エアデールは、元来落ち着いた女性である。
家事裁縫が得意で、父に習った剣術はたしなむものの、それほどの才に恵まれなかったこともあり、あくまでも護身と健康維持のために継続してる程度だ。
絵に描いたような晴耕雨読の毎日を過ごし、起伏の無い、しかし穏やかな時間の流れに身を投じている。
「ジャック、何か言う事は?」
「え、えっと……こ、こんばんは?」
「じゃないでしょ! 帰って来たなら挨拶くらいしなさい!」
が、ジャックにとってはそれはそれは恐ろしい姉であった。
父、そして母を早くに亡くした彼にとって、エアデールは親代わりの存在である。ずぼらな性格のジャックをしつけるため、厳しく接してきた結果、『龍殺し』となった現在にあっても頭が上がらない存在なのだった。
「そ、そのうち……」
「最初にくればいいでしょ? 全くあなたはいつまでも……」
すっかりお説教モードに入ったエアデールに、ユーリは軽食と飲み物をさし出した。
ヴァージニア以下、戦士たちは静観の姿勢をとっており、ジャックは援軍は望めそうにもなかった。
「掃除はしてるの? 後で見ますからね」
「さ、最近任務で忙しくて……」
「やっぱり、ちゃんとしなさいっていつも言ってるでしょ」
お説教はたっぷり夜中まで続いた。
ジェラルドなどはそれを肴に酒を吞み明かし、アリシアはクスクスと笑っていた。
しまいには。各個にエアデールが挨拶をして回り、ジャックはすっかり弱り切ってしまった。
こういう時に限り、荒くれもの揃いの戦士たちは真っ当な先輩戦士らしき応対をした。
強さは認めつつ、生意気、世間知らず、礼儀がなってない、先輩を敬わない、空気が読めない、無駄にテンションが高い等々、ジャックに苦言を呈する。
ナルシェは全面的に肯定したものの、かえってエアデールの怒りに火を着けたようだった。
「先輩さんたちに失礼でしょ!」
「で、でも姉ちゃん、俺『アハト』の隊長だし、『桃色豚闘士団』も復活して騎士に戻ったんだぜ?」
「それはそれ、これはこれ」
店じまいの時間が来なければ、エアデールはまだまだ説教を続けるつもりだったろう。
「はあ……心配してた通りだわ」
「うう……」
『ビギン食堂』を出て、ダニエルらと別れジャックとエアデールは家への帰路についていた。
「ジャック、また騎士をクビになんてのは許さないわよ」
「わかったよ……」
鍛錬とエアデールの説教(とヴァージニアのただ食い)で、ジャックはすっかり参っていた。
「……まあ、元気そうで良かったわ」
「だから、姉ちゃん、俺、そのうち顔出そうって……」
「心配してたんだから、帰るなり旅に出るって……手紙くらい送りなさい」
「……ごめん」
妖精との戦争終結後、ジャックは一度実家へ戻ると、すぐさま旅に出た。
その途上、ナギサやヴァージニア達と出会い、多くの経験を積んだ。見聞を広げるため、というのは半分は嘘だ。
結局、ラジアータには思い出が多すぎた。
「いつまでたっても、昔のまんまなんだから」
街灯の下、ジャックはエアデールを久しぶりに見た気がした。
いつもの姉のままに思えたが、最後に見た時よりも彼女は小さく、そして寂しそうだった。
過去は過ぎゆき、現在は立ち止まらず、未来は駆ける。
どれだけ装飾をほどこそうが、二人は時の流れの中では、小さな姉弟に過ぎない。
だからこそ、精一杯に共に生きようとしていた。
「姉ちゃん明日にしようよ~」
「こんなとこで眠れないでしょ! ほら、さっさとする!」
「勘弁してくれ~」
「うるせーぞ!」
そんな感傷的な気分は、ジャックの家へエアデールが一歩足を踏み入れた時点で霧散した。
散らかりっぱなしの服、下着、漫画、出し忘れのゴミ袋の山。ジャックにとっての日常風景は、姉にはゴミ溜めにしか見えなかった。
すぐさまその場で掃除命令が下され、泣く泣くジャックは従わざるを得ず、近所迷惑だと怒鳴り込んできたデイビッドも何故か巻き込んで、朝までエアデール監視の元清掃作業が続けられたのだった。