【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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二十一 同行者

 

「それで、ボクはメフィストのアーツ下にあった兵士たちと戦闘することになった」

 

「ああ、だからあの時戦力の補充に来てた訳ね」

 

 アビスの話に、Wが納得したように頷いた。脳裏にはあの荒廃したチェルノボーグの景色が描かれていることだろう。何とも言えない苦い気持ちがアビスの胸中に生まれて、すぐにそれを押し殺した。

 アビスは一度大きく息を吐いて、懐から懐中時計を取り出した。手のひらよりもずっと小さく、腕時計と変わらないくらいの規格だ。

 

「へえ、良い趣味してるじゃない」

 

 Wの発言通り、アビスの持つ懐中時計は下品にならない程度の装飾をされた、落ち着きある上品なものだった。アンティーク調のものが好きな人であれば十中八九好感触を得られるだろう、そんな具合だった。

 

「ケルシー先生から頂いたものなんだ。というか、手配してくださったものだけど」

 

 それは虚実ではなかった。

 だが、それが全てではなかった。

 

 隠されていることは、アビスが懐中時計をケルシーから渡されるまでに至った経緯だ。アビスはそれを回答に不要だからという理由ではなく、秘匿するために言及していない。

 アビスがケルシーにそれを貰ったというものは確固たる真実だが、それはケルシーの誤魔化しによるものだった。アビスはあるものを見てしまい、ケルシーがそれを対処しただけだ。

 

 Wに気付いた様子はなく──気付いたとしても指摘することは確定していないが──アビスは心中でほっと胸を撫で下ろした。

 

 アビスが話の続きを話そうとした時、突然室内に大きな音が響いた。それは何かがぶつかった、戦場においては極ありふれた音だった。

 しかしここは戦場ではなく平和なはずのロドス艦内である。Wもアビスも何一つとして予想していなかった異音に、訝し気な顔で音のした方を見た。

 

 扉の方だった。

 というか、扉からだった。

 

 ガン、とまた音が鳴る。

 

「もしかして、ボクに……?」

 

「思い当たる節があるのかしら?」

 

 アビスはWの問いかけに答えず、上着を脱いではためかせた。何も落ちてくるものはないし、何かある訳でもない──というWの見込みは間違いだった。

 何度目かで床に落ちた、小指の爪ほどの大きさもない黒い何か。機械に特段詳しい訳でもないアビスだが、それでも分かることはある。

 

「これ、購買部で売られている発信機だ」

 

 ああ、まさか帰投するその日に発信機が仕込まれている服を選んでしまうなんて。アビスはどこかズレた嘆きを零して、椅子に座り直した。

 

「あんた何したのよ」

 

「何もしてない。あの子だって」

 

 ガン、とまた音が鳴った。

 仕方がない、アビスはそのまま話し始めることとした。懐中時計を取り出して時間を確認したのも、そろそろ彼女が任務から帰ってくる頃だと思ったからだ。

 

「えっ、放置するの!?」

 

「やめとく」

 

「……あんた、たぶんあたしより性格破綻してるわ」

 

「それはないと思うな」

 

「撃っていいかしら」

 

 

 

 

 レユニオンが武器を手に持ってから、既に数時間が経っていた。あの少年の襲撃後もボクは示されていた方向へと一直線に進んだはずなんだけど、やっぱり人が機械のような正確さを持って一点を目指せる訳がなかった。たぶん少しずつズレてる。合流できるかどうかはかなり難しい所だと思う。

 天災はどんなものが発生するのか分からないけど、できれば大地に変動が起きるタイプであって欲しい。それならちょっと揺れるくらいで済むだろうし。

 

「ただ、それも望みは薄いかな」

 

 空を仰ぐ。

 暗雲が立ち込める様は、異常気象だとかの前準備であることを知らせるに十分だった。少なくとも、チェルノボーグという都市は壊滅的な打撃を受けるだろうと思わせてくる。

 肌を指すピリピリとした空気感が異様に怖気を掻き立てる。

 

 落ちた時にエンカウントしたあの小隊は、ボクが死人のような兵士を相手取っている時に意識を取り戻した。数が多過ぎて流石に傷を許容しようかと思ったけど、その人たちはボクが戦っている相手を見て即座に逃走したから、なんとかボクは損害無く乗り切ることができた。

 死人のようになっていた人たちはもう手遅れだと判断して、反撃に注意しながら二つに切った。あの杖は最後には壊れてしまったので、彼らの武器を使わせてもらった。

 

 

「考えなきゃいけないことは、二つ」

 

 一つ目は、テロリストが脆弱過ぎるということ。

 

 ウルサス帝国の都市で武装蜂起するなんてのはそれだけでも大いにバカなんだけど、ボクの数回戦闘した印象から言わせてもらうと、レユニオンは傭兵たちを除いて頭がおかしいくらいに弱い。兵士なんてMon3trが出払ってる時のケルシー先生でも勝てるくらい弱い。

 けれど実際レユニオンはこうして長時間に渡って大規模テロリズムを実行できている。正規軍を相手にとって不足しないくらいの戦力が集まっていると見て間違いないはず。

 どれだけ自信過剰でも、ボクはボク自身がウルサスの軍の出してくるカードと張り合えるほどだとは思えない。況してやそれを抑え込めるレユニオンの幹部級とかボスなんて、どう見積もってもサリアさんに手が届くくらいの強さは有してるはず。

 そうじゃないとしても、レユニオンに軍部が寝返ったりでもしなければこうはならないんじゃないかな。

 

 他に考えられるのは、レユニオンを政府側の作った仮想敵として活動させるものなのかもしれないということ。チェルノボーグは現在龍門にかなり近付いているはずだから、レユニオンが龍門に逃げ込めばそこから戦争に発展させることだってウルサス帝国には訳ないこと。

 戦争するに足る戦力はウルサス帝国に存在する。まあそんなに迂遠なやり方をする必要性がないと思うけど、一応頭に留めておくくらいはした方がいいかな。

 

 考える必要があること、二つ目は食糧について。

 ボクは鉱石病の影響で胃が深刻なダメージを受けている。それは通常の食事が消化能力や胃の容量からして摂ることが難しいほど。

 だからボクはクロージャさんからロドス特製の圧縮ビスケットを受け取っている訳だけど、バッグの中には二日分程度しか存在しない。連絡が取れないこの状況では、ボクの寿命はそれとほとんど同じだということだ。置き去りにされる可能性を考慮すれば、前も言った通りかなりヤバい。

 一つ言っておくと、決してボクは普通の食事を摂れない訳じゃない。ただ日に数十回分割された食事の時間が必要になって、尚且つ体調が悪くなり、腹部がナイフで刺されたような痛みを発するだけ。

 敵が多過ぎる今、流石にその選択をする気にはなれない。

 

 色々と思いつくものはある。

 ボクが用心棒を務めつつ外へと離脱できることを条件に、アーミヤさんたちの方まで道案内を頼むだとか。正規軍に拾われるついでに道を聞くだとか。

 ただ、ボクが知っているのは『石棺』とか『中枢部分』だとかの曖昧な単語だけ。端末の地図も使えないのだから、もし超幸運にも『石棺』まで道案内されたとしてもロドスに合流するのは厳しい。

 そもそもこのタイミングでのテロリストの奮起なんてロドスの作戦概要書では想定されてなかったくらいな上に自分とほぼ無関係な合流地点の確認とかする訳ないので当然だった。

 

 隣とかに居る他の隊と合流するのは、ボクの単独行動癖が悪く出て、位置関係くらいしか覚えていないから難しいところだ。ボクの居た広場は火葬場になったからそこに留まる選択肢も無かった。

 

「どうすればいいと思う?」

 

「私に聞かないでよ、分かんないったら」

 

 ボクが話を振ると、ラーヤはそう言って顔を背けた。細動しているコータスの耳がアーミヤさんと重なって、早くロドスと合流しなきゃな、なんて思いにさせられる。

 

 ラーヤ──ラーヤは略称で本名はライサ──は種族こそコータスだけど、れっきとしたチェルノボーグ市民だ。チェルノボーグを亡骸と火で満たしたレユニオンに対して憎悪を高める一市民だ。

 ラーヤとボクの出会いはお互いにとってほぼ最悪だったと思う。瓦礫と化した家屋の側で足を押さえていたラーヤは声をかけてきたボクに対して刃を振るい、ついボクは反射的にラーヤを足で顎を蹴り上げて瓦礫の山に寝かせてしまった。めちゃくちゃビックリした。

 

 気絶から立ち直ったラーヤはボクに恐怖していたけど、アーツを使えばそれもすぐに健常者と変わらないものになった。ただ感情を強引に変えてしまったからか、ボクへの不信感はいよいよ拭えないものになってしまった。

 その後は、ボクが一応ロドスでの保護を言ってみたところ、意外なことにそれを望んでしまい、ボクについてくることになった。

 被災者だからと人に襲いかかったことを罰さない訳にはいかないだろうけど、被害者はボクだからきっとどうとでもなるはず。ロドスは進退窮まった人に追い打ちをかけるほど冷酷じゃない、とも思う。

 ちなみにラーヤの気絶していた時間は大体五分弱で、このイベントによる時間的な圧迫は無かったから心配しないでほしい。ラーヤも力はないけど中々速く走る。レユニオンが居なかったら余裕で間に合ったんだろうけどな。

 

「サリアさんが居たらなぁ」

 

「ちょっと、弱音吐かないでよ」

 

「あの人なら片っ端からレユニオンを殲滅して消化活動をして瓦礫の撤去をして負傷者の看護すらできるのになぁ」

 

「弱音じゃない……?あれ、弱音、なのかな?えっ、これってどっちなの?っていうか弱音って何?ん、あれ、そもそもサリアさんって人の話にツッコミを入れるべき?」

 

 ラーヤはパッと見では学生に見えるんだけど、どうして学校に居なかったのだろう。こうしてチェルノボーグを歩いているとどうしてか学生に出会わないから、ラーヤはきっとそれで正解だったんだろうけど。

 横の方を見る。他の家屋より抜きん出て背の高い学舎が黒々とした雲の下に見えた。あの中には果たしてどんな惨状があるのか、ボクには想像することもできない。

 

 だけど、ボクの目の前にも悲惨な光景は広がっていた。

 

「これ、きっつ……」

 

 空き家、と言うよりは廃屋と化している住宅。二階の高さにまで及ぶほどの血飛沫が外壁を彩り、頭のない死体が庭に転がっている。鼻の奥を刺激するばら撒かれた血の匂いは、ラーヤには少し刺激的過ぎるようだった。

 キャンプセットの中から、一般的なマスクを取り出してライサに手渡した。ボクは慣れてるから必要ない。

 

 足を前に出す。まだ乾いていない死体の血が、ボクの靴と地面に挟まれて水音を立てた。流れてくるのはさっき見た首無しの死体とは別で、道路の真ん中で両足を失っていた男の断面からだった。

 きっと爆弾だろう。黒く煤けた道路は爆心地となったことを示していて、それの威力をこの死体が示してくれている訳だった。

 

 死体を丁重に埋葬する時間はない。火葬なら少しは現実味もあるだろうけど、それが結局あの広場みたいになってしまうのなら意味がない。それは葬送じゃなくて、ただの冒涜なのだから。

 

「アビス、聞こえる」

 

「分かった」

 

 ラーヤの報告を受けて、ボクは短剣のカバーを取り外した。

 

 少しすると、路地から足音が響いてきた。

 姿を現したテロリストの頭を即座に蹴り抜いて、その後ろに続いていた兵士がボクへと切っ先を向けた。

 

「何しやがる!」

 

 それはテロリスト側のセリフではない気がする。

 まあボクがどれだけツッコミを入れても仕方がない。レユニオンも今日ここでテロリズムを行うって決めてたんだろうし、何よりボクが文句を言おうと今の現実は変わらない。

 

 兵士の双剣が光を反射して煌めいた。

 双剣という武器に関して、ボクはあまり知識がない。だからどういう攻撃をするのか確信を持って回避することは難しい。

 でも剣が二本あったって、体は一つ。

 

 ギャリ、と金属では普通出ないような音がして、相手の双剣のうち一つを強引に向こう側へと押し出した。自分の種族におけるアドバンテージを利用したゴリ押しは確かに効果的で、兵士の重心が向こうに寄った。

 剣の重さに任せてか、押さなかった方の剣が緩慢なスピードで落ちてくる。それと同時に他の兵士も武器をボクに向けていたので後ろに飛び退いて回避、割れている塀の破片を投擲。

 他兵士には流石に避けられるようだけど、重心が後ろ側で不安定な双剣の兵士はやっぱり避けられず、頭部に直撃してノックアウト。

 

 見たところ、他に双剣を構えている人は居ない。

 よし、イレギュラーこそあったけど、これから先はボクも対処が慣れている片手剣の兵士やらばっかりだ。

 

「──って、うわっ!?」

 

「あまり舐めるなよ……ッ!」

 

 他の兵士より軽装な人がいると思っていたら、剣と盾を持ったそこそこ強い人だった。自分から攻めることはせず、今みたいにボクから切り込まれるのを待っている。

 盾で自分の体を隠し、それによって隠される剣は宛ら蜂の一刺しと言ったところだろうか。いや、でも盾の練度はともかく他はそこまででもないかな。

 適当に軽く切りつけて離脱を繰り返す。よく訓練されていて、深追いしてくることはないみたいだ。良くも悪くも軍人に似ていて、マニュアルを徹底している印象が強い。

 

 けどまあ、ロドスのオペレーターがたかだか軍人一人に対して梃子摺る訳にはいかないから。

 

 さっきと同じように近付くと、その軽装兵も同じように盾を構えた。手に持っている刃は隙を晒した瞬間にボクの体を(わか)つだろう。

 後ろに置いた右足にかけていた重心を前の左足へと移動させる。拳を強く握り込み、左手を前に翳す。

 

「なっ!?ぐぁっ!!」

 

 右腕のストレート。盾ごと腕のガードをぶっ飛ばしてそのまま顔面にパンチを叩き込んだ。フードの下にある硬い感触からして、仮面だけは他の兵士と同じように被っているのか。

 だとすると、あの少年はどうなるのだろう。レユニオンも見た瞬間に逃げろと言っていたあたり、正規軍やテロリストの類ではないのだろうし、ラーヤと同じ立場ってことかな?

 

 塀に頭を打ちつけた兵士は倒れたけど、まだ油断はできない。他の襲いかかってきた兵士の足を引っ掴んでハンマーのように振り下ろした。

 数十キロの肉塊を振り下ろされれば、如何に頑強な重装兵でも姿勢を崩す。況してや寝転がって無抵抗なままに受けてしまえば戦線復帰はできないと思う。

 

 唸る尻尾が兵士のナイフを弾き飛ばす。もう一人くらい同じよう強い人が居るかと思って両手を使わず排除していたせいか、どうやら兵士の戦う意思は折れてしまったようだった。

 散っていく兵士を見送った後、退避していたラーヤの方へと手を振った。

 

「ナイスだったよ、ラーヤ」

 

「ねぇ、これ私要る?」

 

「必要だよ。先頭がいきなり倒された時、後ろに続いている人は内心すごいことになってるはずだからね」

 

「アビスが最初に蹴り倒した時、私の内心もすごいことになってたからそれは分かるけどさ」

 

 ああ、確かに一切確認せずに蹴り倒しちゃったからね。でもこんなテロ活動が盛んな中でなら仕方がないことだし、殺す気はなかったから許容範囲でしょ。

 

「じゃあ、出発しようか」

 

「……まあ、ついてくけどさ」




懐中時計
ヒント:潜在解放
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