『蜘蛛の道』には、元々へドロポンやリトルオイリー、グンタイネズミなど、あまり清潔でないモンスターが多かった。
それが爆発的に増殖する、ということは、すなわち―
「おえええ~」
「ちょ、ちょっと匂いが……」
「……ウプッ」
駆除する側は、すさまじい臭気に苛まれることになる。
いずれも、それほど手ごわい相手ではない。しかし、その数と臭いには閉口させられる。
ジャック、ホリィ、そして感情の起伏に乏しいリーリエですら、悪臭にグロッキー寸前であった。
それでも、流石と云うべきか3人の働きでモンスターたちは目に見えて減っていき、どうにか平静を取り戻したように見えた。
「い、一旦外出ようぜ……」
「賛成ですわ……」
「……ウエッ」
そして、それがこの3人をもってしても限界だった。意見が完全一致した彼らは、出口を目指して重い脚を引きずっていった。
吐き気に加えて頭痛がしてきている。
「う~……」
朦朧とする意識の中、ジャックは地下道に隠れるように存在する、『納骨堂』と『壁画』を思い出していた。
古の英雄・アルフレッドが眠る『納骨堂』。ラジアータ最強の剣士エルウェン、そして『トリトン』隊長アリシアが、深くその英雄と関りがあることは知っていた。
エルウェンは彼の姿をジャックに見出し、アリシアは血と決着をつけるべく戦い、そして敗れ力を貸すと誓った。
『壁画』は、かつてジーニアスに見せられた、『ラジアータ』の歴史だ。
今や下水道の隠し部屋にひっそりとたたずんでおり、その存在を知る者もごく一部。ラークスの命を受け『騎士団』が管理に乗り出し、解析を進めていた。
大地 産声を上げしとき 一対の眼 生まれる
眼 平衡を護り 交互に大地を照らす
定まる大地 繁る森 根ざす塔
四の光り 現れ 大地を照らす光 堅固となる
終焉の日 塔高まり 歪む大地 翳る森
塔の頂 天を突くとき 龍 現れこれを崩す
一言一句、ジャックが憶えているわけではない。
だが、その大まかなところはジーニアスに解説されていた。
人間の歴史は、その隆盛と同時に終焉へ向かっていく。文明が過渡を迎えて大地を蝕むとき、金龍あるいは銀龍によって滅ぼされる。
ジャックには、いや、人であれば受け入れがたい『定め』であった。
しかし、その『定め』もジャックにより砕かれ、新時代を迎えている。誰にも予測できない新たなる―
「ジャック様?」
「うおっ? ど、どした?」
「先ほどから難しいお顔をされていますが、どうかなさいました?」
「あ~……なんでもない」
ジーニアスに会いたいが、彼はまだ戻らない。彼ならば、鎧の男や黒い『龍』たち、そして、少女のこともわかるだろうか?
「……」
「? リーリエ?」
「なにか、いる」
正体を待つまでもなかった。下水から、ヘドロダイルが飛び出してきた。
ヘドロで出来た巨大な体を持った、ワニのモンスター。この付近の生態系の頂点に立つ存在だ。
「……」
リーリエの腕をもってすれば、勝てない相手ではない。きっちりと相手を視認し、しかも構えてもいる。
だがー
「―‼」
「⁉」
『二体目』がいることまでは読めなかった。一瞬の迷いが彼女を硬直させ、交互から迫る巨体が彼女を潰さんと襲い掛かる。
「リーリエ!」
それを救ったのはやはりジャックだった。彼女を抱きかかえつつ、ヘドロダイルの一体を両断する。
しかし、もう一体は間に合わない―
「んあ~」
閃光。
ヘドロダイルの巨体が大きく揺らぎ、すかさずそこを蹴りつけたホリィによって、モンスターは下水へと帰宅する羽目になった。
「間に合ったなあ」
「トニー!」
ラジアータ三大奇人の一人、『下水道のヌシ』トニーだ。その名の通りに下水道に暮らすとぼけた男だが、過去には騎士団に所属していた凄腕の戦士とも言われている。
彼も、ジャックとは顔見知りの間柄だ。
「騒がしいんで見に来たんだあ」
「助かったぜ……っと、リーリエ、大丈夫か?」
「重い」
「うおっ」
リーリエは、ジャックを乱暴に押しのけて立ち上がった。
「ちぇっ、お礼もなしかよ」
ぶつくさ呟くジャックであったが、それが赤らんだ顔を彼から隠すためという、彼女の意に気づくことはなかった。
「……」
ホリィは気づいたようで、心なしか微笑がひきつって見えた。
「おまあらのおかげで、暮らしやすくなるなあ」
「ま、仕事だよ」
「最近は、『騎士団』や『ヴァレス』の連中がよう出入りしとるなあ、あの壁画に何かあるんかあ?」
「! 壁画のこと知ってんの?」
「見たことあるなあ、おっかねえよなあ」
このトニー、見かけによらず中々情報通である。下水を流れて来る新聞や雑誌から、世間のことを頭に入れる。
「『ヴァレス』……」
連想されるのはジーニアス、あの壁画から、まだ何か得られる情報があるのだろうか? 果たして……。