今度は、ジャックに驚きはなかった。
ドワーフの谷占領、そして妖精との戦争で、ライトエルフの長・ザイン、英雄ギル、ブラッドオークの族長ガルヴァドス、そしてガウェイン、そして龍。主要な実力者たちはみな倒され、妖精たちは敗北した。
だが、絶滅したわけではない。人間たちの受けた被害も甚大なもので、追撃する余裕はなかったのだ。多くは逃げ、あるいは隠れて、敗北を受け止めてひっそりと生きることを選んだ。
旅の中、そうした妖精たちに幾度が出会ったが、向けられたのは敵意と憎悪、そして恐怖だった。
新たなる指導者を得、勢力を回復すれば、憎き人間へ再び牙をむくのは必至である。
「それだけじゃない、4龍も復活してるという情報がある。そして、その統率を行っているのは……リドリーによく似た少女だそうだ」
「はあ⁉」
今度こそは驚いたジャックに、ジーニアスは噛み砕いで説明を続けた。
今の世界は、銀龍、そして金龍が消滅してしまっている。
互いに覚醒と眠りを繰り返し、バランスを保ってきた担い手を欠いた、いわば根幹を失くしている状態なのだ。
長い歴史の中でも、空前絶後だ。何が起こっても、それをあり得ないと切って捨てることができない。それほど未知の領域にあるのだ。
「4龍が復活する、これは僕が以前から推測していたことだ。『魂継ぎ』を会得しているライトエルフの、さらに上位の存在が死から逃れる方法を知っていても不思議じゃない。戦争中、オーブによる封印があったことも報告されている」
ジャックは急いで懐から小さな石を取り出した。
かつて、カインからの依頼で探し出した奇跡の石のまがい物、それはしかして、風龍セファイド、火龍パーセクを撃退するのに大きな役割を果たした。
「これには……何ともないみたいだけど」
「ふむ、興味深いな……封印は継続されているはずなのに、龍は復活している……」
「ジャックさん、お呼びしたのはお願いがあるからです。遠くない未来、妖精との戦争が勃発するでしょう。その力を、ラジアータのために貸していただきたいのです」
「……もちろんっすよ」
妖精たち、そして復活した龍には戦争の当事者として並々ならぬ思いがある。
なにより、彼女の名を出されては見過ごせなかった。
「リドリー……」
果たしてリドリーは復活したのか? あるいは超自然的な存在が生み出したものか? はたまた、姿かたちが似ているだけの別人なのか?
確かめないわけにはいかなかった。
「僕としても、何が起きているのかを見定めなければならない。そして、妖精と人間の共存の道もな」
「共存……」
幾度、そうならなかった未来を想像しただろうか。妖精と人間が共存する平和な世界、リドリーも、ガンツも健在で騎士を続けた未来。
だが、それは悪しき人間によりもろくも崩れ、今またその道を模索するものにはより困難を選ばせている。
「共存が可能ならそれに越したことはありません、しかし、今のままでは戦争となる公算が高いことはわかっていますね? ジーニアスさん」
「わかっています、僕は僕なりのやり方でその道を探ります。王国に歯向かうような真似はしません、ラークス卿」
「わかってくださるなら結構です。さて、ジャックさん。あなたは騎士として正式に登録をさせていただきますが、同時にテアトルの所属のままでもいてもらいます」
きょとんとするジャックに、ラークスは少し表情をやわらげた。
「エルウェン殿から通達があったのですよ、罰はきちんと受けてもらわねば、とね?」
「あ~」
きまずくジャックは頬を掻いた、どうやらエルウェンはこうなることを予想していたらしかった。謎多きラジアータ最強の剣士として、当然ラークスとも知己である。
「騎士としての地位、権限、報酬はそのままで、隊の編成、行動には自由な裁量権を与えます。命令は私からのみのものに従う義務があり、それにも拒否権を与えましょう」
戦争時をも上回る好待遇であったが、ラークスにしてみれば、ジャックのポテンシャルを最大限に活かすための処置に過ぎない。
「どもっす……あの、ラークスさん、もう二つお願いいいっすか?」
「なんでしょう?」
「隊の名前は……っていうか、その隊を『桃色豚闘士団(ローズ・コション)』を復活させたってカタチにして欲しいんですけど。俺は副団長で、ガンツ団長が帰ってくるまでの代理って感じで」
ジャックにとって団長はただひとり、ガンツ・ロートシルトその人だけであった。
「ガンツは……壮健でしたか?」
「最後に会った時は、元気でしたよ」
「……いいでしょう、二つ目は?」
「リドリーのお墓……街の中に移してやれませんか?」
「……それはできません」
ラークスは冷然と答えた。個人としてではなく、宰相としての言葉だった。
多くの犠牲者を出した妖精との戦争、人間を裏切った騎士の少女。公にはされていないものの、墓地を先祖が眠る地へ建てることを許されなかったのは、彼女に課せられた罰の一つなのだ。
「そっすか……」
「申し訳ありません……」
「いいっすよ。じゃ、何かあったら呼んでください。『桃色豚闘士団』副団長ジャックが、ちょちょいって解決するっす」
「期待していますよ」
一礼し、部屋を出ようとしたジャックの背にジーニアスが声をかけた。
「ジャック、今は何が起きたって不思議じゃないんだ」
「わかってるよ」
「もし、リドリーが蘇ったとしても……それはお前の知ってるリドリーじゃないかもしれない」
「おいおい、まだリドリーだって決まったわけじゃないんだろ? 気がはええって」
つとめて軽い口調で返して、ジャックは部屋を出た。
「いいのですか?」
少しして、ジーニアスが尋ねた。
「彼の処遇については国王より許可を得ています、責任はすべて私が負うつもりです」
「そうではありません、ジャックは龍を、それも調停者たる銀龍すら倒しているんです。彼自身、トゥトアスの理から外れている……しっかりと監視しなくては」
「危険だと?」
「わからないのです。何もかもが失われた新世界なのですから。あいつは、その当事者です。ひずみをもろに受けてしまうかも。だから、せめて近くにおいておけば……」
「安心できますか? ジャックさんも好かれたものですね」
「まさか、単なる知的好奇心です」
ラークスは目をつぶり思案にふけった。