『ディチョット地方』にある『火の山』は、その名の通りの活火山である。
絶えずマグマが噴き出し、周辺の空気は呼気をするだけで器官を焼いてしまうほどに暑い。
生息するモンスターは炎を好む凶悪なものが多く、『トゥトアス』最凶の種族『ブラッドオーク』も徘徊している。
手練れの騎士や戦士でも、よほどのことが無ければ足を踏み入れはしない。
だが、その地には今、騎士団や各ギルドの実力者たちが集結して、身を焦がすような熱気の中で戦いの準備を進めているのだった。
「偵察にやった連中はどうした?」
「は! レナード団長! 未だ帰還しておりません!」
「くそっ……また、やられたのか」
『紫色山猫剣士団』の団長にして、『火龍』討伐隊の責任者たるレナードは、報告に顔を歪めた。
『火龍』の出現を受け、ラークスは迅速に指示を出し、討伐部隊を編成した。各ギルドにも召集をかけ、短時間にして質、量ともに揃った軍団が結成されたのだった。
指揮系統もレナードに一任されており、物資も十分に足りている。『龍』を相手にするにはこれ以上ない布陣のはずだった。
「あの、団長、すでに2隊が未帰還となって皆に動揺が広がっております。偵察隊の再編成はいささか……」
「わかってる、ひとまず待機するように言っておけ」
報告にやって来た騎士を返し、本陣の中でレナードは頭を抱えた。
「参ったぜ……」
任務は至極単純である。人間の脅威となる『火龍』を討伐し、秩序と人心の安定を図る。
だが、行うは難し。前の戦争ではダイナスを屠り、騎士団へ多大な損害を与えた『火龍』を前にして、皆が動揺せずにいられないわけもなかった。
さらに、一度は滅ぼしたはずの存在の復活とあって、動揺はより大きいものとなっていた。
ひょっとして、『龍』は不死の存在なのではないか? だとすれば、幾度挑んで倒してもいずれはこちらが滅ぼされてしまうのではないか?
『オーブ』の存在、『壁画』に描かれていた古の秩序といった事柄を知らされているレナードにさえ、その怖れはあった。
『地龍』、『風龍』、そして『火龍』。
いずれとも相対した経験がある彼は、その強大さも身に染みていた。特に『地龍』には、一撃で昏倒させられた苦い思い出がある。
記憶に新しい、『ヘレンシア砦』での黒い鎧とゴブリンたちの襲撃。
そうした事情もあり、情報収集の名目のもと行動を起こさない消極策を選んでしまっていた。
だが、偵察に出した騎士たちは帰らず、かえって無用の不安を残す結果となっている。
本心を言ってしまえば、レナードはナツメに総指揮を任せたかった。
だが、彼女は首都防衛の任務についている。『龍』を倒すのに多量の人員がいるとわかっていても、防衛のためには王国を空にするわけにはいかないのだ。
「……」
したたる汗をぬぐって、レナードは生ぬるくなった水を喉へ流し込む。
この気候では、単に待機していても体力を消耗していってしまう。さらに、モンスターらの襲撃も既に何件も発生していた。下手をすれば、討伐前に戦力を削られかねない。
ナツメの跡を継いでから、いや、騎士として、一人の男として間違いなく最大の危機に直面していたのだった。
「おっさーん? どこだよ~?」
聞き覚えのある少年の声は、果たして救世主か否か。