大隊長の説教を終え、テアトルから出て来たジャックを、騎士団のニーナとチャーリー、そして懐かしくも憎たらしい顔が出迎えた。
「げっ」
「『桃色豚闘士団』副団長、ジャック・ラッセル様にラークス様からのご伝言です」
青白い顔をした糸目の優男、ラジアータ城の執事アルだ。
礼儀正しいしぐさと言動は表の顔、実際は慇懃無礼で人によって露骨に態度を変える、鼻持ちならない男だ。
「『ヘレンシア砦』に向かい、当地のレナード様のご指示を仰ぐようにとのことです。御多忙の身であると存じますが、至急にお願いいたします」
「うわあ、寒気がするぜ……いいよ、態度作んなくてさ。前のまんまで」
「そうですか? ごほん……じゃあさっさと行けよ、買い食いも寄り道も禁止。迷子にならないように二人を付けるからな」
「やっぱ、すげームカつく!」
「騎士なんだから振る舞いに気を付けろよ、お前のせいで評判が悪くなったら訴えるぞ」
「うるせえ! さっさと帰れ! ブーブー!」
「言われなくてもお前のアホ面なんていつまでも見てられるか、じゃあな」
腹立たしいしぐさで会釈をして、アルは城へと帰って行った。
「なんであいつをよこすんだよ」
「アルさんが希望したらしいわよ、『龍殺し』の伝言役になれば、出世も近くなるんですって」
ある意味騎士団一怖ろしい男、チャーリーがくねくねしながらジャックに語った。
「うわ~、とことん嫌な奴、ラークスさんに悪口言ってやる」
「でもね、久しぶりにあなたに会えて嬉しそうだったわ」
「こっちは嬉しくないぜ」
「しゃべってないで早く行きましょう」
ニーナが淡々と告げる。こと、ナツメに関係すること以外には非常に淡白な少女だ。が、本当に微かではあるが、ジャックを前にすると声は弾み、表情も和らいでいるようだった。
ジャックは、チャーリーとニーナを伴って、やたらと激しい魔物の襲撃をかわしつつ進み、日が高いうちに『ヘレンシア砦』へとたどり着いた。
ジャックにとっては因縁深い場所だ。実際に訪れたのは僅か数回であるが、その内には騎士団時代、妖精たちの最前線、ガウェインとの死闘、リドリーとの決別と、忘れることが出来ない出来事が山のようにあった。
そして今、その歴史にあらたな一頁が刻み込まれようとしていた。
「こ、これは一体?」
チャーリーが驚きの声をあげる。砦はあちこちから火が出て、騎士たちが消火に躍起になっているのだ。見れば、傷つき手当てを受けている者も多い。
「『龍殺し』のジャック様ですね! よ、よかった……」
騎士の一人がジャックたちに駆け寄ってくる。生傷だらけで、今にも倒れ込んでしまいそうだ。
「どうしたの⁉」
「妖精たちの襲撃です! 今、レナード団長が指揮をとってらっしゃいますが……どうか、ご加勢を!」
「ニーナ! チャーリー! 休んでる暇はなさそうだぞ」
「「了解!」」
片やオカマ、方や見習いではあるが、騎士たる二人は即座にジャックの指示に従い、その後に続いた。
「おっさん!」
「おっさんじゃ……まあいい、助けてくれジャック……!」
レナードは、ほとんど悲鳴を上げるように駈けつけたジャックらに助力を求めた。
味方は壊滅状態で、レナード本人もどうにか攻撃をしのいでるのがやっとで、間もなく力尽きるのは明白だった。
「ヒャッパー!」
「ベリ~COOL!」
「ブラックゴブリン?」
砦を襲っているのは、ブラックゴブリンのウルフライダーたちであった。オオカミを乗りこなす術を身に着けた戦闘集団で、集団で襲い掛かるその連携と実力は侮れないものがある。現に、レナードらが満身創痍であるのに対して、ゴブリンらには疲労も見えていなかった。
「アラテダ~!」
「ブッチギレ~!」
ジャックらを認めて一斉に襲い掛かってくる。これまでの加勢にきた騎士らと同じく、巧みな連携により翻弄して仕留めてしまおうという魂胆だ。実際、並の騎士であれば対処は困難であったろう。
だが―
「―」
「ギャッ!」
「グエー!」
不運にも、彼らが相対したのはジャック・ラッセルだった。
「? オイ、オマエラ……アガッ!」
「ヒエーッ!」
閃光のようなジャックの一撃が、ブラックゴブリンたちを弾き飛ばしていった。
かつて、ケアンが『水龍』を屠った剣『アービトレイター』、世界の果てに住まう戦乙女が持ちし伝説の魔剣『グラム』。それぞれを片手に持った二刀流で、ジャックは戦場を縦横無尽に駆け巡った。
レナードが、ニーナらの助けを受けて呼吸を整えるわずかの間に、ジャックは、ブラックゴブリンたちを完全に無力化してしまっていた。ゴブリンもオオカミも、気絶しているか動くことができないかである。
「おお! 見よ! 『龍殺し』が我らを救ってくださったぞ!」
「我らの勝利だ!」
絶望の底にあった騎士たちは喝さいを叫んだが、その声はジャックの耳には届いていなかった。
今の彼にあるのは、疑問と不安感である。
「どうしてブラックゴブリンたちが……」
ラジアータ王国へやってきて、去るまでの間、ジャックは妖精たちともそれなりの交流を持っていた。
そのころから彼が知るブラックゴブリンたちは、ほとんどが『ゴブランヘブン』で日がな一日キノコの煙を吸って暮らす自堕落な妖精たちであった。他種族には不干渉で、戦争においても参加者は極々一部が存在するに過ぎなかった。
ウルフライダーも、リッキーやドミニクがいるのみで、これほど多く、しかも連携がとれた熟練のゴブリンたちは見たことがなかった。それがこれほど遠出をして来るという事は……ブラックゴブリンたちも、いよいよ本腰をあげたということであろうか。
「ジャ、ジャック、タスケテクレー!」
「は?」
「ゴブリホテプサマー!」
一瞬、ジャックは呆気にとられた。突然、ゴブリンから名前を呼ばれたのだから無理もない。
しかし、あくまで一瞬だった。同姓同名の者がいるのは不思議ではない、それよりも、その『ジャック』という増援へ対応するのが先だ。
しかし、すぐさまにそれが誤りであることをジャックは知るのだった。