愛するイザベラに出勤を告げ、一歩家から外へ出たダニエルは、野望に燃える戦士の顔にすっかり変貌していた(つもり)のだった。
「見てろよお、ジャック……ボクだって……」
実力、名声、何より可愛い女の子の知り合いの多さ。
ダニエルが求める全てをジャックは持っているように思えた。
年も同じ、同期の戦士であるのに、片や『龍殺し』、片や戦士ギルドでも冴えない方のジャーバス隊『ヘクトン』の副隊長。
「今度はボクが龍を倒して見せる……そして……」
「ねえねえ」
「え?」
振り返ったダニエルは、声の主を認めてそれまでの決意をどこかへ遠投してしまった。
短くまとめた輝く銀髪、しなやかなでありながら女性的な体躯、人懐こそうな笑みを浮かべた幼さの残る顔立ち。見惚れるような美少女がそこに立っていた。
かなりの軽装で、鎧は最小限と言った感じに、へそをそのまま出している。
それほど詳しくはないのだが、恰好からダニエルは彼女からよく見かけるフラウを連想し、『ヴォイド』の所属者なのではないかと推察した。
「ちょっと聞いていいかな?」
「……あ、う、うん! なに……い、いえ、なんでしょうか⁉」
すっかり骨抜きにされたダニエルだったが―
「ジャックくんて、ここにいないかな?」
「……ああ」
またしても、ジャックに邪魔された(と勝手に思った)。
ナギサの時とは違い、ダニエルと少女は程なくしてジャックを発見した。
タナトスに行き先を聞き、『ヴァレス』でスターらとネズミ退治の任務にかかっていると突き止めたのだ。
学園につくころに、丁度良く任務を終えて出て来たジャック一行と出会うことができた。
「よお、ダニエル……とヴァージニア⁉」
「やあ、ジャックくん」
「む? 見かけない顔であるな」
「ジャックさんのお知り合いのようです」
「任務が終わったなら帰らせてもらうぞ、充電したい」
「あ、うん、じゃあ、ここで解散」
スターらを先に帰らせると、ジャックは困ったようにヴァージニアと呼ばれた少女を見た。
「えっと……どした?」
「ちょっとごたごたがあってね、匿って欲しいんだ」
「なんだよごたごたって」
「内部抗争的な感じだね、ともかく、ぼくはちょっとほとぼり冷まさなきゃいけなくてさ。よろしく」
「おい、勝手に話を進めるな。匿うなんて言ってねえぞ」
「この寒空にこんな可愛い子を放り出すの? ジャックくんって冷たい、ぼくときみの仲なのに」
「変な事言うんじゃねえ!」
「じゃ、匿って」
ジャックはなおも反論しようとしたが、堂々巡りに終わると判断して肩を落とした。
「匿うったって……どうするんだよ?」
「ニュクスがいるんでしょ? 仲介してくれれば大丈夫」
「わかった……ただ、ニュクスがなんていうかはわかんないぞ?」
「大丈夫大丈夫、ささ、連れて行ってよ」
ジャックは溜息一つを残して歩きだし、ヴァージニアが続く。
ダニエルは蚊帳の外に置かれていてどうしたらいいのかわからず、ともかくジャックの後を追うことにした。
「ダニエル、今度から客が来たら先に俺に言ってくれよ」
「ご、ごめん」
ジャックたちは黒街を通り、『奈落獣』を経て『ヴォイド』本部へやって来ていた。
ヴァージニアを事務所まで送り、何らかの話し合いが終わるまでクラブ『ヴァンパイア』で待つことになった。
二人とも酒は飲めないため、ダンの料理とジュースで時間を潰す。そばではサルビアが、いつもの飄々とした様子で机を拭いていた。
「あの子、知り合いなんでしょ?」
「うん、だけどさ、あいつ殺し屋だぞ」
「ええっ⁉」
「北の大地のな……ちょっと物騒な奴」
信じられない様子のダニエルだが、ここ『ヴォイド』に限らず、ある程度の国家では殺し屋など珍しくもなかった。
顔が広いジャックと、基本的に『テアトル』周辺で物事が完結するダニエルとの姿勢の違いである。
「あんなに可愛いのに……」
「『白狼(フェンリル)』って呼ばれてた」
「それなら私も聞いたことがあるぞ」
ダンが皿を洗いながら話しかけてきた。
「名うての殺し屋が襲名する名前だ、ただ、あんなに小さい子供だとは知らなかったけどな」
「前の『白狼』を殺して成り代わったんだってさ」
「だとしたら、将来有望だな」
ダニエルは慄然とする、ヴァージニアの正体もさることながら、ジャックとダンの口調が限りなく軽いことにだ。
改めて、自身とジャックの距離を実感する。実力以上に、世界を見る目が全く異なっているのだ。それが戦争を経てのものなのか、その後の旅で培ったものなのかはわからないが。
それでいて、表面上は『ジャック』のままであることの凄まじさを。
「お待たせー」
ヴァージニアは戻って来ると、ジャックの傍に座り料理とジュースを奪った。
「いやー、お腹ペコペコでさ」
「それより、どうだったんだよ?」
「うん、ここに置いてくれるって。助っ人みたいな感じ?」
「そっか」
「恩人のジャックくんにはしっかり借りを返すから、いつでも呼んでね」
「別にいいよ」
「そう? 今色々大変なんでしょ? 妖精とか龍とか、女の子とか」
ジャックは何も言えなかった。
「じゃ、ぼくは旅の疲れを癒すとするね」
料理とジュースを持ち、2階へと消えていく。
どういったやり取りがあったかはわからないが、ともかく彼女は『ヴォイド』の一員となったようだ。
ジャックにとっては、あまり知られたくないことを知ったうえで。
「……」
「ジャック?」
「……うわあ~」
心底嫌だと伝わる溜息を残して、ジャックは突っ伏した。