「アナスタシア様が通りをお歩きになっているんです。邪魔なのですけれど、あなたたち」
「脇へどいてってことね」
行脚中のアナスタシア、エレナ、アディーナが、少女らと鉢合わせしたのだった。
「……けっ」
アルバは大人しく退いた。流石にギルドの幹部ともなれば、王国の権力情勢についてもいくらかの情報はもっている。貴族社会において一強状態で、(彼女自身の意図か否かは別として)お得意様であるライアン家の現頭首に噛みつくのは避けねばならない。
「いけませんよ、傍若無人は」
「んまっ? アータ、アータシに指図する気かしら?」
だが、少女は違った。
にこやかな笑顔はそのまま、彼女を柔らかに指弾した。
「おいっ、やめろ、こいつあ……」
「神がそのようなことをお許しになるはずがありません、慎ましく、穏やかに過ごさねばならないのです」
「ムキーッ、よりによってアータシに説法する気⁉」
(一応)アナスタシアは『オラシオン』の大司祭を務めている。
カインを別にすれば、フェルナンドと並んで教団の最高権力者といって良い。それに対して神の名をもって苦言を呈するということは、(彼女にとっては)最大級の無礼なのだった。
「いい加減に消えなさい! エレナ!」
「はい、アナスタシア様! ちょっとあなた、アナスタシア様に無礼は許しませんよ。さ、視界から消えなさい」
エレナが食ってかかった。モンクでない彼女であるが、ジャックについて冒険へ出ただけに、修羅場を潜り抜けた経験は何度もあり、それなりの戦闘はこなせる。
この場合は黒衣の少女を少し突き飛ばすだけ、のはずだった。
だが―
「暴力はいけませんよ、神はお許しになりません」
「う……」
少女はたやすくエレナの腕をとった。
「姉さん?」
アディーナが心配そうに声をかける。エレナの顔に苦痛が浮んでいたからだ。
ただ腕を握られているだけ、なのに、骨まで至る軋みがあった。
「神に仕える身でありながら力に頼る、誠によろしくないです」
「ちょっと、エレナから手を離しなさい!」
アディーナは少女へ食って掛かり、その腕をエレナから外そうとした。
だが、まるで鋼鉄のようなそれはびくともせず、しかも、エレナの表情を見るに徐々に圧が加えられているようであった。
とうとうエレナはうめき声をあげ始めた、このままでは遠からず、腕を砕かれてしまうだろう恐怖で顔から血の気が引いていく。
周囲は見ているだけで、アナスタシアは自身の意にそわない展開に何やら喚き散らしている。
「おう、姉ちゃん、そこまでだぜ」
皮肉にも、彼女を救おうとしたのはアルバだった。
エレナとは顔と役職をしっているくらいで面識はなく、荒んだ生活を送って来た彼にとってライアン家の従者としてエリートコースを歩んできた彼女は好感の持てる相手ではない。
だが、この場でこれ以上の荒事を起こすのを見過ごせるほど身勝手ではなかった。
「どっちもどっちだがよ、一先ずここはおいておいてあのガキのとこに行けや?」
ダンビラをちらつかせて少女へ物騒な説得をする。
少女は少しだけ逡巡すると、エレナから手を離して去って行った。
「ちょっと、何してるの追いなさい!」
わめきちらすアナスタシアを無視して、アルバはダンビラを元に戻そうとして驚愕した。
まるで、飴細工のように刃が捻じ曲げられていたのだ、一瞬のうちに、少女の怪力によってそうさせられたのだとわかった。
ちらとエレナたちを一瞥し、アルバは『ヴォイド』へ足早に戻っていった。
このことをオルトロス、最悪でもノクターンへ知らせねばならない。