「むう……」
翌日、ナギサはジャックの家の前に仁王立ちしていた。
今日こそは、逃がすまいという決意の現れだ。
昨日、ジャックと相対したナギサは締め落され、ダニエルらに運ばれた宿屋で目を覚ました。
妙に凛々しいダニエルの説明によって、ジャックが日を改めての立ち合いを望んでいると知らされ、それには納得できたものの、又しても敗北した屈辱に歯噛みする思いだった。
ただ負けたのではない、圧倒的差による敗北だ。ジャックと初めて相対した時と同じく、想像もつかないほどの実力差……鍛えに鍛えたはずなのに、ジャックはさらに強くなっていた。
流石に、『オイエソウドウ』を独力で解決し、名だたる剣豪を打ち倒した男だった。
「負けられん……」
それでも、勝負を諦めるわけにはいかなかった。
屈辱を乗り越えるため。そして、敗北以来頭を離れない、ジャックへの感情を追い出すため。
「あら? 先客かしら」
渦巻く雑念と向き合っていたナギサを、鈴のような声が現実に引き戻した。
いつの間にやらすぐ後ろに、奇妙な恰好をした女性が立っているのだった。
一言で言えば、魔女。とんがり帽子に黒いクローク、杖まで持っている。そういう趣味か、仮装かと疑うようなセンスを、妖艶な容姿が抑え込んで成立させている。
『ヴァレス』の助教授、黒魔術の研究家モルガンだ。
「彼はいる? ちょっと頼みたいことがあるのだけれど」
「わ、わしが先だ、昨日から待ってたのだ」
「朝からうるさいなー、なんだよー」
ジャックが顔を出した。
「あ、そうだ、ナギサか」
「ジャック! やっと起きたか、わしと―」
「ジャック、お久しぶりね」
「モルガン?」
「依頼を出したのだけれどキミが全然受けてくれないから、直接お願いに来たわ」
「あ~……ごめん、結構溜まっててさ」
「おい、ジャック! わしの―」
「それに、今、丁度ナギサとさ……」
「あら? 私のは正式な依頼なのだけれど」
「わしだって―」
「ナギサもそうだよ?」
「さっき受付に行って確認したけれど、今日の依頼は私が一番乗りだけれど?」
「え? ……あ、ナギサ、昨日ダニエルたちに俺のこと探させたか?」
「んえっ? ダニ……あ、昨日のやつか、そ、そうだが?」
「そっか、それで依頼が一回終わっちゃったのか」
「そう、キミとこの子の約束は私的なもので、私のは正式な依頼」
「ん……ナギサ、ちょっと待っててくれるか? すぐに―」
「なっ……そ、それはひどいぞ!」
ナギサは子供のように駄々をこね始めた。元来、冷静で礼節もわきまえている彼女であったが、はるか遠くの地、さらに複雑な感情を抱いている相手を前にして、年相応の性格が顔を出してしまっていたのだ。
「昨日は今日やるって言っていたではないか!」
「いや、今日やらないんじゃなくて……ちょっと後にさ」
「嫌だ! 待てない!」
「わがまま言うなって、俺さ、『アハト』の隊長だし、騎士にも戻ったしで色々―」
「わかった! わかった! わしもついていく!」
「はあ?」
「だから、さっさとその依頼とやらを終わらせて、わしと戦え! よいだろ⁉」
「いいけど」
「よし、ではさっさと行くぞ!」
こうして、ナギサは強引に仲間入りした。