ジャックは少し休みたかった、『火龍』の一件からそれほど日は経っていないし、妖精たちの動きも無視できないが、幸いにもまだ動きは確認されておらず休息をとるにはちょうど良い機会だった。
「ジャック様、おはようございます」
「う~……」
そして、そういう時に限って休息は妨げられるものだった。
ようやく空が白み始めた早朝、ジャックの家を叩く『聖女』の声がした。
「なんだよお……」
「一緒にお祈りに参りましょう」
「やだっ、俺信者じゃないもん」
「いけませんよジャック様、信仰とは日々を生き抜く糧となるのです」
「どうしたのジャック? あら、『オラシオン教団』の方?」
休息が取れないのには、エアデールの存在もあった。上京以来ジャックの家に泊まっている彼女だったが、何しろ几帳面でしっかり者であり、夜更かし寝坊を許さず食事や作法にまで口出しし、要するジャックは実家での(まっとうだった)日々を強いられているのだ。
「おはようございます、ジャックの姉、エアデール・ラッセルです」
「まあ、ジャック様にお姉さまが? 私、ホリィ・ファームと申します。ジャック様とはかねがね―」
「もういい、ほら、お祈りだっけ? 行こうぜ」
ジャックは強引にホリィを連れて外へ出た、姉と話されるとまたややこしくなる。『サガルヴィア』のことは明かしていないのだから。
「こら、ジャック!」
「夜には帰るから~」
エアデールはジャックの後ろ姿に溜息をついた、勉強や家事をさせようとすると、いつもああやって逃げ出していた。あれから何年も経ち様々なことがあったが、彼女にはジャックは昔のままだ。
「しょうがないんだから」
父母は逝き、弟だけが彼女に残された家族だった。お節介と言われるかもしれないが、ジャックを放っておくこと等彼女には出来ない相談なのだ。
「あーあ、なんで俺がお祈りなんか」
「お祈りは一日の始まりですよ」
ジャックとホリィは、まだ人の気配が希薄な早朝のラジアータを歩いていた。
「あれだけ言ったのに、やっぱりジャック様は信仰に目覚めておりませんね」
「目覚めるわけねーだろ」
何しろジャックは、神が作るところの『トゥトアスの秩序』に翻弄された側である。神にあったことはないが、あまり仲良くできるとは思えなかった。
さらに、ホリィ自身も問題だ。『サガルヴィア』の一件で行動を共にしたが、彼女の布教は要するに、反対者を腕力で黙らせるというめちゃくちゃなものだった。
ジャックの知る限り、『サガルヴィア』は決して良いところではなかった。牢屋に入れられたのも何もしていないのを無理矢理にだし、アンジェラ(を名乗る女性)他の囚人もいずれも無罪の者たちばかりだった。
そんな王国へ好感は持てず、結果として転覆に関与したことに後ろめたさはない。だが、ホリィは違う。あらゆるものをなぎ倒し、権力者を一掃し、まさに腕一本で国家を自身の信徒としてしまったのだ。
ならない者は滅せられたのだから、そうならざるを得ない。
私腹を肥やしたり、苦行を強いたりはしない、彼女の信じる神と教義は真っ当そのものだが、それだけに一切の迷いがない厄介なものだ。
『ラジアータ王国』でそれが起こらないか? それがジャックの心配だった。