「この野郎!」
二匹の『龍』の戦いは、素手での取っ組み合いに移行していた。両者の力量が全くの互角であるため、武器で打ち合っては相殺されてしまう。
どちらが先にしびれを切らしたのかは定かではない、きっと当人たちにもわからなかったろう。
「ぐっ!」
「……」
素手での戦闘は、正直ジャックの得意分野ではない。それでも、その殴り合いは壮絶を極めた。
一撃一撃が重く、そして早い。アキレスは無理でも、ミランダやエルヴィスが相手でも殴り勝てる程の威力だ。加えて、モンクには禁じられている目付きや急所突きも容赦なく繰り出されている。
「ぐえっ!」
腹に叩き込まれた拳が、龍の鎧を砕いてジャックに胃液を吐かせる。
「―!」
負けじと放った蹴りが、『ジャック』の脚をあらぬ方向へ曲げた。
「うおおお!」
「!」
互いに鎧が砕けていく。『龍』は徐々にその姿を失い、本来の人間の姿をさらけ出していった。
そして、両者は『ジャック』へと戻った。
鈍い金属音が肉を打つ音へと代わった。血にまみれ、赤黒く腫れた生身をさらしながら、二人の殴り合いは衰えを見せなかった。
少なくともこの時、鎧を失ったジャックには奇蹟による回復が可能であった。
だが、『オラシオン教団』の面々もホリィも動くことができなかった。
「手え出すなよお前ら!」
血を被った『龍殺し』が、燃える目で射貫いてきたからだ。カインですら一瞬揺らぐほどの覇気であった。
その顔面を『ジャック』の拳が撃ち抜いた。ぐらりと揺らいだ『龍殺し』であったが、負けじとその拳ごと腕を抱え込んで関節技をかけた。腕をへし折ろうというのだ。
抵抗と攻勢がせめぎ合い、抵抗が勝利して腕は守られたが、代償として蹴りが顔面へ突き刺さった。
血にまみれた顔面に、『龍殺し』の頭突きが叩き込まれる。2度、3度目で抑え込まれると、膝蹴りによる逆襲を受けた。
「くぬおおおお!」
足に噛みついて肉を食いちぎらんとする。最早、獣同士の殺し合いだ。
何故、『龍殺し』はこれほどまでに殺気立ったのか?
四龍最後の『水龍』を倒せば脅威は取り除けると踏んで気合が入った? 仲間に被害が及ぶのを怖れた? 殺気立たねば勝てぬほどに実力があった?
否、理由は一つ。
『ジャック』の先には『リドリー』がいるからだ。
絡み合っていた二体は弾け合い、同時に突進した。
「おら!」
「!」
『龍殺し』の叩き込んだ拳が爆発した。驚くべきことに、彼はマグマ袋を握り込んで突きを放ったのだ。
当然、『ジャック』に深刻な傷をつけることができたが、彼の拳も無事であろうはずもない。にもかかわらず、全く怯む様子をみせずに、倒れ込んだ『ジャック』を執拗に追撃した。
『龍』の力の余波か、『ジャック』の傷は時と共に癒されていく。だが、それを凌駕する速度で『龍殺し』の打撃が叩き込まれた。
無論、『ジャック』も反撃していく。両者とも血にまみれ、その光景は凄惨を極めた。
「! じゃ、ジャックさん! 落ち着いてください!」
「イッちゃってるべ」
「くっ、これだから凡俗は」
我に返って止めに入ったのは、やはり『桃色豚闘士』の面々だった。3人がかりで彼を引きはがすが、振り回されて無様に倒れ込む。
「離せよオラ!」
「い、いい加減にしなさいジャックさん!」
ガンツの張り手が『龍殺し』の頬をとらえた。それまで猛獣の如く暴れていたのが嘘のように、きょとんとした様子のジャックがそこにいた。
「あ、ああっ、す、すいませんジャックさん!」
「団長……う、い、痛てて⁉」
緊張が切れたのか、我をとり戻すと共に痛みがジャックに襲い掛かった。マグマ袋ごと殴りつけた腕はもちろん、激情に任せて動かしていた肉体もあちこちで筋肉痛を起している。
「大丈夫だか? こんな時こそ神頼みだべ~」
「負けちまったか……」
それは、ジャックの声であったがジャックが発したものではなかった。
血にまみれて大の字に倒れている、『ジャック』の呟きだった。
「お前は一体何なんだ?」
ジーニアスは鋭く問いただす。それこそが本質であった。
「『龍』……秩序の再生なのか? それとも全く別の存在か……答えるんだ」
『ジャック』は答えなかった。彼が残したものは、只一つの独白であった。
「ごめん、リドリー」
そして、消えた。
「あ、待て、リドリーって……」
「おおいっ、動くんじゃねえべ」
「ジャックさん、まずは傷の手当てを」
仲間達も、激闘の終息を見て集まって来た。当面の敵は滅し、援軍や伏兵に備えるためにもジャックはガンツの言葉に従った。