「はい? あら、あなたは……」
「おはようございます。『桃色豚闘士団』副長、ジャック・ラッセル殿はご在宅でしょうか?」
「げっ、姉ちゃん塩まいてくれ塩」
「こら、失礼でしょ」
早朝、アルの訪問を受けたジャックは、早速彼を威嚇した。
「騙されちゃいけないよ、こいつはスゲー嫌な奴なんだ」
「こほん、心外ですな」
「取り繕ってんじゃねえよ。で、何なんだよ」
「ジーニアス様の面会謝絶が解かれまして、ジャック様をお呼びです」
「お!」
待ちに待った時が来た。だが、続いてアルの口から出たのは思いがけない言葉だった。
「また、『テアトル』預りのナギサ様、同じく『オラシオン』のホリィ様、『ヴォイド』のヴァージニア様にもお越しいただきたい」
「え?」
間抜けな答えは、しかし無理からぬことだった。
城の一室に、彼らは集められた。
ジーニアス、国王、ラークス、ナツメ、レナード、ジャック。
そして、ナギサ、ヴァージニア、ホリィ。
「なぜわしらも?」
「俺が聞きてえよ」
こほんとナツメが咳ばらいをした。
「それでは、ジーニアスさん、初めてください」
「はい、まず、この場を設けてくださったことを感謝します」
ジャックは口笛を吹きそうになった、この傲慢な天才が礼節を尽くすのを見るのは初めてだった。
「この度集まってもらったのは、ラジアータ、ひいてはトゥトアスに起こる異変とその対策について情報を共有するためです」
「一体何が起こっているのだ? 龍は復活したのか?」
「ジオラス王、あくまで仮説となりますが、これは言うなればせき止められた川の流れが元に戻ろうとしていると思われます」
「……? ああ、そっか、そういうことね」
「お前絶対わかってないだろ」
「……わかりやすく言い換えましょう、トゥトアスの秩序が修正されているのです」
「?」
「ジーニアスさん、続きを」
「はい、そもそも秩序と言うのは、金龍と銀龍による人類文明のリセットなのです。前回……すなわち、銀龍の目覚めによる文明破壊は500年前」
ジャックの脳裏に壁画が浮んだ。
「この様を記したのが例の壁画なのですが……僕は最初にこの壁画に疑問を抱きました」
「どういった疑問ですか?」
「すなわち、これを記したのは誰であるかという点です」
「そんなの昔の人に決まってんじゃん」
「あのなジャック、聞いてなかったのか? 人間は皆殺しにされてるのに誰が―」
「けどさオッサン、皆殺しにされたらそこからここまで増えねえじゃんか」
「オッサン言うな!」
「レナード!」
「す、すいませんナツメ殿」
叱られて、レナードは頭を下げた。
「こほん……だが、今の発言は正鵠を射ている。銀龍と金龍による文明のリセット、人間の皆殺し。であれば、500年前からどうやって、今日にまで人口は回復した?」
「そりゃあ、産めよ増やせよでしょ」
「な、ななな、なんてことを言うのだ!」
ナギサが真っ赤になって抗議した。
「そうだ、人間は繁殖しなければ増えない。つまり、皆殺しとは言っても、本当の意味での殲滅ではなく、文明を維持できなくなるほどに人口を激減させていたというのが真実だ」
「そうだよな、だけどさ、それと壁画がどう関係あるんだよ?」
「文明を維持できない程の大虐殺が起きた直後に、壁画を残す余裕があるとは考えずらい。それに、描かれている内容が詳細すぎる。恐らくこれは、銀龍自身が描き残したんだ」
「どうしてそんなことを?」
「銀龍、すなわちルシオンは銀龍は人間に好意を抱き、また眠りにつくことを嫌って、そのシステムの破壊を目論んだということですね」
ラークスの言葉にジーニアスは頷いた。
「そうです。だが、知っての通りそれはうまくいかなかった。業を煮やした銀龍は、人の姿を借り、ルシオンとして王国に入り込んだのです」
王とラークス、ナツメには嫌でもルシオンの姿が去来した。非常に有能な文官であり、ジャスネの腹心として妖精との融和政策を進めていた。
当時は、その真の姿が銀龍などとは想像だにしなかった。
「ケアン・ラッセルによる水龍討伐が、恐らく切欠だったのでしょう。それからほどなく、ルシオンは台頭してきた」
「どうして父さんが切欠になるんだ?」
「歴史上、龍を討伐した最初の人間だからだ。つまり、それだけ人の力が強くなっていたという証明になる。そこに賭けたんだろう。いくつか矛盾した行動が見受けられるが、これは恐らく銀龍の本能と欲望のせめぎ合いだな」
「銀龍のことはわかった、して、今現在それがどう作用しておるのだ?」
「その銀龍も金龍も滅ぼされてしまいました。ですが、秩序はどうなります? 水が高きから低きに流れるように、秩序が消失してしまったトゥトアスは? ここで、最初の水の流れのくだりを思い出していただきたい」
「あるべき姿に世界が戻ろうとしている、そういうことですね?」
「はい、それを成さんとする者まではわかりませんが……それこそ、イセリア神、セレスタ神なのかもしれません」
ジーニアスの言葉には苦さが混じっていた。明晰な頭脳を持つ自分が、「神」という存在に言及せねばならない、それは敗北に等しい。
「そしてもう一つ、他国についても仮説が立ちました」
「他国ですか?」
「調査の結果、ラジアータ王国以外では、あまりにも妖精と龍の影が薄いことがわかった。ナギサ嬢、ヴァージニア嬢、ホリィ嬢、その通りだね?」
「む……異国には龍という強大な魔物がいるとは聞いているが」
「妖精とは「商売」してないんだよね」
「トゥトアスに生きるものすべて、神の作りたもうた宝石なのです」
「妖精はともかくとして、龍の存在が希薄に過ぎる。恐らく、滅びの派生は王国を中心に起こっていたんだ」
「なんで?」
「これも仮説だが、王国の技術進歩、すなわち発展がトゥトアスの最先端だからだろう。『ヴァレス』があるしな」
「我が王国が……」
「ですが国王、もし、滅びを食い止めることができたなら、世界もまた免れるという証明になります。秩序に翻弄されるままであった我々が、より飛翔できるのです」
「うむ……」
皮肉にも、この現状を誰よりも歓喜しただろうはルシオン(銀龍)であった。
自らの望んだ未来のために、自らを贄とせねばならなかった。果たして銀龍はどう思うのだろうか。
「し、失礼します!」
不意に、泡を喰って騎士が飛び込んできた。
「どうしたのです?」
ラークスは彼の無礼を咎めはしなかった、それほど、彼の様相は切羽詰まっていたからだ。
「りゅ、龍です! 地龍が現れました!」