そしてすぐに迷った。
遠くに見えているはずの『ラジアータ城』を目指していたはずなのに、距離は少しも縮まらず時間だけが過ぎていく。
一度落ち着くため、3人は『オラシオン教団』のベンチに腰掛けて休むことになった。
ここも、迷った末にたどり着いたのであって、ジャックの家への帰り道もわかっていない。
「おかしいわね」
「やはり、さっきの道を曲がるべきだったのだ」
「まあ、焦らずいこうよ」
ヴァージニアは敢えて何も言わない。迷う二人を見て楽しんでいるようだった。
「もしもし、どうされましたか?」
声を掛けて来たのはミランダだった。
お節介焼きである彼女は、迷子や困っている人を見ると声をかけずにはいられない性質なのだ。
「いえ、お城に行きたいんですけど」
「まあ、それはお困りでしょう。案内して差し上げます」
「おい、ミランダ、そんな暇ないだろ」
ぶっきらぼうに言ってのけたのは、同僚のモンク、ビシャスである。
「ゴドウィン様の言いつけ忘れたのかよ」
「でも、困ってる方を放ってはおけません」
「お仕事があるならそっちを……」
「いえいえ、お気になさらずに」
「大丈夫かよ……」
間違いなく善人であるが、少々困った類の善人であることも事実であった。
「あ、あのう……」
恐る恐るといった感じの声をかけてきたのは、ジーニアスの妹レオナであった。
エアデールらが顔を向けると、ちいさく悲鳴をあげて隠れてしまう。
「ジャ、ジャックさんのおうちって……どちらでしょうか?」
「あら、あなたもジャックに?」
「お兄ちゃんからの……手紙が……」
「隅に置けないねえ、ジャックくんも」
明らかに含みをもってヴァージニアは囁いた。
一瞬だけ眉をひそめたエアデールであったが、すぐに柔和な顔立ちに戻してレオナへ話しかける。
「なら、案内しましょっか?」
「待て姉君、城へ向かうのではなかったか」
「ジャックの家を回って行けばいいわ。ミランダさん……で良かったかしら? お願いできる?」
「はい、ジャックさんのお家は存じてます」
「上がったこともある?」
「はい!」
ヴァージニアの何気ないを装った質問によって、エアデールの眉のひそみは、今度は一瞬では済まなかった。
「そう……ごめんなさいね、汚いところで」
「いえ、一緒にお掃除しました」
「お前そんなことまでしてやってんのかよ」
ビシャスがやや呆れたように言った。
「フローラさんもお手伝いしてました」
「フローラ?」
「ウチの司祭長様だよ、よくやるぜまったく」
「あの子ったら……」
エアデールは、抑えていた不安がむくむくと湧き出るのを感じた。あの頃の弟ではない、とわかっていても、いつも彼女の想像するジャックは小さな姿のままだ。
「ちょっと、あんたらいいかい?」
かけられた声に振向いたエアデールは、思わず真顔になった。
美人ではあるが影がありすぎる血色の悪い顔立ち、紫色の口紅、闇を思わせる黒い髪、レザースーツ。明らかに堅気でない女がそこにいた。
「イリスさんじゃないか」
「あん? ……ああ、あんた新入りの」
「ヴァージニアだよ」
「まあいいわ、それよりそこのあんたよ」
「ふえっ?」
『死鳥(クロウ)』の異名を持つ凄腕の暗殺者、『ヴォイド』の幹部イリスに指さされ、レオナは今にも泣きだしそうだった。
「あの子の知り合いでしょ、伝言頼みたいんだけど」
「もしかして、ジャックにでしょうか?」
「? そうだけど」
「あ、あの、ジャックはその……あなたとお知り合い?」
経験から、イリスはすぐにその意図を察した。さらに、この女性とジャックの関係にも大まかなあたりを付けていた。ほどなく、『ヴォイド』にも彼の姉が『ラジアータ王国』を訪れていると情報がもたらされるだろう。
「別に、名前を知ってるくらいさ」
短く答えると、イリスは踵を返した。似たような経験は何度かあり、その対処方法もわかっていた。
決して誇ったりすることではなかったが。
「ただいま~……あれ? みんな―」
「ジャック!」
「うひゃっ……な、なんだよ姉ちゃん?」
「そこに座りなさい!」
帰宅したジャックは、早々に怒りのエアデールの出迎えを受けて正座せざるを得なかった。
なぜ、ナギサにヴァージニア、ミランダらまでいるかのかと疑問に思いつつ、久しぶりだが懐かしくはない姉の説教に耐え忍ぶのだった。
「いい? あなたにも色々あるとは思うわ。でも、人として守らなきゃいけないことがあるでしょ」
「う、うん?」
「わかってるの⁉」
「わ、わかってるよ……」
「あちこち女の子に……、そんな子に育ては憶えはありません!」
「何の話だよ⁉」
「お盛んだねジャックくん」
「さてはお前が何か吹き込んだな!」
「聞きなさい!」
「ひっ」
エアデールのお説教はそのまま夜遅くまで続くのだった。