「お、丁度いいところに来やがったな」
「おや、話が早くて助かります」
テアトルに戻ったジャックを待っていたのは、オラシオン教団の司祭、グラントだった。
血色の悪い顔に後退しかかった前髪、一見間抜けそうな見かけながら、金もうけに関する頭だけは回る男だ。
「お久しぶりですね、あなたに依頼をお願いしようと思ってたんですよ」
「どんな?」
「スミロドンの牙を、また取ってきて欲しいんです。報酬は牙の数だけお支払いしますよ」
これまた、過去に経験のある依頼であった。
猛獣スミロドンの牙は、薬効に優れて価値の高い素材である。ただ、スミロドン自体が凶暴かつ強靭な魔物であり容易に捕獲できる相手ではなく、主に戦士ギルドにその役割が回って来るのだった。
「う~ん、どうしよっかな……」
「報酬は弾みますよ、どうも最近スミロドンが凶暴化してて、猟師たちからのルートが激減してるんです」
「あ~、キミ~、やっと見つけたよ~」
「こら、コンラッドくん、人がお話してるところに割り込んじゃだめですよ」
そこへやって来たのは、チーム『クイントム』のコンラッドと、隊長のワルター、それからジーンだった。
「帰ってきたら言ってもらわないと~、こっちにも都合があるんだからさ~」
「おやめなさい。すいませんみなさん」
「何か依頼を受けてるの~?」
「スミロドンの牙を取ってきていただきたいんです」
「丁度いいじゃん、僕たちでいこうよ~」
「任務を受けたのはジャックさんですよ」
「……」
「いいんだよ~、『龍殺し』と任務をすれば『クイントム』の宣伝になるんだから~、じゃ、いこっか~」
こうして、ジャックは半ば強引についてきたコンラッドたちと、スミロドンの牙を収集に行くことになった。
自分から言い出したくせにコンラッドはスミロドンの生息地へたどり着くまでに、疲れただの遠いだの文句を言って度々一行の足を止める有様だった。
武器工房『ジェフティ』の御曹司で、将来を危ぶんだ父にテアトルに入れられたのであったが、そのドラ息子ぶりはあまり改善されていないようだ。
「まだなの~? 疲れたよ~」
「コンラッドくん! 我慢なさい! ……すいませんジャックさん」
「別にいいけど。それにしても、ジーンはワルター隊長のとこに入ったんだ」
「……ああ」
ワルターは一見すると、常に愛妻のことで頭がいっぱいな、のほほんとしたぼんくらだが、その実切れ者としてジェラルドら実力者に一目置かれる傑物だ。
ジーンはそのワルターに誘われテアトル入りした戦士で、実力には秀でていながらなれ合いを嫌う一匹狼な姿勢から、チームに属していなかったが、どうやらワルターの隊に配属されたようだ。
3人とも、ジャックのかつての仲間である。
「おかげでなんとかやれてます。後はコンラッドくんが……」
「相変わらずだなあ、あいつは」
「甘ったれだ……」
ワルター、ジーンは、共にジャックに大きな『借り』があった。
一方コンラッドはと言えば、『アハト』を任されたころのジャックに近づけば、よいことがあるだろうと、金を送って仲間になったというしょうもない過去があるばかりだ。
「もう帰らない~?」
「コンラッドくん、いい加減に―」
瞬間、ジーンがコンラッドを突き飛ばした。
「うわあっ! な、なにすんだよ―」
「構えろ」
コンラッドが今まで座り込んでいたところに、スミロドンが音もなく着地し、剣を構えるジーンに牙をむいて唸りをあげた。
「うわわっ」
「こっちからも!」
「囲まれてますね。コンラッドくん、構えてください」
ジャックたちは、いつの間にかスミロドンたちに包囲されていた。しかもその包囲は、刻一刻と狭まってきている。
「全員で背中合わせになって、後ろだけでも守るんだ!」
ジャックの命令にワルター、ジーンは素早く動き、コンラッドも慌てて槍を構えた。
「来るぞ!」
襲い掛かって来るスミロドンを、ジャックたちは円形陣で迎え撃った。
ジャックにとって、スミロドンは危険な相手ではない。『神槍パラダイム』によってまとめて処理し、瞬時に視界に入る個体は全て無力化させた。
「……っく」
「手ごわいですね……」
ワルター、ジーンはスミロドンと互角以上の戦いを繰り広げていたが、いかんせん複数匹が相手では苦戦も免れなかった。
「た、助けてよ~、いくらでも払うからさ~」
コンラッドに至っては、完全に腰が引けていて戦いになっていなかった。スミロドンの牙と爪から逃れるのに精いっぱいで、陣も維持できずに孤立しつつある。
「ワルター隊長、ジーンと二人で頼むっす!」
「はい、コンラッドくんをお願いします!」
ジャックはコンラッドの加勢に向かったが、まとわりついてくるコンラッドに振り回されて余計に手間と時間がかかった。
どうにか全個体を倒したものの、ワルターもジーンも肩で息をし立っていられないほどに体力を使ってしまっていた。
「すごーい、こんなにいっぱいあるよ~」
反面、ほとんどジャックに護られるままだったコンラッドは、のんきにスミロドンの牙を回収に回っていた。
「隊長もジーンもダメだな~、もっとボクを見習わないと~」
「むかーっ」
「すいません、すいません、言って聞かせますから、ね?」
せめてもの意趣返しに、ジャックは牙の回収をコンラッドに任せることにして、周囲の警戒に専念した。
と、視界の端に人影が見えた。猟師でも、農民でもない。
褐色の肌に、茶褐色を基調とした衣服。
「ダークエルフ?」
その人影は、すぐに姿を隠してしまい、それきり現れなかった。
「どうした……」
「ダークエルフが……いたかもしんない」
「むむ、どうやら噂は本当らしいですね」
「噂?」
「先日のトールビーストの件、ご存知ですよね? 実はそれ以前から、狂暴化した魔物の被害が増加してるんです」
「それは、妖精たちがやってるらしい……」
「妖精……」
あり得ない、とは言えなかった。
ラークスの言を借りるまでもなく、妖精たちは人間を憎んでいる。だからこそ戦争の気配があるのだ。龍の復活も合わせて、少しづつ人間へ攻撃を加えていてもおかしくはないのだ。
ジャックは、敢えて何も言わなかった。龍の復活、そしてリドリー、まだ公になっていないことを、軽々しくしゃべる訳にもいかないのだった。