トゥトアスの新たなる秩序、『龍』の復活、妖精たちの反攻と和解への微かな希望。『ラジアータ』の歴史を記すうえで、この年を避けては通れないだろう。
そんな激動の中でも、人々にはそれぞれの人生と悲喜こもごもがあった。
ジーンは新しく増えた同居人のナギサが気になって、そろそろ実家を出ようと考え出していたが、給料に見合う住処が中々見つからない。
エルヴィスは、フェルナンド直伝の八気掌をとうとうものにしたが、出すのに多大な隙を生じてしまっており、新たな悩みを抱いていた。
発明家クリストフは、アーシェラらに触発されて自身もラークスへ売り込みをしようとしたが、騎士の安眠を約束するというワンちゃん抱き枕が門前払いを食らった。
インタルードは変わりなく、オルトロスの命じるままに暗殺任務に従事し、幾人かが永遠に地上から姿を消した。
いつの世も変わらぬ人の営みである。善も悪も、有意も無為も呑み込んで、時間は平等に流れていく。
『テアトル』の戦士、アリシアのそれもまた、歴史の上ではひどく小さな出来事に過ぎない。
「悪かったわね、忙しいのに」
「いや、別にいいんだけど……」
アリシアの謝罪に、ジャックは怪訝そうに応じた。地下水道『蜘蛛の巣』、その奥にある納骨堂で両者は相対していたのだった。
英雄アルフレッドの眠る墓地、その存在は従者であったエルウェン、子孫のアリシア、ジャックらほんの数名が知る程度である。
アルフレッドの名は、『ラジアータ』の歴史に確かに刻まれていた。まだ『ラジアータ』が王国どころか、村と呼ぶにもおこがましいような集落でしかなかった時代の偉大なる戦士である。
大自然、魔物、妖精たち、か弱く数も少なかった人間たちが生き延びる上で、彼は敵を倒し、皆を鼓舞して導いたとされる。
ただ、黎明期の人物であるだけに、その勇名は絵物語のそれと混同されがちであった。唯一、彼の詳細を知るエルウェンは黙して語らず、現在ではケアン、ジャックら『龍殺し』と比して地味な印象を拭えない。
その血を引くアリシアは、それに表立って異議を唱えたりはしなかった。だが、心のうちに芽生えるものが無いと言えばうそになる。
「お手合わせ、お願いするわ」
「うん……」
特に、このジャックを間近で見て来たのもある。
最初に彼が『テアトル』に入って来た時、彼女はほとんど関心を持たなかった。にぎやかで能天気、元騎士の触れ込みの割には腕はからきしな少年だ。
だが、少年はめきめきと頭角を現し、隊を預かるようになった。勃発した妖精戦争での活躍は言うまでもない。
大隊長も目をかけており、アリシアはその真意を確かめるべくジャックへ挑み、破れ力を貸すと誓った。
その後の冒険や任務の中、彼の人柄に触れ、そして同じ英雄の血を引く人物だと知った。
それからだ、意識するようになったのは。
アリシアは、英雄の子孫に恥じない才能と実力を持っている。若くして隊長に任命され、暗部を担うものとしてデニスの信頼も得ている。『テアトル』でも5指に入る強者で、その若さを考えれば、いずれジェラルドらも凌駕すると見られている。
しかし、その輝かしい実績は彼女を満足させはしなかった。もっといける、もっとできる、柔和な美貌の下には烈しい克己心が燃えていた。
が、少年はそれを軽々と飛び越えていった。ジェラルドどころかエルウェンを倒し、『龍』すら討伐した。