モルガン、そしてナギサ、両手に花で『ヴァレス』に向かうジャックであったが、あまり嬉しくはなかった。
「黒魔術は誤解されているのよ、私の活動で少しでも普及を……」
「ジャック、あれはなんだ?」
片や黒魔術談義、片や初めての街並みの解説を要求と、目的地に到着するまでにいつもの3倍はかかったからだ。おまけにどう見ても魔女、ラジアータでは珍しい形状の純白の鎧と、いやでも人目を引く。
顔見知りと何度もすれ違って気まずい思いをし、研究室についたころには、ジャックはげっそりもう帰りたかった。
「さて、これがキミにお願いしたい依頼なのだけれど」
モルガンが示したのは鎧だった。黒い、グレゴリーや、ガレス、アルドーのような全身を覆うタイプの鎧だ。無骨なデザインである。
黒い鎧ということで、どうしても先日の件を思い出してしまうジャックであったが、モルガンの所持するものとしてはいささか拍子抜けする『普通さ』に戸惑っていた。
「これをどうすんのさ?」
「着てみて欲しいの」
そういわれたからといって、素直に着るほどジャックはモルガンに心を許してはいない。
研究資金の援助として大金を要求され、その後も黒魔術関連の怪しげな依頼でひどい目にあったこと多数。ただ鎧を着てみるだけで終わる訳がない。
「着るとどうなるんだよ」
「キミがアルガンダーズの古城で見つけた鎧、憶えてるかしら?」
「ん?」
ジャックは過去の記憶を掘り起こした。確か、『ヴァレス』のアドルフとディミトリが研究の最中異界の魔物を呼び出したとかで討伐の依頼を受け、その途上で発見したのが『デモンメイル』の鎧である。
強い耐久性と、毒などに対する加護を持っていたが、着ていると体力を奪われ続けるという危険な代物だ。
何度か使ってはみたものの、機動力を重視するジャックとは相性が悪く、長期戦にも向かないため倉庫行きとなり、モルガンに要望されて研究材料として預けていたのだった。
「あれを更に改良したものなの、ラークス卿からの依頼で、大量生産して騎士団の装備にできないかと研究しているのよ」
「ラークスさんが……」
国政、妖精との戦争、龍の復活、さらに騎士団の強化、知ってはいたものの、ラークスは多忙を極めながら、こうした細かい部分にも注力しているようだった。
「治ってるんだよな?」
「……多分」
「おい!」
「大丈夫よキミなら、ね?」
要するに、ジャックをモルモットにしようというのだ。
モルガンなりの信頼の現れであるが、当人にとってはたまったものではない。
「お願い、目途が立てば大金が入るわ。それに、騎士団が強くなるのはキミにとっても悪くないでしょ?」
「うーん……」
結局、ジャックは折れて鎧を着こんだ。
「やっぱり、なんか体力が吸われてる感じがするぞ」
「でも、前よりは弱いでしょ? 重さも感じないはずよ」
「いや、そこが解決しないと……ん?」
「あら?」
「お?」
鎧が変形を始めた。
「お、おい? どうなってんの?」
モルガンは答えずに、興味深げにそれを観察していた。彼女にとっても想定外の事態だからだ。
「うわわわわっ」
鎧は生き物のように蠢き、ようやく動きを止めた。
「龍?」
「おいおい、どうなって……」
わが身に起きた変調を確認しようと、姿見に全身を映したジャックは絶句した。
特徴のない形状であったはずの鎧が、龍を模した形に変わっていたからだ。
それも、なんという皮肉か『銀龍』を思わせる姿だ。
「興味深いわね……」
モルガンは、それが『銀龍』であるとは気づかない。
最終決戦に参加したのは、エルウェン、カイン、ニュクス。全ての黒幕であった『銀龍』の姿を知っているのは、彼女たちとラークス、ジーニアス他数名だけだ。存在そのもが隠匿されている。
「『龍殺し』に反応して? ……他の人なら?」
「おい! これ脱げねえんだけど⁉」
ジャックはあがきながらモルガンへ抗議する、色々な意味で、この姿のままでいるのは気が重い。
「あ、ごめんなさい。念じるだけでいいのよ」
「はあ?」
言われるままにすると、なんと鎧はうっすらと消えゆき、完全に消滅した。
「どうなってるんだ?」
「いったでしょ? 改良したって」
「……ん?」
ジャックが目を閉じると、再び鎧が出現した。それをまた消してから、根本的な問題を彼女へ問いかけた。
「なあ、この鎧は……今どこにあるんだ?」
「キミと一体化しているの」
「……え?」
「出し入れ自在で、局所的に発生させることもできるわ」
「……いやいやいや! 一体化って……戻せよ!」
「それはまだ研究中なの」
「なに⁉」
「でも、ここまでは大成功よ、これで学長に正式な予算の認可をもらえるわ」
「おい! 俺はどうなるんだよ!」
「もちろん、ちゃんと分離してあげるわ」
「いつ⁉」
「……いつか」
「NOOOOOOOOOOO!」
ジャックの絶叫が『ヴァレス』に木霊した。