帰宅するために城を出たジャックであったが、その足が向く先は『奈落獣』であった。
そのまま『ヴォイド』の事務所に行って、オルトロスと顔を合わせる。
「これはこれは、『風龍』の討伐おめでとうございます。私どもが安心して暮らせるのも、ひとえに貴方様のおかげでございます。
また、我等の微力な助けを過大に評価いただき、光栄の至りです」
「頼みたいことがあるんだ」
慇懃なオルトロスの挨拶をよけて、ジャックは簡潔に要求を述べた。
リドリー、そして黒い鎧の男の情報を教えて欲しい。
『盗賊ギルド』であれば、何か情報を握っているのではと言う淡い希望だったが、生憎彼の口からは、両者とも正体不明であると決まりきった答えしか出てこなかった。
あるいは、故意に何かを隠しているのかもしれない。であっても、それには彼らなりの理由があり、例え腕力に訴えても聞きだせるものではない。
今後、新情報が入り次第知らせるとの言質をとって、ジャックはクラブ『ヴァンパイア』へ腰を降ろし、ダンの作る料理をぼうっと眺めていた。
「覇王―っ‼ クッキングファイティング‼」
空腹であった。『ビギン食堂』は言わずもがな、『カンちゃん』も閉まっている。とすると、食事をするならここしかない。
深夜とあって、『ヴォイド』の面々は『本業』に出ているのか顔を出さない。カジノも今日は閑古鳥が鳴いているらしく、シルビアが欠伸をしながらチップを磨いていた。
「ぼくにも同じのを、彼のおごりで」
ひょいと、ジャックの隣りにヴァージニアが座った。
「よお」
「仕事終わりなんだ、いやあ、疲れたよ」
「お待ち、そっちも同じのだな」
差し出されたダンの料理を口に運ぶ。大雑把だが、濃い味付けで中々うまい。
「あららん、デートかしら? アツアツだわあん」
「うっせえよ、飲み物でも持って来い」
サルビアをあしらいながら、ジャックは黙々と料理を平らげた。
「『龍殺し』の英雄さんが、こんな時間に、こんなところでご飯?」
「こんなところとはなんだ」
「食いそびれちゃったんだよ。そっちこそ、こんな時間まで『仕事』?」
「出店の片付けとかあってね、盗賊も楽じゃないんだ」
ふと、ジャックは気になっていたことを尋ねてみた。
「あのこと言わなかったのか?」
「何を? しっかりラークス卿には報告したけど?」
「リドリーと……あの黒い鎧のことだよ」
リドリーは目撃情報がすでに挙げられている。しかし、黒い鎧の男の中身が『ジャック』であったことは、ラークスには無視できぬ話のはずだ。
だが、先ほどの会話ではそれがあがらなかった。隠している、という風でもなく、知らないのだ。
「ああ、そうだったね、ついうっかり忘れちゃったよ」
「何を企んでんだよ」
この『白狼』に限って、善意や思いやりなどということはあり得ない。しばらく一緒にいたジャックには、少なくともそう映った。
「やだなあ、ぼくとジャック君の仲じゃないか」
「変なこというな」
「ははっ、まあ、おいおいね。それにしても、君も隅に置けないね。リドリー君のことなんか何も言ってなかったじゃないか?」
「話すようなことじゃねえもん」
「ま、中々複雑な関係みたいだからね」
オルトロスから何か聞いているのだろうか? だが、実際ジャックとリドリーの関係は一言では言い表せない。
騎士団セレクションで戦い、同じ『桃色豚闘士団』に配属された。反発しながらも互いに理解を深めていたが、クロスの陰謀(ひいては銀龍)によるブラッドオーク襲撃を切欠に団は解散。
ジャックは『テアトル』へ、リドリーは新騎士団の団長となったが、彼女は『霊継ぎ』の影響に悩んだ末妖精たちの元へ走り、人間の敵となった。
片や人類の英雄『龍殺し』。
片や人類の『裏切り者』。
何度か顔を合わせることもあったが、その終わりは『白夜の都』での死別と言う悲劇に終わった。
ジャックとリドリーの間にあったのは何か?
親愛? 友愛? 情愛? 彼自身、未だに問い続けている。
「今度会ったらどうするんだい?」
「わかんねえよ……」
だが、きっと彼の身体は動き剣を振るうだろう。そうでなければ、人々を護れない。
「すべて終わったら、また北の地にくるといいよ」
「もういかねえよ」
「そうかい? ほとぼりが冷めれば、中々過ごしやすいけどね……」
ヴァージニアは、ジャックに体を傾け預けた。
「あそこなら、『龍殺し』でなく、ジャック君でいられるよ」
「俺は俺だよ」
「そうかな……」
『バンパイア』に入ってこようとしたイオンは、二人の様子を見てドアそっと閉じて立ち去った。
そのまま朝まで、ジャックとヴァージニアはカウンターで過ごして、どちらともなく帰っていった。
ジャックは家に一歩足を踏み入れた途端、朝帰りを鬼の顔をしたエアデールに りつけられて、久しぶりに半泣きした。