【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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誤字報告ありがとうございます……!
前話ではキリが悪かったので、もう一話くらいいいかなと。
次に投稿するのは二章を書き終えた後です。


十七 人的資源

 組まれた手の指が落ち着きなく動く。

 

「そうだな……まず、ロドス・アイランドの前身とも言える組織のことを知っているか?」

 

 いいや、アビスは知らないだろう。ドクターについてロドスで出回ったとしても、『バベル』のことについての噂などは私の耳には入ってきていない。

 そんなケルシーの推測は果たして、アビスが首を振ることによって肯定された。

 

「数年前までカズデルで活動していた組織だ。名称は、『バベル』。エリートオペレーター達や、私とアーミヤ、クロージャに……件の男であるドクターの所属していた組織に当たる」

 

「ドクター、ですか」

 

 アビスの表情に怪訝そうな色が見える。ドクターの存在やその価値は知っていても、今その話をする必要性を疑問に思っているのだろう。

 だが、それこそが答えなのだ。

 

「現在ドクターはチェルノボーグに眠っている」

 

「それは……どういう意味ですか?」

 

「ドクターは数年前、生命活動に関わる甚大な被害に遭い、チェルノボーグにある『石棺』を利用した救命措置が取られた」

 

 この情報は、どうやら初耳だったようだ。驚きに身を固めるアビスから目を外して、紅茶を含む。

 

「まさかとは思いますが、その『石棺』はロドスが所持しているものではなかったり……」

 

 ケルシーは顔を背けた。

 視線の先には特筆することもない医療機器が並んでいるのみで、アビスが小さく呟いた「馬鹿ですか」という言葉は一言一句違わずケルシーの耳に入った。

 

「それはアーミヤさんの反応が正解でしょう、そんな場所にいつまでも置いておく訳にはいきませんし」

 

 ため息がアビスから漏れた。

 ケルシーの肩が少し震え出したので、アビスも一旦は責めることを止めようと思った。

 

「それで、まさか『石棺』がロドスでも実現不可能な程のものである訳ではないのでしょう?そんなものを隠れて利用するなんて、計画した人も実行した人も、そしてもし成功してしまったら関係者は軒並み頭が悪いことになってしまいます」

 

 ガン、と音が響いた。

 ケルシーが机に額をぶつけた音だった。

 

 勢いよく俯いたケルシーの頭や耳に刺々しい視線が──いや、違う。呆れているような、頓珍漢を見るような視線だった。

 

 しばらくそんな地獄のような状態が続くと、アビスのクスクス笑いが聞こえた。とても苦々しい複雑そうな顔でケルシーが頭を上げると、アビスは少しだけの困惑を浮かべながらも、微笑んでいた。

 

「ケルシー先生、ジョークは使い時が肝要ですよ」

 

 がんっ、がん!

 今度は二回音が響いた。

 

 ケルシーが勢いよく俯いて額を机にぶつけて、更にバウンドした音である。

 ケルシーにはありありと想像できた。アビスが信じられないとでも言いたげな表情でドン引いている様子が、想像できてしまった。

 

「流石にそれは大胆が過ぎると言いますか、少し阿保……勝算もあったのでしょうから、これ以上はもう責めませんが」

 

 これ以上責めなかったところでケルシーの負った傷は既に致命傷だった。赤くなった額に手をやりながら、けれど完全な復帰は出来ず、恨みがましくアビスを睨んだ。

 

「それで、どうしてそれがボクの訓練を中止することに繋がるんでしょうか?」

 

 そう言えばそんな話だった、とケルシーは思い出した。額は軽傷、精神へのダメージは致命傷、そしてどうやら頭の中身は重傷であるようだった。

 足を組み直して、なんとか威厳を取り戻す。確実に手遅れではあったが、気持ち的には随分と盛り返すことができたようだ。正直ケルシーの頭はもう手遅れだと思う。

 

「バベルでのリーダーは、このロドスのようにアーミヤではなかった。幼いアーミヤに代わって私でも、話に挙がっているドクターでもなかった」

 

 ケルシーが背凭れに寄りかかって天井を仰ぎ、右腕で両目を塞ぐ。まるで何か辛いことがあったように──そしてそのアビスの懸念通り、ケルシーにとってそれは眩しい日々で、辛い終わりだった。

 ただ、先ほどとの落差が激しすぎてアビスの感情が置いてけぼりになっている。まさか伝える側が遅れてしまうとは何たることか、戦場でそうなれば間違いなく傷を負う。

 

「バベルは当時、カズデルの長を決める内戦に深く関係していた。それも当然だ、リーダーであるサルカズの彼女こそが、その後継者候補であったのだから」

 

 ロドスの前身となった組織であるバベルは、既に国家規模の巨大な組織だった。ロドスの求人募集が絶えない理由は、恐らく巨大なバベルをモデルにしているからだろうか、とアビスは考えた。

 

「彼女の言葉には、こんなものがある。『大地は年齢を理由に慈しみを与えることはないが、子供が我々の希望であることは不変である』とな。アビス、お前は自分が大人だと思うか?」

 

「子供ですよ。少なくともアーミヤさんよりは、ボクは子供であると思います」

 

 具体的に言うと書類事務的な面で大人だった。一人で毎日熟す量は異次元の域で、世界広しと言えどもアーミヤが一番なのではないだろうか。

 

「話を流れから察するに、ボクという子供の首を真綿で締める行為はドクターという方にとって悪印象を与えるから控えたいということでしょうか」

 

「……まあ、そうでは、あるんだが」

 

「『だが』、なんですか?」

 

「もう少し言い方をだな」

 

 言い方、と指摘されるも、アビスには何が悪いのかよく分からなかった。自分が子供だと主張しすぎたことが悪かったのだろうか?それとも描写に喩えを出して生々しく言うべきではなかった?

 とりあえず、全て改善すればいいだろう。

 

「ロドスがボクを間接的に殺すことは」

 

「アビス。もしかして私で遊んでいるのか?」

 

「はい?」

 

 残念なことに、アビスは悪意など欠片も持たずに発言していた。

 

「そう、か。そうか……」

 

 実際、その通りではあった。オペレーターの人事異動では現在ケルシーの一存に多大な影響力があるため、もしアビスを戦闘から引き離すと決めれば、それは可能だ。

 アビスが普通の食品を食べられなくなったのはロドスに来て一年以上経ってからのことで、それが首を絞めていることを指すのだということは紛れもない事実だった。

 

「不満はありませんよ、ボクに出来ることは戦うことくらいですから」

 

「そうとは思わないが……」

 

 ケルシーが歯切れの悪い言葉を返すと、アビスが姿勢を正して雰囲気を一変させた。いきなりの転換にケルシーは戸惑ったが、しかしアビスが真面目に話をするのであれば、ケルシーは真面目に受け止めるべきだ。

 子供が何かに真剣になった時、それを大人はいつだって応援するべきなのだ。

 

「ボクには、もしかするとエンジニアの素質があるかもしれません」

 

「はっ?」

 

 いきなり素っ頓狂なことを言い始めたアビスに、思わず変な声が口から漏れた。一瞬思考に脳のリソースを全て割いてみたものの、答えは得られなかった。

 ただやはり真意は別にあったようで、アビスが慌てたように撤回する。

 

「ああいや、エンジニアである必要はないんです。鍛治師だとしても、芸術家でも構いません」

 

「何の話だ……?」

 

 ナチュラルに意味が分からなかったが、今度はアビスに慌てた様子は見られなかった。であるならば今の自分の困惑は当然のものであるのだろう。そうでなければケルシーはこれから話を通じない世界で生きることになってしまう。

 

「ボクには、もしかしたら戦闘オペレーターとして生きる以外の道があるのかもしれません。他の生き方を探るのは、ボクにとって間違いなくプラスになる」

 

 ケルシーからすれば、アビスは才ある若人だ。可能性を模索することは大凡メリットにしかなり得ないだろうと、その考えに同意する。

 だがアビスの本当に話したいことは別にあった。

 

「では、視点を移してみましょう」

 

 右の二の腕あたりにプリントされているロドス・アイランドのロゴタイプを、アビスが指でなぞって強調する。ケルシーの目は未だ言いたいことの核心が掴めてはいない。

 これから話すことは分かるが、そこから何を言いたいのか。ケルシーは数年来の付き合いであるが、アビスの思考はやはりずっとトレース出来ないままだった。

 

「ボクにはロドス・アイランドしかない。どんな生き方を選ぼうと、ロドスとの付き合いなくして将来はありません」

 

「だから、なんだ」

 

「ドクターの救出に同行したいと思います」

 

 どうしてそうなった?

 ケルシーの頭が目まぐるしく回転する。

 

 そして数秒で答えに辿り着いた。

 

「つまり、アビスの覚悟をドクターに見せたい訳か」

 

「ええ、その通りです。ケルシー先生はつまり、今のロドスに万が一でも幻滅されたくないのでしょう?ドクターさんは優れた戦術指揮官でいらっしゃるとも聞きますから、ボク達オペレーターの情報は閲覧されるはずでしょう。子供が未来を支える大切な資源であるならば──」

 

「資源、だと?」

 

 部屋の中の温度が、体感で五度程も冷え込んだように感じられた。ケルシーの眼光は未だかつて見たことのない鋭さと冷たさを持ってアビスを射抜いた。

 

「……すみません、失礼しました。子供が未来の希望そのものであるならば、たとえばポプカルさんのような存在は心象に良いでしょう。そしてそれが一人以上居れば、尚のこと良いはずです」

 

「却下だ、下がっていろ。鉄砲玉を作るつもりはない。ロドスは脆弱な組織であってはならないが、それは冷え切った組織であることを意味しない」

 

 まるで敵と刃を向けあった時のような緊張感が部屋を支配する。ケルシーの視線はアビスの目に固定されていて、アビスはそれから目を逸らすことができない。

 アビスがアーツで相手の恐怖を掻き立てて竦ませるのとは訳が違う。ケルシーの威圧はアビスの体を縛り付けて微動だにさせず、そしてそれはただの意思のみによって行われていた。

 

「アビス、お前は先程何と言った?」

 

 声も、空気も、視線も、全てが重い。

 アビスの額から冷や汗が垂れて落ちる。それがまるで見えていないかのようにケルシーはアビスの両目を見つめ続けている。

 

 恐怖が湧いた。

 アビスが扱っている恐怖は、本能的なものがメインだ。鉱石病が齎す死を恐れる本能、『彼女』という大切な人を失ってしまう恐怖、思い出という自分の一部分を侵害される恐怖。

 それが本能のみで構成されている訳ではないだろうが、しかし文明的で理知的と言うには足りないものが多すぎる。

 だからこそ人は逆らえないのだろうが……

 

 ケルシーが与える恐怖は、正反対のものだった。

 バベルに所属していた頃に受け継いだ信念や信条とも言うべき考え、それを蔑ろにした者には鉄槌を下す。

 

 そして今のその対象は、アビスだった。

 

「『子供が未来を支える大切な資源』と、言いました」

 

「ああ、そうだな。お前は子供を資源と言って私を説得しようとした訳だ。よりにもよって、私がそれを説いた直後のことだ。そうだな?」

 

「はい」

 

 ケルシーが立ち上がり、いつからか出ていたMon3trが机を横に吹き飛ばした。机の足が掠った膝の辺りが少し痛んだが、アビスはそれを顔には出さなかった。

 否、痛痒を顔に出すという生理的な反応すら許されないまでにケルシーがアビスを威圧していた。

 

 ケルシーがアビスの目を覗き込む。

 

「なぜ、そう言った?お前の行動には理由があったはずだ、少なくとも人を資源と呼ぶには理由が必要であるべきだ。なあ、何故お前はそう言った?軍の士官などでもない一般人のお前が、何故だ」

 

「ボク、は……」

 

 言葉に詰まる。アビスには自覚こそなかったが、自分のような存在を資源だと認識する機会が確かにあったことを、既に思い至っている。

 

 アビスはそれを言うべきか迷っていた。ケルシーの怒りには触れたが、理由はないと告げても、ケルシーがアビスに対して冷たくなる程度で済むだろう。

 もし理由について言ってしまえば、『彼女』にまで到達するかもしれない。ロドスの諜報能力は一個人に推し量れるものではないが、少なくとも侮るべきでないことだけは確かだった。

 

 だが逡巡の末に出した結論は、それに反していた。

 

「ボクには、一時期、少年兵になることを検討していた時期があります」

 

「なんだと?」

 

 ケルシーがアビスの頬に手を添える。緊張からか蒼白になっているアビスの頬に、いっそ不自然なまでに、そっと。

 目の奥を、アビスの中身を凝視する。

 

「言い訳に、聞こえるのでしょうけど……ボクはそのように、自分を資源にして、生きようと、そう踠いていた頃の記憶が、鮮烈に残っています。だから、なのかもしれません」

 

 アビスが途切れ途切れの弁明を行う。至近距離で交わる視線は、しかしそれ故にケルシーの感情を読み取らせなかった。

 

 アビスの目に灯る思いは、ケルシーの目で以ってしても完全には理解できなかった。両親を殺し、しかしその復讐をアビス自身が許せない、あの少年兵へと向けるそんな複雑な感情は。

 自分の感情を押し殺してその立場に成り代わる、それは憎悪と鬩ぎ合う程に魅力的で、スラムの劣悪な環境も作用してアビスの頭を占有した。それに悩まずスラムを過ごすことは、親を失くし、不安定な子供だったアビスには不可能だった。

 

 しばらくして、ケルシーが大きく息を吐いた。それと同時に弛緩した空気が伝播して、すぐに室内は入室時と概ね同じような状態になった。

 

「無遠慮に踏み込んで、すまなかったな。辛いことを聞いただろう」

 

「いえ、こちらこそ申し訳ありません。少なくとも声に出すべきではありませんでした」

 

 空気が、再度冷たくなる。

 しかしそれを示すケルシーの視線にアビスは気付かなかった。自分が地雷を踏んだことにすらアビスは気付かず、息を吐いて体を弛緩させていた。

 

 声に出すべきでない、というのは何だろうか。少なくともケルシーに対する尊重ではある。だが、それは同時に資源と見做すことを正しいと思っているように思える言葉だった。

 

「アビス、では正直に答えてくれるか?」

 

 紅茶を飲み、すっかり緊張から解き放たれたアビスは特に何の心構えもしていない。

 

「お前は、お前にとって何だ?」

 

「それは、正直に言えば、資源の一つでしょうか。ああいえ、大切だとは思っていますよ。それに、鉱石病が持ってくる死は怖くて仕方がありません」

 

 ただ、と紅茶を一口飲んで答えた。

 

「ロドスの中で一番客観的に見て価値がないのはボクでしょう。個人的には、当たり前ですけどボク自身が大切ですよ」

 

 そしてケルシーの方へとようやく顔をむけて、固まった。

 アビスのカップを持つ手が完全に動きを止め、底の方に少しだけ残っている紅茶は波紋一つ立てない。

 

 ケルシーの手が伸びる。

 

「ぁ、いや、ボクは──へっ?」

 

 ソファに座ったまま、抱きすくめられたアビスは身動ぎ一つ許されなかった。カップを持っているせいで右手が埋まり、片手では何か行動を起こすこともできず、ただされるがままになっていた。

 

「アビス、私はもしお前が突然鍛治を始めようが構わない。龍門を訪ねて知見を広めるのも良いだろう。それくらいに、尊重したいと思っている」

 

「いきなり、何を……」

 

「お前は、ロドスの大切なオペレーターだ。私にとって、私たちにとって、君は大切な存在だ」

 

 混乱の渦中から、アビスは一時的に抜け出した。

 ケルシーの言葉を受け止めたかったからだ。ケルシーの言葉を真剣に聞きたかったからだ。

 

「誰かが抜けては維持できなくなる組織、そうあるべきでないのは分かっている。だからもし君が脱退したくなった時には、説得こそすれど強制することはしない」

 

 少しだけ、腕に力が込められる。

 

「ただ、君は感染者だ。どう努めたって差別に会うのは免れない。だから、どうか君はロドスで、一人の『人』として生きてほしいと、私は切に願う」

 

 紡ぐ言葉はケルシーの(いつ)ろわざる本音だ。アビスの感じる暖かな体温は、普段外に出ない優しさをアビスへと伝えているかのようだった。

 

「そして、もし私たちが君を説得することができたなら、その時は今度こそ君の力になりたい。ロドスとして君の支柱になりたい」

 

 一瞬だけ、脳裏にフラッシュバックしたいつかの日の情景。視界に映るのは、同じ色をした『彼女』の髪だった。

 

 ああいや、違う。

 今ボクが見ているのはケルシー先生で……

 

 アビスの脳が過去と現在を混濁させ始める。

 目尻から零れ落ちた一筋の涙でさえも、アビスには気づくほどの余裕がなかった。

 

「分かりました」

 

 アビスの声は、ケルシーに感化されてか、聞いた者にはとても優しく思えた。

 

「もしそんなことになれば……」

 

 もし、説得されてしまったら。

 ロドスに絆されてしまったとしたら。

 

 

「その時にはきっと、昔の話をしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼する。ケルシー先……邪魔したな」

 

 扉が閉まった後、二人は無言で腕を解いた。

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