結局、レナードまで出張って来て、ジャックは釈明にてんやわんやさせられる羽目になった。
どうにか彼をなだめると、次はアナスタシアが待っていた。『オラシオン教団』の彼女の部屋で、文字通りの傍若無人を鎮静化させるのにはひたすらにへりくだるしかなく、ようやく彼女が満足して去っていく頃にはすっかり夜も更けてしまっていた。
「あ~……疲れたあ……」
「おいたわしやジャック様、癒して差し上げましょう」
そう言って、部屋から出て来た少女ホリィは手を合わせて、ジャックへ『奇跡』を施した。
『オラシオン教団』で広く普及しているものと原理は同じで、信仰の力をもって、治癒や攻撃、かく乱を起こす技術であったが、彼女のそれは神々しい光を放つのではなく、禍々しい黒渦を巻き起こしていた。
それでいて、カインやフェルナンド、フローラに劣らない治癒力があり、ジャックは確かに身が軽くなるのを感じるのだった。
「神の力を感じますか? よろしかったらぜひ信仰を―」
「しねえよっ、大体な―」
「ジャック」
「え? うおっ?」
ジャックは思わず居住まいを正した、教皇カインとアキレスが、すぐそばにいたからだ。
「遅くまでご苦労様です、そして……あなたがホリィですね?」
「まあ、わたくしの名前をご存知で?」
「エンジェラ様からの手紙にあなたのことが」
「エンジェラ様! では、あなたが教皇カイン様ですね」
ホリィは頭をさげた。礼儀作法にのっとっており、その姿勢にはわずかの邪念も感じられない。
「お目にかかれて光栄です」
「私もです、ホリィ。エンジェラ様から、あなたが『教団』を訪れた際は礼を尽くして欲しいと言伝を受けております。部屋を用意しておりますので、滞在中はそこへ」
「お礼の言葉もございません、ですが、わたくしはジェック様のお家でお世話になる予定でして」
「ちょっと待て! 聞いてねえぞ!」
「ホリィ、ジャックは今多忙を極める身です。彼を慮るなら、『教団』でお過ごしなさい」
「……かしこまりました、では、お言葉に甘えて」
「本日は休むと良いでしょう」
「はい、では、ジャック様、また明日」
「……ああ」
音もなく歩いて扉の奥へと消えていく彼女を見送った後、カインはやや険しい顔でジャックに向き直った。
「ジャック、少し確認したいことがあります」
「うっす」
「彼女は、『鉄腕の聖女』で間違いないですね?」
ジャックは頷いた。
「つーか、俺が一緒にその現場にいたっす」
「お前が? 『サガルヴィアの宣教』に?」
アキレスが声をあげた。『サガルヴィアの宣教』というのは、とある王国を一人の少女と少年が制圧し、少女が信奉する狂信に染め上げたという事件のことだ。
あくまで小国であり、そもそも荒唐無稽な内容とのこともあって、ここラジアータでその噂が流れて来た時もほとんど関心を集めてはいなかった。
だが、『オラシオン教団』には無視できぬことだった。
「いや、殺されそうになったから必死にやってたら、そうなったっていうか……」
「話題に事欠かんな」
「そこに、エンジェラ様が?」
「いや、最初俺捕まって牢屋に入れられて、何もしてないよ? そこにホリィと、隣りに女の人がいて……色々あって、脱出して、その女の人がエンジェラって名乗って、カインにって手紙を、さ」
その一件を子細に語れば、一晩は余裕で過ぎてしまうだろう。ジャックは出来るだけかいつまんで冒険譚を説明した。
「エンジェラ様が……」
「そう言ってただけなんだよ、俺その人の顔わからないし、手紙だって……」
「いえ、間違いなくこの文面はエンジェラ様のものです。……お戻りになられないということは、それだけの理由があるのでしょう……。わかりました、彼女のことはこちらで預かりましょう」
「大丈夫?」
ジャックには珍しく、『オラシオン教団』を心配した。短期間行動を共にしたが、ホリィは『少々』危険な少女だ。
「ご心配なく」
教皇カインにこう言われれば、ラジアータの住人ならば1も2もなく納得しただろう。それだけの手腕とカリスマ、人徳が彼にはあった。
しかし、『鉄腕の聖女』を知るジャックには、それでも不安をぬぐえなかった。