その様を見ていたブルースは、後にこう述懐している。大隊長とジャックが降り注ぐ濁流を遡っていったと。
無論、それは錯覚に過ぎない。二人は濁流のすぐそばを、ほとんど肌に触れるか否かの境で跳躍したのだ。僅かでも軌道がずれれば、濁流にのまれ圧死するか、見当違いの方向へ飛んでいっただろう。
狙うは『水龍』の双頭、口腔の奥にある二つの玉だ。攻撃のたび、この二個は必ず頭部へと上っていた。
『アービトレイダー』、『聖剣アヴクール』が一閃したのは、『類龍』が濁流を吐き終わった直後であった。一刻速くとも遅くとも、ジャックとエルウェンは無防備な双頭へ攻撃を加えられなかった。
見惚れるほどの絶技である。
ただ、その後については明暗が分かれた。しっかり着地を果たしたエルウェンに比して、ジャックは足を滑らせ背中を打って悶絶した。
「てて……龍は……」
『水龍』には何らの変化もないように見えた。攻撃は失敗に終わったのだろうか?
「お」
瞬間、その巨躯が弾けた。黒く、毒薬と石化袋の混じった鉄砲水が四方に飛び散り、岩盤を抉る。
「最後っ屁か畜生!」
「皆! 物陰に隠れるのです!」
幸いしたのは、直前まで『水龍』の濁流から身を守るべく全員が岩を盾にしていたことだった。直撃は受けず、余波と砕けた石片でアキレスが腕を少し切っただけで済んだ。
「うおっ⁉」
だが、飛び出して来たのは水だけではなかった。
「お前⁉」
『ジャック』すなわち、黒い鎧をまとい『龍』へと変じていた少年が、ジャックに飛び掛かっていた。
「くっ!」
またたく間に打ち合いが始まった。片手剣、両手剣、斧、槍。
瞬きごとに武器が代わり火花が散る。ジャックも龍の鎧を組成して、決死の攻撃を仕掛けた。
「おら!」
「……」
その技量は全くの互角であった。僅かの隙、僅かの誤差で確実にどちらかが倒れる。
「だ、ダメです……早すぎて狙えません……」
「っち、横槍を入れられねえか……」
目まぐるしく互いの立ち位置が入れ替わり、ほとんど動きが目に留まらない程である。ここで加勢すれば、逆にジャックに不利になってしまう。
せめてもとホリィらは奇跡による回復をせんとしたが、素早すぎる動きに対応できず、また、できたとしても龍の鎧により阻害されてしまって無意味であった。
この時、両者の戦いを確かに視認できていた数少ない一人であるソナタはこう漏らしていた。
「龍……」
『ジャック』を指してはいない。龍の鎧を纏って奔るジャックへ対してのものだった。