【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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十二 恐怖の根源

 

 

 よくあることだった。

 

 彼女がスラムで生活していて、ボクがスラムに流れ着いて、そんな二人が出会うこと。

 

 彼女の体が源石に侵されていたこと、ボクが大人になりきれなかったこと。

 

 スラムにいた子供がいつのまにか死んでいること。仲間の死に対する悼み方を知らないスラムの子供が考え方を大きく変えること。

 

 運が良かったというだけで、命を繋ぐこと。

 

 よくあることだった。

 

 

 その『よくあること』が、どうして彼女には牙を剥いて自分には優しかったのか。

 

 そうして世を憎むこともまた、よくあることだ。

 

 

 

 アビスが契約破棄の嘆願をドクターに叩きつけた。嘆願というには些か入室時の礼儀がなっていなかったが、それを無視されるくらいにアビス自身の様子は変だった。

 

「辞める」

 

「いやいやいやいや」

 

「ドクターは書類にサインするだけで良い。オペレーターの嘆願を聞き入れるだけでいい。簡単なことだろう?」

 

「……あっ、ミックスサラダ取ってきますね」

 

 ドクターは、睨みつけてくるアビスにほとほと困り果てた。

 軽はずみに脱退するような人柄でないことを理解しているが、今この場でドクターから言質を取ろうとしている時点でアビスはかなり追い詰められていると分かる。

 まあ、アビスの不穏な部分を知らないハイビスカスのような人からすれば全く理解が追いつかず慌てるだけだろうが。

 

 今のハイビスカスも、一見我に返ってさっきまでしていた話の続きであるセリフを吐いたように見えるが、その実ダッシュで廊下を駆けて行った。

 

『ラヴァちゃ〜ん!!』

 

 ドアの向こう側に逃げたいと思ったドクターはアビスの目に牽制され、浮かせていた腰を再度椅子へと落ち着けた。

 

「あー、それで。建前は?」

 

「鉱石病治療のリターンと任務危険度のリスクに関してリスクがリターンを上回っていると判断した次第……とでも言っておけば良いんじゃないかな」

 

「本音は?」

 

「殺したいけど殺せないオペレーターが居る。ボクはそのオペレーターを殺す必要があるのに殺せない。返り討ちにされて死ぬ訳にもいかない」

 

「それで、どうして辞めるなんてことになったんだ」

 

 ドクターが当然の疑問をアビスにぶつける。

 

「許せないんだ。殺したいそのオペレーターが然も当たり前のように息をしていることが、それをボクに止める力がないことが、どうしても許せない」

 

 アビスは顔を歪め、忌々し気に吐き捨てる。

 

「だから──忘れるしか、ないんだ」

 

「……後方はどうだ」

 

「全く意識しないで生活できる?」

 

「無理だな。確かに、ロドスを辞めなければその殺したいオペレーターとやらを忘れることはないだろう」

 

 特に下調べもせずにピンポイントで地雷を踏みやがったな、とドクターはそのオペレーターを恨んだ。殺意を向けられたであろうオペレーターは不憫であるが、それ以上に面倒なことになった。

 

 

『さて、私の権限を使ってアビスの記録を見たということは、アビスの取り扱いに関しては、以降私の意見を仰ぐべきだ。そうだな?』

 

『あっ、はい』

 

 

 ケルシーを呼ぶ必要がある。呼ぶ義務を取り付けられてしまっている。そしてアビスがそれについてどう思うかは度外視するとしてもまず間違いなくケルシーはアビスの離職に異を唱えるだろう。

 本音の部分を聞くべきではなかった。アビスが建前を用意していた以上それの持つ問題も見越せただろうに、これではケルシーから問われた時にドクターは隠し立てのしようがない。

 ケルシーの動向を知らないアビスには仕方ないかもしれないが、どうせなら本音を隠して欲しかった。

 

 稟議書を提出してアビスを突き返すのはどうか。そんな対応でアビスが納得する訳がないか。

 理由が不十分だと時間を置かせるのはどうか。建前のことを言われればロドスは加害者とも取れる。あまり良い構図にはならないだろう。

 あのオペレーターを引き合いに出すのはどうだ?いや、それでも今のアビスを止めるには及ばないだろう。

 

 ケルシーに伝える時間が欲しい。

 アビスを待たせる理由が欲しい。

 

『ドクター、開けて!』

 

 どうやらハイビスカスが丁度良く助けを寄越してくれたらしい。

 

「どうぞ、入ってくれ」

 

「アビス!」

 

 入ってきたのは一人のオペレーター。いつもは白を基調とした服装と黒一色に染まった弓の対比が特徴的なそのオペレーターは、今に限って言えば黒一色(『遠望』コーデ)だった。

 顔に着けていた黒いマスクを外すことなく、そのオペレーター──エイプリルはアビスに詰め寄った。

 

 何かを言おうとして、エイプリルは何も言えなかった。

 

「気に止む必要はないとボクは思う」

 

 彼女から視線を外したアビスが呟くようにそう言った。ドクターが小さく驚き、エイプリルはその真意を探ってかじっと見つめている。

 

「ロドスでも、他でも、死はありふれている。自分の責で誰かが死のうとも、直接的でない限りは普通自分のせいだとすら考えない」

 

 だから。

 

「誰かの死を割り切れることこそ、上手く生きることの条件になると思ってる。寂しい考えかもしれないけど、そのために弔いなんて考えがあって、葬式なんて行事があるんだ」

 

「でもアビスは割り切れてないでしょ」

 

 余韻を無にして、エイプリルの目がギラつく。ケルシーへの連絡を終えたドクターはそろそろ退散しても良いのではないかと思い始めていた。撤退は時として作戦の肝となり得るのだ。ああいや、今回は出口戦略でもなんでもない、ただの遁走だが。

 

「その通り、ボクは生きるのが下手だった。だからエイプリルにはボクのようにはならないで欲しい」

 

「何言ってるのか分からないけど、人生はまだまだこれからだよ。自分のものがもし短かったら延ばす努力をして、できなかったら人を頼るの」

 

 アビスの襟元を引っ掴んで、エイプリルは熱の篭った声で言う。

 

「だから、簡単に諦めないで」

 

 ハイビスカスがどんな説明をしたのかドクターは強く興味を惹かれた。いや、恐らくでいいのならば推察はできる。ワルファリンから伝達された源石融合率の数字と、辞めようとしていることを伝えただけだろう。

 それが即ち死を意味するということも、早計でなければ過度な心配でもない。ロドスを出たアビスは近いうちに死ぬだろう、それも一年と経たないうちに。

 それを知っているエイプリルの手に力がこもってしまうのは、どうしようもないことだろう。どうしようもなく力がこもるくらいには、エイプリルはアビスを嫌っていないのだから。

 

 四つノックの音がして、執務室の扉が開いた。

 

 そしてその扉を開いたフェリーンの眼光が鋭いことを確認するや否やドクターは執務室の机に隠れた。Mon3trの爪がにゅっとドクターの横に生えてきた。ドクターは机からそっと離れた。

 

「状況を説明しろ」

 

「あっ、はい。現在アビスは誰かに地雷を踏み荒らされたと思われます。しかしそのオペレーターはアビスより強く、であるからして死ぬ訳にもいかないアビスはそのオペレーターを忘れるためにロドスから離れたいとの嘆願が上がっています」

 

「矛盾しているな」

 

「はい?」

 

「退出を許可する」

 

「よっしゃあ!!」

 

 

 

 アビスはエイプリルと数十秒ほど目を合わせ、伏せた。先と逆転したように、アビスは沈黙しエイプリルが言葉を待つ。

 そして先とは全く違う存在が一人、間に割って入った。

 

「ゴホン、少しいいか?」

 

「ケルシー先生。今は、その……」

 

「ああ、おかしい。なぜアビスはそうも矛盾したことを言っているのか」

 

「えっ?」

 

「とりあえず聞け」

 

 二人の視線がケルシーを射抜く。

 何が言いたいのか分からないエイプリルがアビスの襟から手を離して、話を聞く態勢ができた。

 

「私はドクターから、死ぬ訳にもいかないからロドスから脱退するのだと聞いた。自分が返り討ちにされたくないのだとな」

 

「……それが何か」

 

「おかしいだろう?」

 

 ケルシーが笑う。

 まるで嘲笑うかのように吊り上げた目で。

 

 一つ息をついて、ケルシーは顔を元に戻す。

 

「ロドスから抜ければすぐに死ぬ。アビス、お前の体は源石に蝕まれて朽ちるだろう。これは絶対だ」

 

 エイプリルが拳に力を入れた。

 まるで何かから耐えるように、強く。

 

「さて、お前のことだから一度は直々に殺そうとしたはずだ。そのオペレーターに刃を向け、冷え切った殺意で押し潰そうとしたはずだ。そしてそれは届かず、結局敗走することになった」

 

「だから、それが何?」

 

「お前は何故()()()()()()()()んだ?」

 

 エイプリルが勢いよくアビスの方に顔を向けた。

 返答はない。その表情はひどく困惑したもので、アビスですらケルシーの言葉が分かっていなかった。

 

「ずっと、だ。お前はずっと自分のアーツを使い続け、その鉱石病を進行させ続けた。態々一人で任務に赴いて、まるで鉱石病を進めさせるように」

 

 お前何やってんだ、と小さく脇腹を殴っているエイプリルに反応することなく、アビスはケルシーの発言に呆けている。

 

「私がビスケットを渡した時もそうだ。普通の食事ができなくなって、それをいやに早く受け入れていた」

 

「そんな、ことは……」

 

 ケルシーが分かりやすい嫌悪の顔を浮かべた。

 

「鉱石病が大好きで堪らないのか?アビス、お前は自分の体が源石結晶へと変えられていくのが好きなのか?」

 

 それとも、とケルシーがアビスを指で差す。

 

「鉱石病に罹患したきっかけ。それが特別だったのか?」

 

 特別。

 

「特別って、何ですか?」

 

「家族、親友、恋人、誰でもいいが、親密な相手を看取ってしまった場合。それだけならともかく、その亡骸から放出された粉塵に触れて感染した場合──」

 

 ケルシーは決定的に核心へと近づいた。

 

 

「面倒なことに、お前のような、死を恐怖しながらに鉱石病で死にたいと願う傍迷惑な存在が生まれてしまう」

 

 

 

 ボクが、鉱石病で死にたい、だって?

 

 意味が、意味が分からない。

 ケルシー先生は何を言っているんだ。

 

 ああ、確かにこの鉱石病は彼女から受け継いだものだ。崩壊する彼女の遺骸の側で、ボクは感染した。

 だから、なんだ?

 この鉱石病を気に入ってるって?

 

 そんな訳、そんな訳が……

 

 

 

 

 ひどく彼女に似ている。

 

 彼女はコータスじゃない。

 目の色もそうじゃない。

 彼女はボクより背が高かった。

 

 より似ている人を知っている。

 より近しい人を見つけている。

 

 今まで見かけることがあっても感じなかった。

 決してそんなことは思わなかった。

 

 でも、それでも……

 

 知れば知るほど、話せば話すほど。

 エイプリルは彼女に似ていると、感じる。

 

 

 

 

 流れ込む雑念は頭を振って排除した。

 今、反論するために必要なことはそれじゃない。

 

 ただボクは、耐えられないだけだ。

 ボクが彼女をかつて守れなかったように、彼女との思い出をまた守れなかったように感じることが嫌だったんだ。

 

「死を受け入れることは確かに難しいことだろう。Wのようになるケースも、私やアーミヤのようになるケースも、往々にして存在する」

 

 分かってる、分かってるんだって。

 ボクはケルシーよりずっと自分のことを分かってる。そのはずなんだ。

 

 それを口に出そうとする度に、エイプリルの目が視界に入ってノイズが走る。呼吸が荒くなる。

 

 どうにか言葉を絞り出す、よりも前に。

 執務室の扉が開いた。

 

「アビスは、ここに居るか」

 

 サリアがボクを見た。

 そのままボクの方に近づいて──来ない?

 

「相手を尊重することが大事らしいからな。まずはお前の用を済ませるといい。その後で、私は私の用を済ませる」

 

 そう言ってサリアはソファに座った。

 尊重するなら部屋の外で待つのが良いのではと思う。いや、ボクは待ってもらってる立場なんだけど。

 文句を言いたいけど言って良いのか分からない。

 

 しばらく口を動かして……結局ため息をついた。

 

「はあ、もういいか」

 

 なんだか、気が抜けてしまった。

 ケルシーにボクの無意識の内まで言い当てられて、エイプリルに昔の感情を思い出して、サリアに雰囲気を壊されてしまった。

 

 それに、ボクのこれはきっともう隠し通して良いものじゃない。言ったところでどうにもならないだろう、せいぜいボクが『彼女』との思い出を汚されたように感じるだけだ。

 隠してしまいたい。でもここまでロドスを巻き込んでおいて隠し続けるのは違うのだとも思う。逆に、それをどうでもいいと思える自分は確かに存在する。ボクにとって一番は『彼女』で──。

 

 エイプリルと目が合った。

 

 もう一度だけため息をついた。

 大きく、長く、これまで隠してきた何かを吐き出すかのように。

 

「ケルシーの言う通り、ボクは大切な人を鉱石病で亡くして、その時に感染した。それで……」

 

 それで。いや、だから、かな。

 

「彼女を失う恐怖。ボクも彼女のように死んでしまう恐怖。彼女とボクの思い出を侵害される恐怖。綯い交ぜになったボクの恐怖は、驚くぐらい効果的だった」

 

「えっと、何の話なの……?」

 

 あ、エイプリルに説明するの忘れてた。

 

 

 

 一頻り説明した後、ボクはソファに腰掛けた。

 これから、だ。これからボクは、ルールを破る。

 

「ボクはリターニアのある家庭に生まれた」




ドクターの脳内に出てきた「あのオペレーター」は第一章では登場しません。
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