「じゃあね、行ってくるよ。いい子にしてるんだよ」
ダニエルの一日は、愛しのクロコゲーター、イザベラへ挨拶し、テアトルへ出勤することから始まる。
「ぼくだって……やれるんだ」
近頃はそこに、気合を入れる日課が加わった。原因は最近復帰した元同僚、『龍殺し』のジャックの存在である。
かつて、騎士をクビになったからという触れ込みでやってきた少年。ヘクトンの副隊長試験で敗北したのを皮切りに、ジャックはどんどん武功を立てていき、ついにはラジアータで知らぬものの無い『英雄』にまで昇り詰めた。
同年代、しかも間近で彼を見て来た身としては、友人であっても対抗心を抱かずにはいられない。
さらに、ジャックの周辺には複数の女性の影がある。ユーリを始め、各ギルド、さらには城の騎士、王女に至るまで、どれも親しい仲の女性だ。
これが、名声以上に許せない。
嫉妬がダニエルの野望を燃え上がらせる。
「見てろよジャック……今に」
「すまぬが」
「え? なに……」
そこにいたのは見馴れない少女だった。艶のある黒髪を腰まで伸ばし、透き通るような白い肌の美少女だ。白い鎧をまとっているが独特な形状で、シーザーのそれに似ていた。腰に携えた剣も、彼の『血滑り』と似た独特な形をしていた。
細い瞳、肌に映える赤い唇、絶世の美女といって良い外観だ。一方で、アリシアのような柔らかな雰囲気はなく、触れれば切れる刃のように張りつめて緊張感をまとっている。
「か、カワイイ……」
ダニエルの決意と野望は、一瞬にして煩悩に変わった。どうにかして、この少女に気に入られて、あわよくば……。
「? すまぬが……」
「は、はい! なんですか⁉ テアトルの戦士、ヘクトン副隊長、ダニエルがどんな依頼もお受けします!」
「お、おう? ……良く分からんが、伺いたいことがある」
「はい! なんなりと!」
「ジャック・ラッセルはおらぬだろうか? アホ面した男だ」
しばらくして、ダニエルと少女の姿は『ヘクトン』の隊室にあった。
ジャーバス、ナルシェの姿もある。
「ふむ、それでこのお嬢さんはジャックを探してるんだな」
「ナギサ、と申す。この『テアトル』の仕組みは先ほど説明を受けた、報酬は払う、ジャックを探し出して欲しい」
「お兄ちゃんなら家に……」
「いなかったんだよ、タナトスさんも見てないって」
ダニエルはいささかやつれながら答えた。
またしても、ジャックに関係する美女だ。しかも、彼に会いたがっている。
それでも、投げやりになっていないのは、彼女の目的に光明を見出したからだ。
「しかし、ジャックに復讐するっていうのはおだやかじゃないな。生意気なヤツだが」
「わしは、あやつの一度敗れた。このままでは終われないのだ」
ナギサは、ラジアータのはるか東方の国からやって来たという。シーザーの鎧『ヒヒイロカネの鎧』が作られた地で、得られる鉄や鍛冶製法もラジアータとは大きく異なっている。あまりに距離が離れているため表立った交流こそないが、特に断絶しているわけでもないため、時たまこういう形で交互の物が訪れることがあった。
彼女は、武力を尊ぶ『ブケ』という家門の出であり、その『ブケ』のトーナメントに参加したジャックに敗れてしまったらしい。
それまで挫折を知らなかった彼女にとっては屈辱の極み、猛特訓を重ね、雪辱を誓ったのだった。
「う~ん、会わせて大丈夫かな?」
「物騒な娘さんだが、依頼とあっては仕方がない、それに一応筋は通っているからな」
ナルシェの危惧を一蹴するジャーバスだが、それは久しぶりの依頼を逃すまいという打算からの言動であった。
何しろ、ツケまみれで最近は酒代にも事欠いているのだ。貴重な収入の機会を潰す訳にはいかなかった。
「よし、ジャックを探しにいきましょう! ナギサさん、僕に任せてください!」
「そ、そうか、よろしく頼むぞ……」
いいとこ見せて振り向いてもらう。ダニエルは邪まな欲望によって突き動かされ、すさまじい熱意を見せていた。
少なくとも、ジャックと闘うためにやってきたのだ、敵対しているはずだ。
「や、やっと見つけた~」
「もう夕方だよ~」
「お、おい、待ってくれ~」
「あれ? みんなどうした?」
「あんたを待ってたのよ」
ヘクトンの面々がジャックをようやく見つけた頃、すでに夕陽も半ば沈みかけていた。
最初はすぐ見つかるだろうと高をくくっていたものの、ジャックの姿は見えず、あちこち探し回っても、行く先々で逆にジャックがどこにいるか尋ねられる始末だった。
こうなったら、絶対に戻るだろう家の前で待機して1時間、ついにジャックと遭遇することができた。
ジャックの家付近を見張るのが日課のフラウは、行き来するヘクトンの面々を当初はからかっていたものの、次第に哀れに思って最後にはすっかり同情しているのだった。
「ナルシェ、な、ナギサさんを呼んで来い」
「は、はい……」
ナルシェはジャーバスに命じられて、『ヘクトン』隊室で途中から待機しているナギサを呼びに行った。
「ジャック……君を探してる子がいるんだよ」
「誰?」
「ナギサさん、女の子だよ」
「ナギサ? ……誰だ?」
「東の国の子! すっごく可愛いよ!」
ジャックはいまいちピンと来ない様子で、実際にナギサがナルシェに連れられてようやく合点がいったようだった。
「よお、久しぶりだな」
「ジャック! あの時の屈辱を晴らしにきたぞ!」
ナギサは刀を抜いてジャックへ切っ先を向けた。
「血のにじむ思いであった……だが、おかげでお前を凌駕する力を得た! いざ尋常に、勝負!」
「あ~……ごめん、今は無理」
「「「「……え?」」」」
「ちょっと色々な……明日にしてくれ、んじゃな」
「ま、待て待て待て!」
それまでの雰囲気を一変させて、ナギサはジャックに半ばすがるようだった。
「む、無理とはどういう意味だ!」
「だから、ちょっと今日も色々やってさ、そういう気分じゃないんだよ」
「な、なんだそれは!」
「何だって言われても……そういう気分としか言いようがないじゃん」
「ふ、ふざけるな! そのような―」
「ナギサ、長旅で疲れてるだろ? 今日は休んで、万全の体調で……」
「黙れ!」
ナギサは顔を真っ赤にして、ジャックに斬りかかった。
ジャーバスをして「速い」と言わしめる突きであった、ジェラルドに匹敵するかもしれない。
が、ジャックは容易くそれを回避し、ナギサの背後に回ると彼女を羽交い絞めにしてしまった。
「うわっ、は、離せ、無礼者!」
暴れるナギサであったが、不意にがくりと抵抗を止めてしまった。ジャックが指で気道を抑えて、気絶させてしまったのだ。
「ダニエル、ジーンのとこに連れて行ってやってくれ」
「え? あ、う、うん」
「少しすれば目が覚めるだろうから、明日なら勝負を受けるって伝えておいて」
「わ、わかったよ」
「んじゃ……俺はもう寝るからさ」
ジャックはナギサをダニエルへ預けると、そのまま家へ入っていった。
残されたダニエルたちは、ひとまず言われるまま、ナギサをジーンの実家の宿屋『平穏の子馬亭』へ運んでいくためそそくさと歩きだした。
もしかしたら、看病してる間に……邪まな希望は未だ健在である。
フラウは、ジャックの家のドアを見ながら呟いた。
「そっか……お墓参りか」
『ヴォイド』には多くの情報が入って来る。
反逆者にして、復活が城上層部で噂されている少女リドリー。その墓に、父の他に花を供える唯一の人物がジャックであった。
「どんな子なんだろう」
フラウはリドリーと面識がなく、情報も詳細には知らない。
だが、ジャックが強い思いを寄せる相手となると……無関心ではいられなかった。