「そこのお嬢さん!」
「む?」
ナギサが振り返ると、そこに筋骨隆々の男が立っていた。やや後退した額と輝く白い歯、何より筋肉を誇示するようなポージングが目を引いた。
「『テアトル』所属のナギサさんですね?」
「そうだが……貴公は?」
「申し遅れました、武器工房『ジェフティ』社長、ライラック・ジェファーソン。『テアトル』のワルターさんの隊、『クイントム』でコンラッドがお世話になってます」
ナギサにはピンとこない。一応所属はしているが、ジャック以外の隊員の名前と顔はまだまだ一致していなかった。
「そ、そうか、こちらこそ」
そこで調子を合わせてしまうのが彼女の悪いところだ。
「早速ですが、依頼を頼みたいです」
ポージングをしながら、ライラックは宣言した。
「モデル?」
「うむ」
昼時、客で賑わう『ビギン食堂』の一角で、ジャックとナギサはそんな会話を交わしていた。
「モデルって、何すんの?」
「武器を持ち、指示された姿勢をとり、それを図写すると」
「ふーん、で?」
「タナトス殿に確認したところ、正式な依頼として受理されたそうだ。報酬も申し分ない」
「じゃ、いいじゃん」
「……一緒に来てくれぬか?」
「え、なんで」
「わしはライラック殿を良く知らんし……もでる、というのも初めてなのだ」
「大丈夫だよ、コンラッドの父ちゃんなんだから。……あんまり安心できねえか」
「なんだよーそれー」
別席のコンラッドから不満の声があがった。
「相応の報酬は払おう」
「ん~、それならいいけど……でもさ、何か納得いかないよな」
「?」
「最初にさ、俺に話が来るんじゃない? 結構すごいんだし」
「前に、大隊長とアリシア様に似た様な話が来た」
グレゴリーが告げる。
「そうなの?」
「無論、お二人とも断られたがな」
「じゃあ、ますます俺に話が来るべきじゃんか」
「モデルとして問題があるんじゃないでしょうか?」
ゴードンがからかうように言うと、周囲から笑い声があがった。
ジャックはぶすっとしつつ、茹でた芋にフォークを刺した。
「はい、いいですよ! そのままそのまま!」
「こ、こうか?」
結局、ジャックはナギサに従い、『ジェフティ』の工房へ足を運んだ。実家とそん色ない大きさの一室へ案内され、モデルとしての写生が始まった。
当初、ジャックはその光景を興味深げに眺めていたが、すぐに退屈して鍛錬を始めた。武器を構えたナギサを、絵描きが描写するだけで動きもほとんどなかったからだ。素早く、しかも緻密に描画する絵描きの技術には感心したが。
だが、最後の製品が運ばれてきた時、流石の彼も呆気にとられた。
「こ、これを着るのか⁉」
それは、アリシアのウィンドガープをさらに小型化した……言ってしまえば、ほとんど下着か水着かという代物だった。リンカのスティールガード並に、防御面積が小さい。
「我が社の最新モデルです! 『ヴァレス』の協力を得て作成した、防御力は従来の防具の10倍でありながら、重量は10分の1という逸品!」
「『ヴァレス』の誰に手伝ってもらったの?」
「モルガン教授、アドルフ助教授が中心のチームです」
「……」
信頼してよいのだろうか?
「ちょ、ちょっとこれは……」
「我が社の一押しなんです! エルウェン大隊長やアリシアさんに着てもらいたかったのに、断られた!」
「だろうね」
アリシアはともかく、エルウェンは絶対に応じないだろう。
「だから、ナギサさんに依頼したんです! お願いです! 報酬に加えてそのモデルも贈呈します!」
「い、いらん!」
いくら高性能であろうとも、この恰好で戦場に出る度胸は彼女になかった。
「どうか!」
「無理だ!」
「お願い!」
すったもんだの末、根負けしたナギサは依頼人に誠実であることを選んだ。
顔を真っ赤にしながら、防具へ着替えてポーズをとる。いたたまれなくなって、ジャックは席を外そうとしたが、彼女はそれを許さなかった。
こうしてできた『ジェフティ』新製品の広告は、売り上げの上昇に貢献しただけでなく、広告そのものが好事家の間で評判を呼んで、時として製品そのものよりも高値がついたという。