ドワーフたちにとっては、またとない好機だった。『地龍』を押すことに専念している人間たちは無防備、ここで攻撃を集中できれば形勢は逆転する。
だが、好機は彼らの手をすり抜けていった。
「妖精たちに攻撃の隙を与えるな!」
カーティスの檄で、『ヴァレス』の面々は最後の力を注ぎ込んだ。フェリックスの『コールドアロー』が、ジルの『アースブレイク』が、ディミトリの『ダークメテオ』が、これが仕舞とばかりに妖精たちへ襲い掛かった。
ドワーフたちは身を守るのに精いっぱい、ゴブリンは統率を失い右往左往。その短い間、ジャックたちは『押す』ことに全力を注ぎ込めた。
「―‼」
巨山が揺らいだ。
『地龍』は踏みとどまろうと努力したが、奈落の『へり』が体重を支え切れず砕けると、その巨体は大きく傾き、ついには暗黒の底へと落下していった。
たっぷり、5呼吸を置いて、大地を揺れが襲った。その場に立ち続けるのも困難なほどのそれは、やがて収まり後に静寂が残った。
「地の底に、『地龍』が落下したようだ」
ジーニアスが呟く。大多数は興奮による思考の麻痺で、少数の者は『地龍』が這いあがって来るのを警戒して、呼吸も忘れていた。
妖精たちも同様だった。
やがて、立ち上がったジャックは、鎧を解いて、『魔剣グラム』と『アービトレイター』へと武器を構え直すと、凍り付いていたドワーフらへ向かった。
全身血まみれ、あざだらけの姿は、さながら戦鬼であった。
「『地龍』は倒したぞ」
ややあって、ゴンドノビッチが呆けたように口を開いた。
「ボイド様……」
「違うよ……龍じゃない……何かだ」
「……ジャック、ジャックよ、お前さんらはなんなんじゃ? 娘っ子……リドリーと一緒にお前さんが来て……ボイド様に変わって……」
「俺もわかんねえ、でも……俺は俺だ。……また、ドワーフたちと仲良くできるなら……それでいい」
「ゴンドノビッチ殿、『地龍』は斃れました、どうかお引きください。そして後日、改めて外交を開こうじゃないですか」
「私からも、改めてお願いいたします」
ジャックか、ジーニアスか、ガンツか、いずれかの言葉か、あるいは『地龍』の打倒がきっかけとなってか、ゴンドノビッチは残ったドワーフ、ゴブリンらとともに、退却を始めた。
「レナード団長! 今こそ追撃の時です!」
「こちらには騎士や戦士ギルドの面々が無傷で残っています! 殲滅の―」
「ふざけんじゃねえ‼」
ジャックのすさまじい怒声は、王国全土へ響き渡るようだった。
追撃を具申した騎士たちはもちろん、集っていた面々も沈黙し、ヨハンやアデルに至っては迫力に若干目を潤ませた。
「ジャックさん、安心してください」
ガンツだけが、変わらずにいた。
「レナードさんも、ラークス様も、そんなことするものですか」
「……すんません」
ようやく、ジャックは剣を降ろした。
「いえいえ」
「……もう、戦いは終わりですね?」
「はい、ジャックさんのおかげで、無傷とはいきませんが、ラジアータも皆さんもご無事です」
「そうっすか……それじゃあ、ちょっと休むっす」
それきり、ジャックは動かなくなった。
サイネリアが慌てて駆け寄り、立ったまま彼が気絶していると認めると、アキレスらが抱きかかえ、そのまま『モーフ医院』へ全速力で運んでいった。