「ラークス様……」
「お久しぶりですね、リドリーさん……で、よろしいでしょうか」
ナツメ、レナード以下数十名に護衛され、ラークスは『リドリー』の待つコロシアムへ赴いた。
いずれも名にし負う騎士であるが、血の気の失せた、あるいはめぐりが良すぎた顔色を隠せなかった。
何しろ目の前にいるのは、敵の首領にして『龍』に劣らぬ力を持つと囁かれる存在なのだ。元騎士の少女の姿をとっているのも、恐怖しか呼び起こさない。
「ご迷惑をおかけしております」
「ふむ、確かに色々と難儀しましたが……今はそれは置いておきましょうか」
ナツメはラークスに感嘆していた。自分たちを一瞬で屠れるかもしれない相手を前に、些かの動揺もせず、あるいはそれを表に出さない。
「私をお呼びとのことでしたが、どのような用向きでしょうか?」
「はい、お話します……」
『リドリー』は語った。自らが、秩序の修正力により金龍、ハップ、リドリーの混じり合った存在であることを。
その3者の意志が競合した結果が、ある意味中途半端な形での襲撃となっていた。
だが、それももう終わる。妖精たちに余力はなく、『ジャック』も倒された。
残るは自分だけだ。
「投降の申し出ですか?」
「いえ、金龍とハップ……エルフの想いは消えない……こうして抑えていてもいずれはまた……」
「それでは?」
「まだ、私が私であるうちに、終わらせて欲しいのです」
ナツメの目が見開かれた。つまりは、介錯を求めているのだ。
「……率直に申します。それならなぜ、ラジアータ城へ?」
ラークスの問いは冷厳であったが、理に適っている。それなら、自身で『実行』すれば良いだけだ。
「できないんです……」
弱弱しく、『リドリー』は微笑んだ。
「この身体は、私だけのものではないから……」
「……ジャックさんですね?」
初めて喜びを見せ、彼女は頷いた。
「最後に、ジャックに会いたい……」
「私が言うのもおかしなことですが……彼は応じないと思いますよ。むしろ……」
「だから、ジャックにはそうと知らせずに……、幻想の中で……」
「ジャックさんが喜ぶと?」
「怒って……恨むでしょう……でも……」
ゆっくりと、『リドリー』は胸に手を置いた。
「ジャックなら……私は……」
「ジャスネ様には、お会いに?」
「はい……もう、思い残すことは……」
結局、ラークスは『リドリー』の提案を呑んだ。
帰還したジャックに休息と称して猶予をやり、『リドリー』の力で催眠状態のまま誘導、彼女を倒すという策を取ったのだ。
当然、多くの異論があった。ナツメでさえ反対し、王からも戸惑いの上で何度も確認をされた。
それでも、ラークスが押し通したのは彼の冷徹なまでの危機管理能力からである。この方法が成功した場合、最後の脅威である『リドリー』を犠牲なく倒すことができる。
そして、予想されるジャックの悲嘆と関係の破綻についても、処理できると計算したのだ。
我に返ったとき、ジャックは間違いなくラークスへ不信感を持つ。だが、それでも反逆を起こしたりはしない。その『信頼』が確かにあった。
もし、失敗した時も同様である。ラークスは確信していた。
「私は彼女の願いを聞き入れました。ジャックさん、貴方に手を汚させようとしたのです」
一瞬、コロシアムの壁にひびが入り、騎士たちがよろめくほどの怒りを内包した殺気が広まった。
『龍殺し』が、宰相に向けて恐らく生涯最大の怒りを放出している。
平静だったのは、当人らとジーニアスくらいのものだった。
「……はあ」
だが、その充満する殺気も瞬時に搔き消えた。ラークスの予想通り、ジャックは彼の正しさを理解し、ここで怒りを発露したとてどうにもならないとわかっていた。
それが成長であるか妥協であるかの区別はつかなかったが。
「龍の力はそんなに凄まじいのか、いや、催眠状態に陥らせることなど容易い……」
「ジャックさん……」
ジャックは『リドリー』を抱きかかえ、コロシアムの外へ向って歩き出した。
「ジャックさん⁉」
「おい、ジャック! まだ僕は聞きたいことがあるんだぞ!」
ジャックは答えない。
「お、おい、お前……」
「何をする気ですか? ここからはー」
「ジャックさんを通してあげてください」
立ちはだかるナツメとレナードを、ラークスの鶴の一声が叩いた。
流石に一瞬ためらったものの、騎士である以上宰相の命令には逆らいようがなく。少女を抱えた青年を通した。
「ジャックさん、もう戻れないのです。ジーニアスさんの予測は正しかった。トゥトアスの秩序の残滓を認めれば、また同じことが起こります」
突き放すでもなく諭すでもなく、ラークスは彼へ呼びかけた。
ジャックは答えず振り向くこともなく、そのままコロシアムを出て、城の外へ向っていく。
慌ててガンツとジーニアスが後を追うが、ラークスは騎士たちには行動を起こさせなかった。