『テアトル』の受付へ向かったジャックは、タナトスに対しているアキレスとナルシェを認めた。
「お、丁度良かった。お前にお客さんだぞ」
「ジャック、この前の働きは見事だったぞ」
オラシオン教団のモンクマスター、アキレスはジャックの肩を叩いた。
新興住宅予定地を襲った、魔物たちの撃退の際の鮮やかな手並みを讃えているのであった。
あの時は、しっかりとした挨拶ができていなかったため、ジャックは改めて頭を下げた。
「実はお前に依頼をしたいのだ」
「どんな?」
「ぼくたちと試合をしてほしいんだよ」
合点がいった。以前も、アキレスの弟子たるビシャス、エルヴィス、ミランダと手合わせをする依頼を受けたことがある。
あれから時が経った、弟子たちの成長具合をみたいのだろう。ナルシェは『テアトル』所属だが、エレナ、アディーナの伝手で潜り込ませたのだろうか。
「いいよ」
ジャックは快諾した。悩んでいる時ほど、体を動かすに限る。
の、はずであったが、更なる困惑の中にジャックは落とされてしまっていた。
「よろしく」
「やったるべ~」
「ぼく、がんばるよ」
「無茶をしないでね、ナルシェ」
「ジャックさんをぶっ潰すつもりでいくのよ」
ナルシェがいるのはわかる、エレナとアディーナも、まあ、付き添いとして必要だろう。
しかし、モンクでないエドガーとクライブが相手というのは?
「準備はいいか?」
「いや、エドガーとクライブが相手なの?」
「そうだが、不服か?」
「不服って訳じゃないけど……」
「なんだい、文句があるのかい?」
「だって、エドガーはモンクじゃないだろ」
「そうだよ」
「そうだよって……」
「いいから戦ってよ、フェルナンド様に成長を見てもらいたいんだ」
エドガーはまじめで敬虔な教徒である。一点、フェルナンドを異常なほどに崇拝していて、ストーカーすれすれの毎日を過ごしていることを除けば。
「フェルナンド様に近づくために、モンクの腕も磨いておかないとね。だから、アキレス様に稽古を頼んでるんだ」
「だったら最初からフェルナンドに頼めば……」
「はあ? キミは正気かい? フェルナンド様の貴重なお時間を奪えるわけないだろう?」
「俺の時間はいいのか?」
アキレスは諦めたように愚痴った。もちろん、エドガーの耳には届いていない。要するに、フェルナンドに近づくのが目的なのだろう。
「まあ、いいけど……クライブは?」
「オラ、相変わらず食って寝るだけだべ、このままじゃいけねえだ。んで、モンクの修業も積んどこうって思っただよ」
エドガーに比べれば、いたって真面目な理由であった。しかし、絶望的に間延びした口調と動作を見るに、その未来には暗黒が渦巻いているのは確かだった。
「ぼくはね、お兄ちゃんに稽古をつけて欲しいんだ」
「それならいつでもいいぞ」
「最近お城に行ったり依頼を受けたりで忙しそうでしたから、声をかけづらかったんです」
「貧乏暇なしなのね」
「OK,OK、……それなら、始めようぜ」
「あいたたた」
「うひ~、昼なのにお星さまが見えるべ~」
「はあ……はあ……」
「大丈夫ナルシェ?」
「モーフ先生に診てもらいなさい」
「平気だよ……お兄ちゃん、ありがとう」
ジャックと3人の立ち合いは、全てジャックの勝利で終わった。
しかし、その内容は圧勝とはいかず、いずれも長引いた末の泥試合の決着だった。
「うん、僕の鍛錬も形になって来てるね」
「オラ、モンクの方が向いてるかもしんねえべ」
エドガーとクライブは、『龍殺し』と良い勝負をしたことで気分を良くしていたが、アキレスからすれば噴飯ものだった。
ジャックは、わざと接戦を演じたのだ。顔なじみへのサービス……ではない、あまりにも実力差がありすぎて、怪我をさせないようにするにはスタミナ切れでの決着を狙うしかなかったのだ。
現に、ジャックは息も切らしておらず、受けた攻撃も完全にいなしていてダメージが全くない。
それに気づかないこの二人には、これからも手を焼きそうだとアキレスは頭を痛めていた。
「ナルシェ、鍛錬がしたかったらいつでも相手してやるぞ」
「ほ、本当?」
「ああ、だから今日はゆっくり休め、メシもうまいものを食うんだぞ」
「うん!」
比べて、リハビリが主な目的であるナルシェは、それを明文化できないものの感じ取っており、努力の意志もある。欲を言えば、戦士であるナルシェの方が弟子としては好ましかった。
「今日はここまで、ジャックよ、報酬はタナトスに渡してある。受け取るがいい」
「そっすか、それじゃ、ありがとっした」
「フェルナンド様に顔向けできるよ」
「ほんじゃまたな~」
「またね~」
「ありがとうございました」
「寄り道しないで帰るのよ」
遠ざかるジャックの背を見ながら、アキレスは今回は戦いたがっていない己の本分を以外に思った。
トールビーストを一撃で屠ったあの姿、すでにその実力差が覆し難いものであると、どこかで思ってしまっていたらしかった。
「修業が足らんな……」
アキレスは独りごち、より一層の鍛錬を誓うのだった。