そろそろ昼になろうという頃、まだ自宅でいびきをかいていたジャックは乱暴なノック音で目を覚ました。
「おい! 起きろニワトリ頭!」
「うわっ……あ~、ジャックさんはいません! 遠いところに行きました!」
「ふざけるな! ラークス様がお呼びだぞ! さっさと来い!」
「ちぇっ」
最悪のモーニングコールをもたらしたアルへ、ジャックはとびきり嫌な顔をして出る。
「城ぐらい一人で行けらあ! 帰れ!」
「言われなくてもこんなところに長居するかよ! 身だしなみを整えろ!」
「やんのかコラ!」
「ぼ、暴力を振るう気か! 私はラークス様の使いだぞ!」
二人の言い合いはしばらく続き、フェルナンドが近所迷惑だと説教へやって来たことでようやく終わったのだった。
ラークスの元へ参上したジャックは、やはりというべきか昨日の出来事について質問を受けた。
彼は黒い鎧が『ジャック』と呼ばれていたことも知っており、妖精との戦争が現実味を帯びてきた今、騎士団の動揺について懸念しているようだった。
「あの、ジーニアスは? あいつなら色々……」
「それが、他国へ行っているようなのです」
「ええ?」
「何やら確かめたいことがあると……護衛はつけていますし、安全とは思いますが」
ジャックにとっても凶報だった、聞きたいことは山ほどあるのに、どうしても捕まらない。
鼻持ちならない男だったが、その知識は誰よりも信用できる。
「それから……妖精側の長は、やはりリドリーに酷似した少女のようです。その傍には……黒い鎧の姿も」
「ラークスさんは……どう思いますか?」
「龍亡き後の理から外れたトゥトアス、何が起きても不思議ではないとジーニアスさんの言です。例え、彼らの正体が何者であろうと、私はラジアータを守らねばなりません」
それもまた、正しい。
「ジャックさんには……ますます働いてもらわねばなりません」
「うっす」
そこに潜む懸念をジャックは感じ取っていた。
もし、少女がリドリーであったとき、彼はどうするのか? 与するようなことがあれば……。
ジャック自身、絶対にありえないとは言えなかった。
あの日、自室にやって来た彼女への返答が今も変わらないわけではない。
彼女と共に、妖精側に立っていた未来もあり得た。
つくづく、運命の数奇を感じずにはいられないジャックだった。
その後、状況確認と始動についてのやり取りをした後で、ジャックは部屋を後にした。
気づけばすっかり日が暮れていた、食堂に寄ってアスターの料理を食べようかとも思ったジャックだったが、迷った挙句に帰宅を選んだ。
「あら? 今お帰りですか?」
途上、ルルに会った。
大企業の2代目社長にして、オラシオンのアナスタシア派の一員。
アナスタシアによって精神的に辛い日々から立ち直ったと彼女を崇拝しているが、彼女よりはるかに信仰深く人間的にも善良だった。外見は……リトルアナスタシアといった感じで、かなり個性的であった。
「ん、ルルも帰り?」
「いえ、教団に届け物です」
「そっか……」
「ジャックさん」
「なに?」
「大丈夫ですか? なんだか落ち込んで見えますよ」
否定しようとしたジャックだが、咄嗟に言葉が出なかった。
「いけませんよ、頑張りすぎると疲れちゃいます。ほどほどに、頑張るんです」
「うん」
「それじゃあ、何かあれば呼んでくださいね」
トコトコと、ルルは去って行った。
再び歩み出したジャックは、少しだけ心が軽くなった気がした。