【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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重ね重ね非常に申し訳ないのですが、前話について、手違いで修正前の本文を投稿してしまいました。お詫びにもう一話どうぞ……これくらいしかお詫びの品が用意できないんです……


十六 惑星『テラ』

 指が資料の文字をなぞる。

 昨今では珍しい紙媒体のファイルに、誤字脱字等の確認を終えた紙を入れていく。

 

 十数枚積まれていたその紙の束をファイルに仕舞い終えると、その人物──ケルシーは席を立った。薄暗い部屋の中、近くの同じ色のファイルが並んで押し込められている棚に置いて、珍しいことに伸びをした。

 ケルシーが棚の横へと視線を移した。そこにあるのは、隅から隅まで同じ色のファイルが詰め込まれている、同規格の棚だ。

 更に横へと目を移しても、壁に突き当たるまでその景色が変わることはない。それだけ、彼女が今さっき棚に並べたファイルはずっと前から並べられているということだろう。

 

 ケルシーが現在居る場所は、機密情報保管書庫。ドクターやアーミヤに対してさえも出入りすることに制限を付けている特別区画で、源石機器に頼らない情報の保存場所となっている。

 ケルシーは視線を元の棚に戻すと、先ほど並べたファイルのすぐ隣のファイルに指を引っ掛けて抜き出した。

 

 ペラ、ペラ、とファイルを捲っていくケルシーの手に迷いはない。何と言ってもその記入されている情報を編纂したのはケルシー本人であるから、分厚いファイルから目当ての紙が数秒で見つかったことにも驚きはない。

 

 彼女の指がその動きを止めたのは、つまり探していたのは、とあるペッローの女性から定期的に報告される情報を整理した用紙だった。端的に言えばドーベルマンが教官を務めたオペレーターについての経過報告書だ。

 そしてケルシーの目が捉えた内容は、狙撃オペレーターであるエイプリルについてだった。

 腕時計を確認すると、丁度今くらいの時間帯に訓練を行なっているはずだったエイプリル。ケルシーからしてみればそこまで気にかける対象ではないように思われるが、その脳内に浮かぶのは本当にエイプリルなのか?

 

 答えは、懸念の通り否である。

 ケルシーが頭に浮かべているのは、最近エイプリルとよく関わるようになったヴイーヴルの青年だった。

 自分が受け持つ鉱石病患者であり、余命は数年あるかないかといったものであるから、気にかけるのは仕方がない──という訳でも、ない。

 

 ケルシーの胸中に蔓延るのは心配ではなく、ただの好奇心だった。それも学術的探究心などといった高尚な物ではなく、単純な野次馬根性による好奇心だ。

 

 ケルシーは先日、アビスの転機に立ち会った。それは決して今のような好奇心に駆られてのものではない、と断言できるほどではないが、九分九厘は真面目だった。

 そして、その中で観察できたアビスの目が、今回ケルシーの好奇心を唆ったものだった。

 

 何故アビスはエイプリルを見た時に複雑そうな顔をしたのだろうか、と。

 幸か不幸か、アビスのその複雑な心境は自分以外に漏れ出てはいなかった。恐らくはあの場限りの物だったのだろうから、感情的になっていたエイプリルや一度くらいしか見る機会のなかったサリアには感じ取れなかったのも仕方がない。

 

 そして、そうなると、残るのは自分だけが抱える疑問だった。アビスに聞くのは経験上少し怖いので最終手段に備えておくとして、しかしそうすると、こういった資料を眺めることくらいでしか推理する材料がない。

 少しの心当たりはある。しかしそれはアビスに聞いてみるにはあまりにも地雷の香りが強すぎる。

 

 文字を目で追った。残念ながら、いや当然のことではあるのだが、ケルシーにとって新しい発見につながるものは何一つとして存在しなかった。

 

 裏面を見るために一枚捲った。

 

「……ああ、忘れてしまっていた」

 

 裏面ではなく、次のページに挟まれていた作戦概要書。作戦に参加する予定だったオペレーターは、例のコータスだった。

 作戦の終了予定日は今日。つまり、アビスにとってほぼ一番厄介なあのオペレーターが今日中に、もしかすると既に帰ってアビスに接触している可能性すらある。

 

 まあ、いいか。ケルシーは割り切った。

 正直に言って、あのオペレーターがアビスに執着してもケルシーにとってはほぼ無害である。アビスは嘆きたいだろうが、知ったことではない。

 無視しよう。それが一番自分に害の及ばない未来を招くはずなのだから。

 

 パタンと音を立ててファイルを閉じ、ケルシーは考えないことにした。

 その日アビスがそのオペレーターらと問題を起こし、後々頭を抱えることも知らず、ケルシーはその棚に背を向けて残りの作業に取り掛かり始めた。

 

 まあ、警戒しようがほとんど意味はないのだから、それで正解ではあるのだが。

 

 

 

 

 時は遡り、ロドス艦内。遡った時を簡潔に説明すると、アビスがWに語っていた話の時間と丁度同じものだった。

 そして時刻は夜。アビスが『チェルノボーグ事変』に向けての訓練を開始した初日のことだった。

 

 

 源石灯が明滅を繰り返す。

 エンジニアへと連絡を入れておくか、と思いながらケルシーはアビスへと目を向けた。そこに居るのは、ビスケットを齧るアビスの姿。

 

「アビス、カードキーを渡せ」

 

「どうしてでしょうか」

 

「理由が必要か?」

 

「はい」

 

 通路の中、二人の声だけが響いている。年相応に子供らしく、と言い張るには些か歳を取り過ぎているアビスが我儘を言う。

 カードキー、とは当然のことながらアーツ用訓練室の鍵である薄べったい源石カードキーのことだろう。

 

 ケルシーが少しの間目を閉じて、すぐに開いた。

 

「アビス、理由などどうでもいいだろう。ただ、訓練の必要が消えただけだ。それが変わらない事実である以上、私がNeed-To-Knowの原則を持ち出せば私にそれを知ることが必要だと言わしめる根拠がない」

 

「ええ、そうですね。とても当然の発想です」

 

「ああ、そうだな」

 

 ケルシーが手を出した。アビスは立ち上がってケルシーと目を合わせる。何をしているのか、何がしたいのか。それらをケルシーが把握する術はなかった。

 だが、そのどちらもが、すぐ理解できることではあった。

 

「ボクの死を恐れているんですか?」

 

「───、──」

 

 ケルシーの口が言葉を紡げないままに開閉を繰り返す。それが告げるのは動揺、つまりは図星を突かれただけの分かりやすい反応だ。

 ケルシーがここまで動揺したのには訳がある。例えば、もしこれを言われたのがドクターであればケルシーは特に驚くこともなくそれを認めただろう。それがアーミヤであれば、すぐに次の嘘を吐いたはずだ。

 

「違う」

 

 掠れた、ひどく小さい声が響いた。

 アビスには分からないだろうと思っていた。いや違う、理解していたのだ。アビスはコミュニケーション能力はあれども経験は全くと言っていいほど無い。感情を操るが、実態はただ自分の感情を押し付けているだけだ。

 だから、謀を得意とする彼女自身の抱く感情をアビスが看破することはない。そう正確に理解していた。

 

 だが実際は、アビスはケルシーの持つ感情を言い当てた。そんな芸当が出来るはずもないのに、アビスはそれを言い当てることができた。それは何故か──?

 

 答えは、ただの当てずっぽうだ。

 

「いいえ、違いません」

 

 飄々と嘯くアビス。自分のアーツ訓練を止めていることから、他に使わせたい人がいるのか、若しくは自分の鉱石病をこれ以上進ませたく無いのか、と最初に要求された時点で考えていた。

 前者であるならば隠し立てする必要もない、だが後者ならば僅かな可能性だが秘匿もあり得ることだ。

 例えば、他のオペレーターにPOSやSOAP──要するに看護記録のこと──が割れてしまうことを恐れているのだろうか。それとも、言われてはいなかったが消化器官への源石侵食が危険域に達しているのだろうか。

 

 後者は十分にあり得るが、前者は特に問題ないように思える。まさか孤立している自分がそんな状態だったからと言ってどうかなる訳ではないだろう。

 他にも医療オペレーター達に情報が渡った所でどうと言うことではない。自分の死やそれへの接近がトリガーとなる出来事が何かあるのだろう。

 

 となれば後は簡単だ、曖昧な物言いで勘違いさせるだけでいい。

 

「……理由を説明すると、長くなる。いや、長くはならないだろうが、ここでする話ではない。ついてこい」

 

 ケルシーがアビスを先導していく。

 少しだけ踏み込みすぎただろうかとアビスは自責の念に駆られるが、今となっては後の祭りだ。ケルシーの抱えている過去だって、アビスのものと同じように尊重されるべきなのだから。

 とは言え、実際のところアビスは警戒が過剰な面もある。自分に踏み込まれたくない過去があるからこそそうなっているのだが、それを他人の立場になって考えるという行為を欠かさない。

 まあ、それを自分基準でやってしまうために孤立している部分もあったりするのだが、アビスからすればそれで過去が掘り起こされないのならむしろお釣りが来ると考えていた。そういうとこだぞ。

 

 

 いつもアビスを診察している部屋に案内すると、ケルシーは源石ポットで湯を沸かし始めた。アビスをソファに座らせて、ケルシーは机を挟んでアビスと向かい合った。

 

「少し他愛のない話をしよう。なに、まだ私の整理がつかないのでな……」

 

「構いません」

 

「では、一つ。お前は『外の世界』というものを信じるか?」

 

 突飛な話を始まり方をした。ケルシーからは特に何の反応も見られないが、少なくともアビスはそう思った。

 その話を始まり方は一旦置いておくとして、本題もよく分からなかった。ケルシーは『外の世界』と言ったが、具体的にはどこの──

 

『このテラは、箱庭だ。私は『ケルシー』という役柄を与えられたキャラクターで、それはアーミヤらも同じだろう』

 

 蘇るのは、以前の記憶。

 

『なあ、アビス。お前は一体誰なんだ──?』

 

 そうだ、昔も同じようなことを聞かれた。

 いつのことかは覚えていなくとも、それを聞かれたことはハッキリと思い出せる。

 

「──源石は、万能のエネルギー」

 

 ケルシーは淹れた紅茶を飲みながら耳を傾ける。

 

「源石は物を動かすことができる。源石は物を光らせることができる。源石は物を燃やすことができる。源石は万能のエネルギー源。そんな謳い文句を聞いたことがあります」

 

「間違っていないな」

 

 世界中の移動都市並びにこの巨大なロドスを動かしているのは源石だ。今室内を照らしているのは源石だ。先程沸かした湯は源石によるものだ。

 

「そして、代わりにボクのような感染者が生まれる。源石は万能でありながら、頼り切ることは死を意味する」

 

「それも、間違っていない」

 

「以前の、とある出来事があって悲嘆に暮れていた頃のボクはこう思いました。『ああ、なんて物語チックなんだろう』」

 

 ケルシーの返答はない。いつも通りの鋭い目でアビスを見つめている。それを咎めることもなく、アビスは次を口に出す。

 

「ボクの身に起こったことが悲劇。そう言ってしまいたかった子供の頃、けれどそんな悲劇はこのテラにありふれていることも知ってしまっていました」

 

 言葉や態度にこそ出さなかったが、ケルシーは胸中で同意した。このテラに生きる者の中で少なくない数の人々が悲劇のような過去を持っている。

 

 そしてそんな中で──ケルシーは詳細を知らないが──アビスは割合運が良かった。両親が殺された時に自分が生き延びたこと、スラムでの暮らし方を知っていたこと、拠り所ができたこと、そして力があったこと。

 それでも、アビスは自分がステージで悲劇を演じているのだと疑わなかった。当人にとっては、それ程までに辛かったことだった。

 

「だからボクは、考え方を変えたんです。いや、変えざるを得なかった。ボクが経験したことを悲劇のままに当て嵌めるため、言い訳を探しました。その結果辿り着いた答えは……」

 

 小さく、諦めた顔をした。

 

「ボクの人生が悲劇染みたものだったのはこのテラがそういう風にできてるからじゃないかな、って。そう思ってしまったんです」

 

 ケルシーは何も言わなかった。

 彼に話を促した時はまさかこれ程までの確固たる答えを持っているとは思っていなかった。精々が、あるかないか適当な根拠を述べて終わりだと思っていた。

 少しスケジュールが気になるところではあるが、もはやメンタルカウンセリングの様相を呈しているために早々切り上げる訳にいかない。

 それにケルシーとしても、独自に発展させたアビスの見解は少し興味をそそられるものだった。

 

「源石は、悲劇を作るための餌だと、最初は思っていました。ただ、源石の代替が存在しないのなら、それがもし悪魔の差し出す甘い蜜だとしても受け取らざるを得ない」

 

 アビスがようやく飲み物に口をつけた。

 

「電気というエネルギーがあるそうではないですか。ロドスでも発電所なるものを運営していると聞きました」

 

 ケルシーは首肯して返した。エネルギー資源として電気は源石に次ぐ消費量を誇っている。変換効率やエネルギー効率の面では源石に遠く及ばないが、その代わり遥かに安全だ。

 

「その電気、面白いことに物を動かし、辺りを照らし、そして燃やすことができるそうですね。確かヴィクトリアあたりの実験でしたか?アーツのようには扱えませんが、他の利用方法も見つけられているようです」

 

 ケルシーの目が捉えるのは、この世の全てを疑うようなアビスの疑念。まるで始まりからその存在を確信していたかのようにアビスは詰めていく。

 源石の、不自然さを。

 

「体が源石に蝕まれる鉱石病、或いは源石病。日の目を見ることのない、ノーリスクで源石に取って代わる可能性を持つエネルギー……さて、仰ったのは外の世界についてでしたよね?」

 

 ここまで聞けば、もう回答はわかっているが。

 

「あると思いますよ。恐らくは源石がこの世界に人為的に組み込まれた悲劇の製造機。馬鹿みたいな考えだとは自分でも理解していますが、それに対する回答はこうです」

 

 疑念、諦念、そしてその瞳に見えたのは憎悪だった。

 

「『そうとでも考えなければやっていけない』」

 

 アビスは『彼女』を殺した源石病によって殺されたい、と心のどこかで願っている。『彼女』への行き場を失った愛情が形を変えてアビスに働きかけたからだった。

 

 ただ、それが源石を許しているなどという訳ではない。鉱石病でなければ『彼女』はスラムに居なかったかもしれない。だがそれによって発生する幸せはきっと自分が看取ったあの時よりも大きいはずだとアビスは受け入れていた。

 だから『彼女』を苦しませた源石は、ふとした瞬間に砕いてしまいたくなるほどアビスの中での価値は暴落していたのだ。

 

「他愛ない話は、終わりにしてもよろしいですか?」

 

「ああ、本題に入ろう」

 

 ケルシーが一つ紅茶を口に含み、嚥下した。

 机の上に乗せた両手を組む。

 

「アビス、お前はチェルノボーグに誰が居るのか知っているか?」




さ、流石にもうミスはないはずですが……
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