【仮題】感情トランスポーター 作:Gensigert
時間は一気に飛んで、チェルノボーグ。指定されたポイント、とある広場にてボクは端末から吐き出される電子的な音声に頭を抱えていた。
「つまり、何ですか?」
『展開された電波妨害により、現在他部隊との通信が不可能です。ニューラルコネクタへの緊急接続申請が実行され、接続が可能なものはニューラルコネクタのみとなります』
「……その先を」
『電波を利用した通信が行えないため、ケルシー様とコンタクトを取ることは不可能です。また、この電波妨害はレユニオン・ムーブメントが関係している可能性が高いと思われます』
「ああ、レユニオンが行ったということは知っています、PRTS」
ボクは耳を澄ませた。
「爆発音、銃撃音、悲鳴、怒号がボクにも確認できていますから」
あはは、これどうしよう。
『了解しました。それではロドスからの指令を読み上げます』
「何ですか?」
『本来の任務遂行を期待する、と』
あはは。
「とりあえず殴り込んできます。ロドスに」
『その意気です』
「ぶっ飛ばしますよ」
とりあえず、広場は確実にレユニオンが攻め込んでくるだろうから、と近くの割合しっかりしていた銀行の中に隠れることにした。
然しものウルサス帝国民もテロリストの放つ銃弾には抗うことができないのか、銀行の中は蛻の殻だった。広場には逃れる場所を失った人が雪崩込んできて、すぐに虐殺が始まった。
ボクには見ていることしかできない。ボクのアーツを使えば両成敗くらいのことにはなるだろうけど、テロリストの総数が分らない時にそんなことをしてみれば確実にボクの体に穴が開く。それに、ボクのアーツは相手の体表の露出が条件の一つだ。テロリストも流石に頭は守るだろうし、アーツは通らない可能性がある。
資金は大事なのか、テロリストが銀行に押し入ることはあれど銀行に火を放つことや倒壊させたりはしなかった。あんまり考えてなかったけど、どうやらボクは銀行に入って正解だったらしい。
血塗れの広場に火柱が立った。その薪となるのは物言わぬ骸となったウルサス人。ボクが着いた頃には活気に溢れていた広場が、今や悪趣味な火葬場と成り果てていた。
「どうしよう、これ」
銀行は広場に直接面している訳ではないけど、馬鹿正直に扉から出て行くとまず間違いなく見つかるくらいの立地にある。
裏口を探ろうと思っても、ここはウルサス帝国の銀行。一般的なウルサス人の力を持つ銀行強盗では歯が立たないくらいの強度に設計されている裏への扉は、鍛えられたヴイーヴルと言えど開けることができなかった。
脳裏にサリアさんが浮かぶ。あの人ならたぶん扉を破壊することも、扉の隙間にカルシウムの刃を滑らせて開くことだってできると思う。
短剣を差し込んで──無理だった。そりゃそうか。
「誰か居るのか?」
あ。
短剣を即座に握り直して、銀行員が使っていたであろう机の下に潜り込んだ。声を掛けてくる誰かがボクの方に少しずつ近づいているのが聞こえる声の大きさから分かる。
ちょっとマズいかもしれない。
「おーい。いや、向こう側か?」
能天気だな。
本当にテロリスト?
挙げられる可能性は四つ。
一つ目はただ単純に間抜けなテロリストが仲間に呼びかけているというもの。それだったらボクはこのまま息を殺して接近を待って首に刃を押し当てるか、引き返すのを待てばいい。
二つ目は、ボクの居場所を特定してはいないけど、テロリストではないだろうと思って誘い出そうと考えているパターン。最悪は仲間を呼ばれてボクは死ぬ。
三つ目はボクの居場所を特定していて、油断を誘っている場合。ボクが姿を出した瞬間にグレネードよろしく破裂させられるか、ボクの居る場所を撃つために十分な位置まで接近した後に机ごと吹っ飛ばされる。
四つ目、なんでか知らないけど広場のテロリストをどうにかして銀行に入ってきた民間人。普通に考えて可能性は限りなく低い。正直あり得ない。
一番確率が高いのは二番目、そして次に三番目。ボクとしては間抜けなテロリストであって欲しいけど、これも限りなく低い可能性だと見て良い。
まあ、三番目が来ることなんてほとんどない。実質二番目に決まっている。だってテロリストは間違っても軍人じゃない訳で、都市を襲撃するほど勢力を拡大したならば、幹部だとか余程上等な人じゃなければそこまで駆け引きのスキルだって戦闘技術だって高くないはず。
「おーい──うおっと!?」
声のした方に机を蹴り上げると、とても丁度いい具合にそのテロリストにヒットした。ツノの形状から見て、サルカズだろうか。
どうでもいいか。それに、武器を持っていないなんて、テロリスト達はそこまで財政的に困窮していたのかな?
いや、そういえばロドスにも居た。
赤い旗が手を離れて床に倒れた。
格闘術で勝負するなら、たぶんボクは負けない。ロドスでも相当な実力者であるサリアさんの拳を常日頃からいなしているボクが負ける訳──
警報が鳴った。ボクの耳を劈くような爆音は、広場まで届いたと確信を持って言えるくらいの大きさだった。
ボクの握り固められた拳はその数秒後にフードを捉えて、吹っ飛んだテロリストは脳が揺れたのか気を失った。
銀行の入り口を見る。
巨大な剣を持っている人が数名、頭に手をやりながらアーツの発動準備をしている人が十数名。
赤黒いアーツがボクの体を捉えそうになって、ギリギリ回避した。なるほど、周囲の警戒をする役割は必要だし、その人は武器を持つ必要はないし、そしてその人は当然ながら他の人を呼べる訳だ。
「厄介限りない、なぁっ!」
曲芸染みた挙動で机やらを飛び跳ねて意地でも回避してやる。自分の尻拭いはしないって決めてるんだ。嘘だけど。
「非感染者だ、殺せ!」
「ぶっ殺してやる!」
「どこからどう見てもボクは感染者だよ!」
カウンターの内側に入ってきた一人目のお客様を丁重に突き返す。具体的に言うと回し蹴りを顔面にヒットさせて仮面を叩き割り、そのままカウンターのアクリル板に叩きつける。
一丁上がり、右前方と左から飛んできたアーツを後方宙返りで避けて、着地ざまにパソコンの本体を投擲。
「流石に避けられちゃうか」
「クソッ、一気にかかれ!」
アーツが立て続けに放たれて、避けようと横っ飛びした先には分厚い鉄の刃が三本。斬撃の向きはどれも違っていて、どんな軽業師でも回避できないような攻撃。
でもこれくらいなら、ロドスにかかれば行動予備隊候補でも対処することができるレベルの連携だ。
普段より込める力を強くして短剣を持ち、真正面から受け止める。一つ目の峰を二つ目の刃が叩き、三つ目ですらも同じように受け止められた。
少し武器を知っている人なら分かっていることだけど、大剣は手元に重心がある。槍とは違って大剣は持ち手が偏っていて、よほどの腕力がなければ振ることが難しくなってしまうからだ。
そして振られた勢いさえ最初に打ち消すことができてしまえば、ボクの方が力負けすることはあり得ない。結局ヴイーヴルに勝つほどの威力は出せていない。
武器を持った素人が圧倒できるのは一般人だけだ。子供の頃でさえその武器を持った素人が圧倒できたボクには有象無象が連携したところで負ける訳がない。
動揺したテロリストの腕を引いてアーツの盾にする。続いて撃たれていたアーツにも合わせようとして無理な挙動で振り回せば、当然ながら腕が脱臼した。
ようやくボクが鍛えられたヴイーヴルであることを認識して、テロリスト達の構える大剣の刃先が少しだけ上にズレる。明らかに腰が引けた。
腕は脱臼し背中はアーツで撃ち抜かれて散々なテロリストの体を別の方向に放り投げ、手の中で閃かせた短剣がテロリストの大剣を跳ね上げる。
「テメェ……ッ!」
アーツを使うのは勿体無いかな。
さあ、テロリスト。ドクターへのアピールに──ちょっ、増援は呼ばないで待って待ってああああああ!
巨大な剣を使ってくるテロリストは粗方叩きのめすことができた。アーツ術師の方よりそっちの方が何故か気絶させやすかったから遠慮なく骨を折りつつ脳を揺らした。
翻ってアーツを使ってくる人たちは、万全の状態であればとんでもなくぶっ飛んだ打たれ強さを持っていた。指揮している隊長が同じ術師のようだったけど、数回殴った程度じゃ揺れもしない耐久力だった。
ただ、この人たちはアーツユニットを使っていない。どうしてか自分の体を燃料にして物理を捻じ曲げている。そんなことをすれば疲弊するのは当たり前で、時間が経つにつれてボクは粘り勝ちまで持っていくことができた。
時間稼ぎの最中に来た増援は、あまり強くなかった。というか少しも強くなかった。暴徒はまだある程度吹っ切れていたように思えるけど、兵士はほぼ一般人と変わらなかったから当然。
最初に警報で呼ばれてきた人は全員がサルカズ特有のツノを持っていたし、もしかするとテロリストの雇ったそういう傭兵なのかもしれない。
何はともあれ、どうにか無事に終えることができた。
終わってみれば割と圧勝だったようにも思えるけど、まさか雇った傭兵が今ので終わりって訳でもないはず。それに屋内で壁があって、更にカウンターっていう障害物があったからこその勝利だから、屋外で囲まれたら打つ手はない。
まあ、見たところ広い通りは少ないようだけど、っと!
「傭兵に頼って起こすムーブメント……いや、まだ傭兵だって確定した訳じゃないけど」
漏らした言葉は誰の耳にも届かなかった。
ボクはチェルノボーグの中心部を目指して移動していて、その移動方法は足。そう、この広いチェルノボーグを二本の足だけで移動している。辛い。
誰の耳にも届かないのは、ボクの移動ルートが普通ではあり得ないものだから。なんであり得ないのかって?
『アビス様、目標の方角から三十度以上逸れています』
「分かってます」
『ではナビゲーションを終了しますが』
「全然分かりませんでしたのでこれからもお願いします」
PRTSってたぶん人が入ってると思う。ここまでの人間性はそれくらいじゃないと出せないはず。あとその中の人は絶対に性格が悪いと思う。
という訳で答えは、ボクのナビゲーションを担当してくれるPRTSが直線的な行動以外を許してくれないから。
『何か?』
「なんでもありません」
ため息を吐きながら真正面に跳んで民家の屋根に着地する。
ドクターさんの眠っている場所の情報は端末にダウンロードされている。そしてそこからアーミヤさん達が撤退し、その時にボクがチェルノボーグに取り残されると食糧的な問題でほぼ死ぬと思って良い。
レユニオンの行動は完全に予想外だし、戦力を補充してまた迎えにくる、なんて考えはアーミヤさんもすると思う。そしてそれをケルシー先生と通信できない状態でしてしまう。たぶん行動にまで移す。
つまりはボクが死ぬ。それにニアールさんというカジミエーシュの誇る耀騎士が撤退の補助に回るから、撤退もスムーズに行くと思う。
PRTSの出した答えは、可能な限り早く動かなければボクに未来はほぼないというもの。こんなに同意してほしくなかったのは久しぶりだよ。
トタン屋根を進みながらチェルノボーグ全体を見通してみると、数えきれないほどの数、黒煙が空へと立ち上っているのが見えた。都市に渦を巻く災禍は家屋を真っ赤に染め、人々の叫喚がボクの耳にすら入ってくる。
臍を噛む。大規模なテロ活動がボクの力不足を強く突きつけていて、それを見ないフリするつもりだったということが、ボクの心を強く握る。
そして何よりボクに自己嫌悪を強いるのは、その判断をボクが後悔していないということだった。眼前で無辜の人々が何人殺されようと、その家々を愛着ごと灰燼にされてしまおうと、ボクの脳は後悔という行動の一切を認められなかった。
自分が嫌になるのは、ずっと前に飽いてしまったはずだったのに。『彼女』がボクの前から消えてしまった時、ボクはそれを一生分終わらせてしまったはずだったのに。
いいや、きっとこれで良いんだ。
後悔しないボクのままで、自己嫌悪に苛まれるボクのままでいることが、きっとボクのままロドスに所属するために必要な唯一の資格であるはずなんだ。
『彼女』の肯定を感じられないと、ボクはきっとボクのまま生きられない。自己嫌悪を感じないのなら、ボクはロドスに所属する資格なんてない。
だから、これでいいんだ。
これでいいはずなんだ。
「切り替えなきゃ、いけない」
何の話をしていたっけ。ああそうだ、ナビゲーションのおかげでテロリストに遭遇しないのには感謝するべきなのか悩んでいたんだ。中々無視したくない大きな抵抗があるとか。
区切りをつけるために思考を一新させようとして、しかしそのボクの行動は全くの徒労に終わった。ああいや、一新させようと思考することこそがこの事態に繋がったのか。
「うわっ!?」
重心が上がる。
頭が後ろ側に落ちていく。
考え事をしていたせいか、ボクの足は無情にもボクを二階建ての家に着地することを許さなかった。瓦屋根のせいでボクの体は大きく体勢を崩し、ひっくり返って下に落ちる。
空が青い、なんて思う前に気合で半回転を間に合わせて足で着地する。二階建てとは言え、足以外で着地するとケガするのは割と避けられない。頭から落ちたらツノが汚れるから絶対に避けたい。
余裕はないけど、その中でもボクは自分の意思を通して華麗に着地することができた。
そして目に入るのは、屋根から落ちてきたボクに注目している仮面を着けた兵士たち。
「なんだこいつ!?」
「空から降ってきたぞ!」
「こいつ回転してなかったか?」
丁度ボクの着地した側にはテロリストたちが哨戒していたようだった。それも、小隊規模で。テロリストの逆方向は勿論家で、逃げ場所はない。
現実逃避気味に確認を行っているボクを、テロリストが囲むように隊を展開する。
「とにかく、ぶっ殺せ!」
本当に最悪だ!
どうにか無傷で全員を戦闘不能にすることができた。踏んだ仮面の破片が音を立てて、その気持ちの良い音とは裏腹にボクの心はどんよりとしていた。
それの原因は、家の側に落ちていた直方体と言うよりは長方形の平べったいもの。つまりは転落した時、ボクの持っていた端末は完全に壊れてしまったということだった。
いや、大凡の方角が分かっているのだから、ボクはまだ取り返しのつく範囲なはず。
「へえ、君がそれをやったの?」
そんな声がボクの耳朶を響かせた。見やれば、そこには仮面をつけていない少年がニヤニヤと笑顔を浮かべながらボクを見ていた。
「ありがとう、手間が省けたよ」
手間、と言うと、この小隊を倒す手間のことかな。
もしかするとこの少年はレユニオンじゃないのかもしれない。例えば同じ孤児院の子を守るために戦っていたり──
「やれ」
「だと思ったよ!」
いつのまにかボクの背後に歩み寄っていた兵士を振り向きざまに蹴り抜いた。倒れ込んだ兵士の顔から仮面が剥がれ落ちて、しかし見えたのはどう良いように解釈しても死人にしか見えない源石に塗れた顔だった。
口のような穴から、小さく呻き声のような何かが漏れている。ボクにはそれが本当に呻き声なのか、それとも悲鳴なのか判別することができなかった。
突然の事態が続き過ぎて硬直している間にも、他の兵士がまたボクに武器を向ける。地面に横たわっていた兵士に躓いた隙をついて、頭に踵落とし。
地面とサンドイッチされた頭から仮面の割れる音がして、それ以上にボクの神経を伝うのは肉を抉る嫌な感触。ロドスの用意してくれる合金板入りの靴がトマト色に染まる。
なんだ、この人。頭の肉が柔らかすぎる。頭骨の硬い感触は確かにしたけど、それがなければ本当にトマトでも攻撃したのかと思った。
「やるね、君。ちょっと欲しいな」
倒れていた死人のような兵士が立ち上がる。少年はいつのまにかボクから距離をとっていて、その間には兵士が何人も壁を作るように立っていた。
ゆらり、ゆらりと兵士の体が揺れている。立ち上がった兵士も、まるでロドスの書庫にあった創作本に出てくる、『ゾンビ』のような挙動でボクに剣を向けた。
「これは、電気がマイナーになる訳だね。アーツってとんでもないや」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
全然褒めては、ないんだけどなぁっ!
顎を完全に捉えた。そう見えたのに、次の瞬間にはもうボクの方へ手を伸ばしていた。
本当にゾンビなのかもしれない。死人を動かすアーツ?いや、少なくとも源石結晶がないと無理だろうから、感染者の死体を動かせるアーツかな。
こんな時のために、ボクはクロージャさんに武器を頼んでおいたんだ。吊り下げていた金属製の杖を取り出した。ヴイーヴルのボクでさえそれなりに重く感じるこの杖は、耐久力と破壊力だけならピカイチだ。
「さて、いつまで耐えるかな」
「いつまでも、だよ!」
吹っ飛ばした兵士の数が累計で三桁を超えて、異常なほど硬い杖が中々破損してきた頃、ボクはようやく動きを止めることができた。
「うわあ、すごいね君!まさか全員倒せるなんてさ!」
「烏合の衆だったからね」
途中どんな妨害があるのかと思っていたけど、結局クロスボウの矢が数本飛んできただけで、もっと気を緩めてやるべきだったのかもしれない。
いや、ボクも一応クロスボウには驚いたんだけど、やっぱり飛んできたか、って感想を塗り潰すにはそこまで強い驚きじゃなかった。
隙を作って撃たせる、これを実践することができたから対応できただけで、クロスボウは強いんだろうけど。
「話を聞かせてもらいたいんだけど、いいかな」
「じゃあこういうのはどうかな?」
「あー、うん。話聞いて?」
「d1からf8、それとb5、やれ」
少年との間に入ってくるのは赤いフードの小隊長、そして起き上がってくる先程倒したはずの兵士たち。兵士のオレンジ色の目が狂気を湛えてボクを睨みつけて、また赤いフードの奥からは何も感じられず、その対比がいやに恐怖を誘う。
「やるしかない、か」
少年はいつのまにか姿が見えなくなっていた。
分かってはいたけど、戦闘ばっかりだ。嫌になるよ。
まあ、そう簡単にやられはしないけど。