『ヴァレス』を出たジャックの前に、モンクの衣装をまとった褐色の少女が飛び込んできた。
「おっと」
激突必至な勢いを軽くいなして、ジャックはその少女を抱きとめた。
「あ、す、すみません!」
「ゴドウィンを探してんの?」
「え? あ、は、はい……」
少女、ミランダはいぶかし気に答え、そしてすぐに大きく目を見開いた。
「ジャックさん!」
「う~ん、俺、そんなに変わった? 皆驚くけど」
ミランダは軽口を叩いてみせたジャックの手を強く握り、しっかりとその目を見据えた。
「どこに行ってたんですか⁉」
「いろんなところ」
「何も言わないで……みんな―」
「ミランダ、カインは教団にいる?」
「あ……は、はい、今は説法をなさってるはずです」
ミランダは、まくしたてたかった言葉の数々を呑み込んだ。
かわらぬはずのジャックの能天気な顔、そして言葉に言い知れぬ何かを感じたからだった。
再会を喜んではいる、しかし、何か大きなものがあって、どこか相手を遮っているような。
「リドリー……さん」
「ん?」
「い、いえ……ご案内します」
「大丈夫だよ、どこにあるかはわかってるし」
「いいんです、折角ですから」
ミランダは、呟きかけたその名を心の中で何度も反芻した。伝聞でしか知らない少女の名、妖精に与した裏切りもの。そして、『龍殺し』が取戻さんとし、その腕の中で看取ったかつての騎士。
その名を聞き、あるいは口にするたびに、彼女の心には言いしれない『何か』が広がっていく。それは、ジャックを前にしてみると殊更に強くなるようだった。
ミランダと共に礼拝堂へ入ったジャックを、カインの説法へ立ち合っていた信徒の面々が出迎えた。
皆一様に驚き、ある者は安堵したように笑い、ある者は怒ったような顔を見せた。
「ひゃ~、ずいぶん久しぶりだべな」
「よっ、久しぶりクライブ」
真っ先にその間の抜けた声をあげたのは、信徒の一人クライブであった。良く言えばのんびりとした、悪く言えば間の抜けた田舎者風の顔の立ちの青年の彼は、騎士となったジャックの初任務へ同行した過去があった。
「どこさいってただ? 探したんだども」
「悪い悪い、ちょっとな」
「アータ、自分の立場ってもんがわかってないようね」
クライブを押しのけてずいっと迫って来たのは、大司教をつとめるアナスタシアである。4大貴族「東方山猫」ライアン家の当主でもあり、そばには側近である双子のエレナとアディーナを従えている。後ろには、ドワイトやルルの姿もあった。
「アータシが力を貸してあげるっていうのに、挨拶もなしに消えるなんて」
「悪かったって」
「アナスタシア様に失礼ですよ、ジャックさん」
エレナは、怒ったような顔でジャックをなじった。全てにおいて優先されるべきと彼女が思い込んでいる、主の不快を代理するかのような態度であった。が、そこには彼女自身のジャックに抱く不満も込められていたのだが。
「それだけじゃなく、皆さんにもです。急に消えてしまうなんて」
「わかったって」
「ま、壮健そうでなによりじゃわい」
好々爺といった様相のフェルナンドが助け舟を出した。ゴドウィンはミランダが探していたように、所用で外に出ていて不在だったが、フローラやエドガー、そしてアキレスを始めとしたモンクたちは全員が出席していた。
かつて、オラシオン教団は、アナスタシアを筆頭とする改革派と、フェルナンドを筆頭とする旧体制派で真っ二つに割れていた。その派閥闘争で荒れた教団内をまとめあげたのがジャックなのだ。
当人としては、任務のために人材を探し、その協力者を集めていった結果に過ぎなかったが。全員を仲間とした後にも、彼にはいまいち理解しかねることだった。
今も意見の対立はあるものの、同席してカインの説法へ出席するあたり、一応の折り合いはついているようだ。
「久しぶりですねジャック」
「どもっす」
そして、教皇を務めるカインもかつての彼の仲間の一員であった。絶大なカリスマと信仰心、モンクとしての類まれな力を持つ彼は、幾度となくジャックの危機を救ってくれた。
「そうそう、忘れないうちに」
ジャックは懐から出した手紙をカインへとさし出す。
「エンジェラから、カインにって」
「エンジェラ様ですと⁉」
理知的なカインの顔に驚愕が浮んだ。古参のフェルナンド、アキレスも同様であった。
病を理由に姿を消した前教皇、カインの意向により葬儀は行われていないが、その生存は関係者の間では絶望視されていた。
「どちらで⁉ ご様子は⁉」
「その手紙に全部書いてあるよ、カインたちと知り合いだって言ったら、渡してくれって」
尚も問いつめようとするカインは、手紙を受け取って詰問を中止した。説法の時間ということもあるが、彼の知るアンジェラは一語一語が簡潔で無駄がなかった。手紙にすべてがあるなら、その通りに受け取るべきなのだ。
「ありがとうございます」
「いや、たまたま会っただけだから」
ジャックも敢えて言わなかった。それが彼女との約束だった。
「それじゃ……またな、みんな、ミランダ」
「ま、待って下さい、どちらへ?」
「大隊長のところ。それに、お祈りの時間なんでしょ?」
引止めたい理由は山のようにあったが、大隊長の名を出されるとミランダは引き下がらざるを得なかった。
彼の所属する戦士ギルドの長である。形態がどうなっているかはわからないが、挨拶へゆくのは自然なことであったし、ミランダは説法、さらにいえばゴドウィンを追わなければならなかった。
「それならナルシェに会ってあげて」
不意に、アディーナがそう声をかけた。エレナの双子の妹で、鏡に映したかのように姉と似通っている。
「ナルシェ?」
「あの後、戦士ギルドに入ったの。ヘクトンにいるわ」
「ジャーバス隊長の? そっか……病気は治ったんだな」
「手術がうまくいったの」
「わかった」
ジャックは一礼して礼拝堂を後にした。その後の説法に、信徒は勿論カインですら身が入らなかったのは言うまでもなかった。