翌朝、ジャックは目覚めると再び『ヴァレス』へジーニアスを尋ねていった。
しかし、またしても彼の姿はなかった。レオナは兄が行方不明になったのではないかと不安がっていたが、元々何かに熱中すると周りが見えなくなるジーニアスであるだけに、周囲は良くあることとして処理していた。
ジャックにしても、ジーニアスの行き先となると見当がつかない。どこにいてもおかしくなさそうで、場所を絞れないのだ。レオナに懇願されて探すと請け負ったものの、ただ待つしかないというのが本音だった。
であれば、依頼を受けるか鍛錬をするかと歩きだそうとしたジャックの前に、アドルフがひょいと姿を現した。
「ムヒョヒョヒョ、生きとったかキサマ」
アキレスに匹敵する顔色の悪さと、一部の色が異なる人相の悪い顔。
一見すると人間には見えない、『ヴァレス』の助教授がアドルフであった。経歴不明で、ニュクスら魔族の故郷『北の大地』の関係者とも噂されている。
「悪かったな」
「まあええ、生体実験に使えるからのう」
「させねえよっ」
魔術に深い造詣を持っているが、倫理観は薄い。下手に気を許せば文字通り魂まで手玉に取られてしまいそうな危険人物だ。
「というわけで、グイッといっぱいいけい」
「なんだそれ? 絶対飲まねえ」
アドルフがさし出したのは、虹色に光る怪しげな液体であった。
彼がすすめる物を、すんなりと受け取ってはいけない。
「くどくど言わずに飲めばええんじゃっ!」
「中身もわかんねえのに飲めるかよ!」
「ええい、惚れ薬じゃ! そら、飲めい!」
「嫌なこった!」
「おやおや、往来で喧嘩はモテない奴のすることだぞ」
ジャックとアドルフの間に割って入ったのは、『ヴァレス』の生徒フランクリンである。
ハンサムな青年であるが、それを鼻にかけるナルシストで、魔術の勉強よりも女の子にモテることに心血を注ぐ劣等生だ。
「キサマ遅刻じゃぞ!」
「すいません、あの娘が離してくれなくてね」
「相変わらずだなあ」
「キミもそこそこ名が知れてるようになったみたいだけど、まだまだ僕の域には及ばないな。ま、顔はどうしようもないから仕方ないけどね」
「ムカッ」
「おっ、女の子を撒くのに走って喉が渇いてたんです。ちょっといただきますよ」
「あ、おいー」
アドルフから『惚れ薬』を奪って、フランクリンは一息に呑みほしてしまった。
「うむ、まあ味は悪くない。けどシルビアさんのカクテルには―」
と、アドルフの足もとをネズミが走り抜けた。
「うわっ……全く、ネズミ捕りをしっかり―」
愚痴るフランクリンの足もとに、またたく間にネズミたちが集まって来た。
「な、なんだ?」
あちこちから集まったネズミたちによって、フランクリンの周囲はさながら生きた蠢くじゅうたんの様相を見せている。
ジャックとアドルフは早々に避難して、その成り行きを見守っていた。
「お、おいキミ! 助けて……うわあっ?」
ネズミによって転ばされたフランクリンは、そのまま運ばれて行ってしまった。
悲鳴が遠くなっていき、やがて大きな水音が聞こえてきたことから、地下水道に連れ込まれたらしかった。
「ふむ……まあ成功ではあるな」
「成功だじゃねーよ! どこが惚れ薬なんだよ」
「バカモンッ! 惚れ薬じゃ! まだ相手を限定はできておらんがな!」
「それじゃ意味ねーだろ! よくそんなの飲まそうとしたな!」
「今回はネズミに効いたんじゃな……配合を変えるかの……」
アドルフはぶつぶつ言いながら去って行った。
ジャックも呆れて帰ろうとし、途中フランクリンのことを思い出したが、先ほどの態度がムカついたため、わざと無視することに決めた。