騎士として知恵も力も兼ね備えている彼女は、自分がジャックやエルウェンといった在野の者に及ばないと自覚できている。
そもそもが、ダイナスもクロスも死して転がり込んだ『幸運』の将軍職である。周囲の『雑音』は彼女にも及んでいた。
その上で、座視できぬと行動を起こそうというのだった。避け得ぬ死を恐れる怯懦と、彼女は無縁であった。
「落ち着きなさい、ナツメ」
ラークスの返答は冷静でそつがなかった。些か以上に気勢をそがれ、気分を害した様子の部下に対して非礼を見て取ったのか、宰相はやや口調をやわらげて続けた。
「暴れるでなく、私を指名しています。もし、我々を打倒するのが目的なら、そうする理由がない」
「ですが……」
「敵首魁の情報は、姿かたち以外はほぼ謎に包まれていました。今回、改めてリドリーの姿を模していることがわかったうえ、利性も知性も備えているようです。平和的解決を模索してみてもいいでしょう」
「ラークス様、すでに多くの仲間が『龍』と妖精たちにより倒れています。それを差し向けたのは……」
「あなたの懸念もわかります。ですから、護衛として控えてもらいましょう」
ようやく、ナツメの顔に安堵が浮んだ。と、同時に別の疑問が湧き出て来る。
「仮にも騎士がこのような物言いをすることをお許しください。『桃色豚闘士団』の到着を待つわけにはいきませんか?」
声色に緊張感が滲む。それは、将軍を担う者が自分以上に頼るべき相手がいると独白しているに等しいからだ。
「ジャックさんたちがいれば、より私も安心できますね。エルウェンやカインらもいれば百人力でしょう」
「であれば……」
「しかし、行動しないわけにはいかないのです」
皮肉な話であるが、ラークスは『ジャックたちが戻る前』に、『リドリー』に対せねばならないのであった。
ジャック及び『桃色豚闘士団』の功績は、今や並ぶべきものもない。だが、万物がそうであるように、事象には良い側面と悪い側面がある。
『桃色豚闘士団』は、あくまでラークス麾下の一騎士団に過ぎない。しかし、巨大すぎる武功とその特異な立場が、その単純な仕組みをややこしいものにしていた。
最早説明不要の『龍殺し』ジャック。勢力を落としているとはいえ、4大貴族であるロートシルト家の当主であるガンツ。ラジアータ最高の頭脳を持つと謳われるジーニアス。そして各ギルド
の精鋭らが力を貸すことを惜しまない人望。
騎士団でありながら、同隊には騎士の影響が限りなく薄く、それでいて最強と称するに些かの迷いもない。するとどうなるか?
非主流派にとっては、取り入る恰好の相手である。功績は十分、派閥の影響もなく、神輿としてこれ以上ない対象だった。現に、貴族や重臣らが時間を見つけては、縁を結ぼうと蠢いているのだった。
無論、ラークスとて座視しているわけではないが、多忙を極める彼は全てを監視することなどできない。
最悪の場合、『桃色豚闘士団』がラジアータの一大勢力と化し、混乱をもたらす恐れがあった。
ジャック、ガンツとも政治的な野心も手腕も乏しく、人格的にも望んでそうなる可能性は低かったが、周囲が結託すれば悪夢も正夢と化すだろう。
ラークスは、それを阻止せねばならない。王国のためにも、自身のためにも。
ジャックらは『水龍』を討伐するだろう。となれば、さらなる武功が彼らにもたらされることになる。
すでに、騎士団は『龍殺し』に頼り切っており、ラークスでさえ頭が上がらなくなっている等との中傷も流れていた。
国王の信任厚く、有能で清廉な宰相の地位を揺るがすためには、そうした姑息な手段に頼るしかないと一部の者は思っているのだ。
それらを払しょくするためにも、ラークスはここで静観するという態度を取れないのだった。