「うへ、なんだこれ?」
『テアトル』に向かったジャックたちは、タナトスから『ヴァレス』の依頼を紹介された。
詳しくは学園へ行けばわかると、言われるまま足を踏み入れば、そこは人食いネズミが行きかう無法地帯と化していたのだった。
「あら! あら! ようやく来てくれたわね!」
受付のローシェが、ネズミを本で押しのけながらジャックを認めて声をあげる。
「え、えっと……」
「ここはいいわ! 食堂をお願い!」
「お、おっす?」
食堂もまた戦場であった。
「きゃー!」
「マリエッタもう動くな! 食器が―あああ!」
「くそ! いい加減にしろ!」
「ネズミは嫌いだよ~」
『ヴァレス』の教授、生徒らが人食いネズミの群れとし烈な争いを繰り広げていたのだ。
本来の彼らは、人食いネズミごときに苦戦する腕ではない。『魔砲』は戦争でも大いに有用だった。しかし、学び舎の中、室内や同僚たちに危害を加えないように、という条件だと、思うように力を振るえない。
デレクら肉弾戦もある程度こなせる者を除いて、皆が右往左往の状況であった。そこにマリエッタ、レオナらの『ドジ』も加わってはたまらない。
「とりあえず蹴散らすぞ」
「かしこまりました」
ジャックはひとまずホリィとともに、ネズミを蹴散らすことに専念した。
「協力感謝するぞ!」
女性と見まごう美貌の持主、『ヴァレス』助教授のフェリックスが狙いを絞った『魔砲』でどうにかネズミたちを仕留めながら、ジャックへ語り掛けた。
「どうなってんの⁉」
「俺にもわからん! 誰かが実験でもして―」
不意にジャックは思い出した。
かつてダニエルと共に、『ヴァレス』で大量発生したネズミの駆除に当たったことがある。
そのとき……
「黄色いデカい奴!」
「はあ⁉」
「黄色いデカいのがいる! そいつがリーダーだ! やっつければ―」
「それは違うね~」
声の主を認めた時、その場にいた全員が固まった。
フランクリン、ではある。それは間違いない。
だが、ずいぶんと風貌が変わっている。一日たりとも手入れを欠かさないと豪語していた顔や髪は荒れ果て、周囲にはしびれネズミ、グンタイネズミが控え、何より頭の上にはキイロオオネズミが乗っていた。まるで密林の動物王者だ。
「まあ、ユニークな恰好ですね」
「フ、フランクリン?」
「リーダーはこの僕さ! そう、この美貌でね!」
「は?」
「理解不能だ」
ヨハンとクローディアの呟きも耳に入らず、フランクリンは陶酔しきって演説を続ける。
「今やネズミたちは僕の意のまま、僕の隠れた才能が目覚めたんだよ! この美貌が魔物をも虜にしたんだ!」
「いや、多分この前のアドルフの薬が……」
「この力をもって、僕は世界を統べる! そう! 僕は『ヴァレス』を越えて―」
「ほりゃっ」
ぽん、と何かがフランクリンに当たった。
もうもうと煙が立ち込め、それを契機にネズミたちに異変が起こった。それまで統制下にあったのが秩序を乱し、てんでに逃げ惑い始めたのだ。
「お、おい?」
「間に合ったわい」
その何かを投げつけたのはアドルフであった。同じようなピンク色の球を何個か持っている。
「何したんだよ?」
「惚れ薬の解毒薬じゃ、ほれほれ」
そういって球を投げると、煙が立ち上がりネズミたちはわらわらと逃げ出していった。
「やっぱ、惚れ薬で?」
「そうじゃ、まったく解毒薬の調合に時間がかかったわい」
「あ、あの……」
「こら! 貴様ら!」
騒ぎを聞きつけたのか、セシルを伴い、『ヴァレス』副学長のカーティスが顔を真っ赤にして現れた。
「助教授! 学院長がお呼びじゃ! 申し開きはそこでせい!」
「わ、ワシは何もしとらん! むしろ事態の収拾に―」
「アドルフ助教授、ここは大人しく学院長に弁明し謝罪すべきでしょう」
密かにライバル視しているセシルからの諫めに、アドルフはぐっと不服を押し出したが、言いようからして抗弁は無意味だと押し黙ることにしたようだった。
「それと貴様も!」
「ええ⁉ なんで俺が!」
「その場におったことは調べがついておる! 観念せい!」
「だってあんなのどうしようもないじゃんか!」
流石に理不尽だと抵抗したジャックであったが、流石に年の功には勝てず観念してアドルフと共に、学長レレ・C・ロスの前に出て『お叱り』を受けた。
ホリィは、ジャックが戻るまで他の助教授、生徒らと一緒に片づけを手伝った。何が起きたのか全く分からなかったが、あの少年のことだ、後で思いもよらないことを話してくれるに違いない。
そう思うと、なんだか頬が緩んだ。
「……シャワー浴びよっと」
(ある意味)一連の騒動の核心にいたフランクリンだったが、誰からも言及されないとみて、全てなかったこととしてそろそろと学園を出、美を保持するために自室へ戻って行った。