【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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皆さん、お久しぶりですね(白目)。
二章書き上がったので投稿します。二十七話が最終話です。


十八 購買部に居る変人

 

 ボクが初めて見たエリートオペレーターは、誰だったか。Aceさんだったような気もするし、他の誰かだったかもしれない。でも時系列的にはLogosさんやWhitesmithさんでもおかしくない。

 

 ……Mechanistさんは、今どうしているだろう。今度、またアーツユニットについて話をするのも良いかも知れないな。

 

 

 最高のコンディションを保ち続けて、そろそろ四日経つ。それでもまだケルシー先生から呼び出しがかかることはない。

 ロドスの厳戒態勢はずっと続いている。

 

 ヴイーヴル用に調整されていると言われた訓練室の壁から腕を引っこ抜く。

 パラパラ音を立てて落ちていく破片を見て、ボクの口からは思わずため息が漏れた。

 

「どうした?」

 

「……いえ、少しロドスの規格外さを思い知っているだけです」

 

 もう少し言及すると、ロドスに所属するヴイーヴルの規格外さ、だけど。

 部屋の中を見渡せば、ドアと源石灯以外に無事である場所は残念ながら存在しないことがわかる。ケルシー先生が言ったからには、本当にヴイーヴルの身体能力には耐えられる設計だったのだろう。

 

「この部屋はヴイーヴルが運動しても傷がつかないように作られているそうですよ」

 

「ほう、そうなのか。確かに、想定よりも崩れにくいとは思っていたが」

 

「ステーキを食べてもお肉の違いに気付けない人みたいなコメントですね」

 

「私は料理の違いは分かる方だが」

 

 その返答は予想外だった。少し苦笑し話を流して、というか腕を構えて訓練を再開する。

 

 サリアさんの重心が僅かに前へと滑った。何度も見ていなければ気づけていなかった特徴的な足の運び出し。

 サリアさんの足が床を蹴り、一瞬にしてボクへと肉迫する。けれどそれは何一つとして構わない。

 

 ボクの足が追いつく。

 

 最良の角度で、最速を維持しつつギリギリまで視界外からサリアさんに当てることを重視した『後の先』を取る蹴撃。

 

 ──の、一つ目だ。

 

 完璧なタイミングで入れた横合いからの蹴りを、サリアさんは反則的なバックステップで掻い潜り、ボクの顎を狙って拳を振る。

 だけどそれはやはり回避したせいで反則的なほどのスピードではない。サリアさんの拳に乗せられているのは、ヴイーヴルの中でも精強なサリアさんの膂力と幾らかのスピード、それだけ。

 

 当てる気のなかった、ただ速いだけの蹴りを放った左足を素早く元に戻す。

 続いて繰り出す攻撃の選択肢は、サリアさんの攻撃よりも相手にダメージを負わせられる何かで真っ向から打ち据えるか、回避しつつ軽い攻撃を食らわせるか、の二つだ。

 

 そしてボクの選択はそのどちらでもない。

 

 サリアさんの豪腕を無理にでも両手で捉える。僅かにサリアさんの表情が変わる。

 『投げ』なんて攻撃は、ヴイーヴルである以上はそこまで頻繁に取る行動ではないのだろう。サリアさんからすれば盾で受けて殴れば良いだけなのだから、ボクの行動をシミュレートすればするほど除外してしまう。

 

 先程挙げた二つの選択肢は、恐らくサリアさんが脳裏に描いたであろうもの。そしてサリアさんならボクが二つ目の選択肢を取ると考える。

 だから、()()()()()()()()()()()()()。サリアさんが相手の回避を感じ取った時点でもうサリアさんの攻撃は回避なんて出来ない。

 少なくともボクなら何打目かで追い詰められて打ち据えられるのは分かりきっている。

 

「はあぁッ!」

 

 拳を内側に全力で捻る。

 人体の構造上、その方向には曲がらない。これさえ決まってくれればボクには勝利の二文字が待っている。

 

 そして、ボクの持っていた腕は曲がらなかった。

 捻ることはできず、軌道を変えることすらできない。人体の構造から曲がらないからサリアさんの姿勢が崩れる、なんて都合の良い考えだった。

 まるで、地面を下へと押し込もうとしているみたいだ。大地を押してテラの軌道を変えようとしているみたいに、サリアさんの腕は一切影響を受けなかった。

 

 ロドスのオペレーターは規格外。

 だとしてもこれは少し理不尽だと思う。

 

「ふんっ!」

 

 骨の砕ける音がした。

 

 

 

 瞼を押し上げる。

 視界が暗転する前に感じていた腹部の痛みは綺麗さっぱり無くなっていて、上半身を起こすのにも何ら問題はなかった。

 

「アビス」

 

「はい」

 

 名前が呼ばれたのでそちらを向くと、見覚えのあるフェリーンの女性がボクの頭に手刀を落とした。何故こうなったのか全く見当もつかない。

 本当に、どうして怒られてるんだろう?

 

「私はお前に訓練を促した。それは事実だろう」

 

「はい」

 

「何故一日に何度も私の世話を焼かせるような訓練をしているんだ。昨夜言ったことを忘れたか?」

 

「『怪我をしないトレーニングをしろ』と」

 

 二回目の手刀がまたボクの頭を捉えた。

 

「しかし、ケルシー先生。練度を高めなければ作戦で失敗する確率が高まってしまいます」

 

「サリアから既に褒められていたが」

 

「まだ勝てていません」

 

 三度目。

 

「阿保が。カーディに引かれてもいいのか」

 

「そろそろ体を休める必要がありますね」

 

 四度目は拳骨だった。

 ケルシー先生の意図があまり読めなかったけど、考えてみれば分かることはある。まず、訓練に集中することは悪くないはずだ。だから問題なのは怪我をしてケルシー先生の手を煩わせることと、カーディさんに引かれてしまうこと。

 よって最適なのは休憩と称してアーツの訓練をする時間を増やすこと。これで怪我の頻度は下がるし、カーディさんから見ても無茶なトレーニングではないはず。

 

 頻繁にそういうトレーニングをしておかないと、『通路等の閉鎖的状況』で『ついアーツを使ってしまうほど感情が昂っている状態』になれば、ボクは跳ね返ってきたコードによって情動をオーバーフローさせてしまうだろう。

 そうなれば、どうなるのだろう?

 

 まあいいか。

 それは今から分かることで──

 

「ではその間訓練室の鍵は預かっておく」

 

「いえ結構です」

 

「預かっておく」

 

 Mon3trに押さえつけられて強引に鍵を奪われてしまった。仕方がない、今度からは簡単には取り出せない場所に入れて持ち運ぶことにしよう。

 訓練はまた、時間が空いた時にすればいいか。

 

「それと、今日中に作戦会議を行いたい」

 

「目処が立ったんですか?」

 

「ああ。Scoutの隊が今から数時間以内には帰ってくる予定だ」

 

 なるほど、あの人たちが帰ってくるのであれば確かに話も進むだろう。ただの救出であればその戦力を出してまで首を突っ込む必要は感じられないけど、ドクターさんという有能な方が対象で、更に何と言ってもカーディさんが参加する以上戦力が多いに越したことはない。

 そうだ、戦力はまだまだ少ない。だから参加がほぼ決まっているオペレーターの実力は今のうちに伸ばしておきたい。

 

「ではボクはそれまで訓練を──」

 

「Mon3tr」

 

「休んでおきましょう」

 

 ケルシー先生は、やっぱり過保護だ。

 

 

 

 診療室を出て、ロドスの通路をしばらく歩く。

 現在ボクが目指しているのは、訓練室でも居住区でも食堂でも執務室でもない。

 

「へいらっしゃい!」

 

 クロージャ(変人)さんの運営する購買部だ。

 

「ちょっ、心の中(地の文)だからって許されると思うなよ!この中二病コードネーム!」

 

 また何か変なことを言ってる。ボクはただ購買部を運営するブラッドブルード(奇人)さんの名前を心の中で読んだだけなのに。

 

「また言った!」

 

 本当に何の話をしているんだろう、この人(頭おかしい)は。

 

「アレを一週間分お願いします」

 

「流石に言い過ぎじゃない!?あたし泣くよ!?」

 

「一週間分お願いします」

 

「キミ、本当はツッコミ役なんだからね?シリアス要員だからね?」

 

 そうは言っても、この人の前でツッコミに回るなんて殺人鬼にナイフを渡すようなものだと思う。ボケを誘発してどうするのか、ケルシー先生くらいになると抑え込めるんだろうけど。

 

「で、一週間分ね。他には?」

 

「修理を頼んでいたアーツユニットの受け取りを。あとは損耗しにくい武器を適当に見繕ってください」

 

「オッケー。鈍器でもいい?長く使えれば何でもいい感じ?」

 

「特に他の注文はありません。ヴイーヴルなので重くても構いません」

 

「それは知ってる。じゃあちょっと待ってて」

 

 クロージャさんの姿が購買部の奥へと消えていく。

 一応、心の中では謝辞を述べておく。武器のエンジニアさん方との仲介をしてもらえるクロージャさんには、本当に頭が下がる。

 あまり多くの人と関わりたくないボクにとってはとても心強い味方。それを面と向かって言うことは恐らく今後ないと思うけど。

 

「なんか褒めてるー?」

 

 奥の方から声が聞こえてきたので、思考を打ち切って購買部の中を見回していく。思春期の子供が親に直接感謝を伝えることと同じくらい、この人を褒めるのは癪だから。

 ボクは今まさに思春期で、クロージャさんは知り合いの中でも付き合いが長い。そういう意味ではある程度間違っていないのかもしれない。

 

 ところで、純正源石まで売っているこの購買部は一体どの層をターゲットにしているのだろう。

 源石をよく使う人は……イフリータさんとか?いや、イフリータさんの持つアーツユニットの燃料は液状源石だから、他で何か……

 

 ガチャ、と扉が開いた。

 

「クロージャ、これのメンテお願い……って、あれ?」

 

 声が聞こえた瞬間身を隠した。紺色の長髪が商品棚の向こう側で揺らいでいるのが見える。

 床に置かれたのは、垂れない程度に拭き取られただけのチェーンソー。勿論、それを汚しているのは屠ったであろう敵の血だ。

 要するに、エリートオペレーターのブレイズさんだった。

 

 また扉が開く音がした。彼女はよく色んなオペレーターと喋っているけど、今が見た通りの任務終わりと言うなら一人に限られる。

 

「ブレイズ、退いて。私の入るスペースが無い」

 

 すなわち、ブレイズさんの相棒であるグレースロートさんだ。

 

「よーよー戻ったよー、ってあれどこ行った」

 

「あっ、クロージャ。何その袋、誰の?」

 

「んー?まあまあ、ところでブレイズは何の用?」

 

「これのメンテよろしく、ってやつ」

 

「グレースロートは?」

 

「次の任務までに矢を調達しておきたい」

 

「オッケー、クロスボウの矢ね……」

 

 クロージャさんの持つペンがメモを走り書きした後、一瞬棚に隠れているボクと目が合った。

 きっとなんで隠れているのか聞きたいのだろう、正直ボクが隠れたのは半ば染みついた条件反射なので気にしないでもらいたい。

 

 ただ流石のエリートオペレーターか、クロージャさんの一瞬のアイコンタクトはがっしりと捉えられてしまった。

 

「そこに誰が居るの?──あっ、もしかしてアビス?」

 

「なっ、どうして分かったんですか」

 

「黒いツノが見えてたから」

 

 棚から顔を出しておいて、動揺に固まる。グレースロートさんの目から放たれる刺すように冷たい視線が辛い。まるで初等部にさえ入っていない子供のようにはしゃぐ大人を見ているかのようだ。

 苦々しい顔になっているのを自分でも自覚しながら、クロージャさんの持っていた袋を手早く受け取る。中身──特製の圧縮ビスケット──が見えたところでボクの鉱石病について正確に推察されることはないだろうけど、大事をとる。

 

 ブレイズさんに気付いた様子はない。

 グレースロートさんは少しだけ訝しむようにボクの持つ袋を見たけど、この人がピリピリしているのはいつものことだ。

 

「そういえば、御二方はチェルノボーグのことについて何か聞いていらっしゃいますか?」

 

「チェルノボーグ?なんか最近燻ってるウルサスの移動都市、のことだよね」

 

「その口ぶりですと、やはりまだ伝わっていないようですね」

 

 ケルシー先生から伝達されていることを簡潔に説明する。ボク自身のネットワークが狭いので、伝達されていること以上は話せない。

 だからそんな質問しないでくださいグレースロートさんの目つきがそろそろ詐欺師を見るものなんですが。

 

「ボクは知る必要のある部分しか知りませんから、詳しくはケルシー先生にお聞きになってください」

 

「あっ、じゃあ一緒に行こうよ!アビスも参加するんでしょ?」

 

「いえ、折角のお誘いなのですが」

 

「よーし、ケルシー先生はどこだ〜!」

 

「あの」

 

 あ、グレースロートさんがそっぽを向いた。もしかして少しは良心の呵責とかあったのかな。

 ブレイズさんの肩によって腹部が押し込められる。ボクが逃げようとしたとは言えこの体勢(お米さま抱っこ)は中々キツいものがある。

 

 ブレイズさん、逃げようとしないのでそろそろ下ろしていただいて……あっ、はい。ケルシー先生のところまではこのまま運搬、と。

 

 しかし流石に長時間このままなのは心窩にクると言いますか、口から出ると言いますか。あとグレースロートさんの目が冷ややかでそちらも心にクるのですが。

 

「はいはい、ずり落ちないの。よいしょ、っと」

 

 ぐはっ……

 

 

 

 

「えぇ……あんた、それ大丈夫なの?あんなイカれ女に目をつけられてるなんて首吊りものじゃない」

 

「目の前にも一人──ごほっ、ごほっ。大丈夫ですよ」

 

「今何て言いかけたのかしら?」

 

「大丈夫ですよ」

 

「決めたわ、あんた後で絶対殺す」

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