であった。各ギルドの長は、実力はあれど政治力で劣り、王女ベルフラワーはまだ権力を持っていない。
故に、『東方山猫』はジャックを虎とし、その威を本人の意図せぬところで振りかざすことができた。
そこへ、『西方獅子』ガンツの登場である。アナスタシアの側近で、彼女の全てを肯定するエレナであっても、ガンツとアナスタシアの二択を選ぶことになったジャックが、後者をとるとは思えなかった。
それとなく、対処をすべきでないかと進言した部下に、アナスタシアは傲然と言い放った。
「アータ、アータシにあんな子どものご機嫌をとれっての? バカいわないで頂戴」
大いなる力を持った者は、預り知らぬところで、大小さまざまな波を立たせるものらしい。