少女以外の全員が、何が起きたのかわかりかねていた。
だが、たとえわかっていても、少女の動きに対応できていたかははなはだ疑問である。
「ぐえっ⁉」
もう一人の騎士も、『放り投げられた』。成人の男性、しかも鎧をまとっているにも関わらず、まるでボールのように『モーフ医院』の屋根まで跳んで、叩きつけられてそのまま動かなくなっていた。
混乱する周囲の中、少女は微笑のままエレナへ手を伸ばしていた。そのままであれば、首を捕えていただろう。
「!」
それを止めたのはミランダであった。止めたと言っても、両手で彼女の片腕を抑えようとしたが果たせず、僅かに鈍った動きのおかげでエレナが後退する隙を作ったに過ぎなかったが。
「お手をお放しください」
「だ、駄目です、エレナさんたちにも手を上げる気でしょ?」
「先に向かって来たのがこの方たちです」
なんとかミランダは少女をエレナたちから引き離そうとした、対立する派閥に属し、個人的にも好感を持つ相手ではなかったが、傷つくのを黙って見ていることはできない。
「お放しください、あなたを傷つけたくありません」
「じゃあ、エレナさんたちも傷つけませんか?」
「それは無理ですね」
こうしている間にも、少女はエレナへ迫りつつあった。もう、ミランダは羽交い絞めにせん勢いであったが、それでも全く制止することができない。
「止めろ」
「大事になるぞ」
戦士ギルドの二人も加わったが、少女の勢いはやはり衰えない。ミランダはともかくとして、大男のガレスとアルドーが組み付いているのに苦にもしないのは、恐るべき怪力であった。
エレナも逃げればよいのだが、アナスタシアの命令という絶対的な服従対象を前にそれが出来ないでいた。
「姉さんに手を出したら許さないわよ」
ついにアディーナまで、少女の凶行阻止に加わった。
傍目には幼い少女に大勢が殺到している風景にしか見えなかったが、内情は一人の少女にこれだけかかっても楔になっていないという異常事態なのだ。
「アータたちなにしてるの! さっさとひっとらえなさい!」
アナスタシアががなり立てるが、ミランダらはあっさり弾き飛ばされてしまった。
「あ……」
「大丈夫です、神は改心した方には無上のお辞儀を―」
「こっちよジャックさん!」
「なんだなんだ……おおっ⁉」
やや間の抜けた叫びが響き渡る、サイネリアに引っ張られたジャックが、この場に到着したのだ。
「ミランダ? ガレスに……って、お前はホリィ‼」
「まあ、ジャック様」
ホリィと呼ばれた黒服の少女は、エレナに伸ばしていた手を引っ込め、ジャックへ恭しく頭を下げた。
「お久しぶりですね」
「おまっ……あ~……、よっしゃ……、とりあえず、サイネリア、皆を手当して……騎士もいんのかよ⁉」
「アータ! 知り合いなの⁉ こんの生意気な子を捕まえなさい!」
「わかったから! まずは―」
「ここか!」
「仲間がやられてるぞ!」
「レナード団長に報告しろ!」
恐らく周囲の誰かが通報したのだろう、騎士たちも集まって来て周囲はごった返し、ますます混迷を極めていくのだった。