4大貴族『ティンバーレイク家』の名に恥じぬ豪奢な邸宅だが、およそ活気とは程遠い、幽霊屋敷の趣きすら漂わせていた。
邸内に最小限の人員しかいないのもあるが、最大の理由は仮の主が人を嫌い、また人々も彼を忌避しているせいだった。
ジャスネ・コルトン。王国の家老を務めた辣腕の政治家であり、人格はともかくその手腕は他の追随を許さない。国王の信任も厚く、その地位が揺らぐことはないと思われていた。
娘、リドリー・ティンバーレイクが騎士となるまでは。
詳細は省くが、彼女は王国に反旗を翻した末に死亡。彼は反逆者の父となった。さらに、腹心であったルシオンの正体が銀龍であったという醜聞により、権力の座を追われたのだった。
それは彼の尊厳を粉砕した。だが、何よりも溺愛する愛娘を喪った痛みは筆舌に尽くし難い。
失脚後、かつては引きも切らなかった邸宅への訪問者の姿は皆無となり、酒が孤独な彼の唯一の友となった。
従者たちは流石に見捨てるに忍びなく身の回りの世話のため残ったのだが、ジャスネは彼らの存在を無視し、また彼らの側からも捧げる忠勤が単なる義務感と憐憫を超える事はなかった。
皮肉なことに、そうした日々による財政の破綻を防いでいたのはかつての政敵ラークスであった。過度でない限りは彼の生活を維持できるよう取り計らう、彼自身の意志も介在していたが、国王による温情でもあったのだった。
当人はそれを知ったところで、酒臭い息を吐きながら濁った眼で新たな酒を捜すだけだったろうが。
失意の日々と酒毒により、かつて丸々と肥えていたジャスネは骨と皮ばかりの死人の如き容貌となっていた。外出は娘の墓へ花を捧げに行くときのみ、最早同家の遠からぬ断絶は誰の目にも明らかであった。
『龍』の復活と妖精との関係の緊張、『リドリー』らしき少女の登場にも彼は無関心であった。そもそも、それを伝える者がいなかったし、従者たちもこれ以上の負担をかけることを避けたためである。
「お父様」
その日、自室で空になった酒瓶を弄びながら、ジャスネは声のした方へ充血した靄のかかったような瞳を向けた。
「おお、リドリー……」
初めての『再会』ではなかった。娘を喪って以来、彼女の幻影と出会う事は度々あった。酒の力を借りれば猶更だ。
今回は非常に鮮明な幻影であった。時を経るごとに朧げになっていく姿が、まるで実在しているかのようだ。
「お父様、ごめんなさい」
「いいんだよリドリー、ワシこそ済まなかった……」
ジャスネの行動の全ては、愛する娘を想ってのものだ。任務で負傷した彼女に対する責を取らせ、『桃色豚闘士団』を解散させ、ガンツとジャックを解雇したことは正しいことでは決してない。新たな騎士団を創設し、リドリーを団長にしたのも権力の濫用と言われても仕方のないことである。
ただ、親馬鹿でこそあれ娘の幸福を願った故なのは確かだった。
「私はまもなく、行かねばなりません」
「ああ、リドリー、ずっといておくれ。ワシはそれだけが望みだ」
「私もそうしたい……でも、叶わないのです」
「リドリー」
「最後にお母様にも会いたかった……。お父様、お酒はほどほどになさってください」
「ああ、ああ……きっと、リドリー……」
「本当に……ごめんなさいお父様。そして、ありがとうございました……」
いつものように『リドリー』は消えた。ジャスネは嘆息しながら、昏迷に落下していく。
これが真の意味での、愛娘との最後の再会だと、彼が認識することはなかった。
焦がれ求め続ける娘の姿をした、数ある幻影の一部だった。