【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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ようやく最終話が止まってくれました。話数を増やしてなければ、40,000文字ギリギリいかないくらいです。39,500文字は超えてます。


二十三 全力疾走

 

 

 吹き飛んだ屋根が散弾のように地面へと降り注ぐ。

 それはまるで天災の予行演習でもしているかのように、瓦礫を路地へと積み上げた。

 

 アビスが舌打ちと共にまた次の屋根へと飛び移り、それから数秒もしないうちにもう一度、屋根が無数の破片へと変貌する。

 爆砕された建物には、当然ながら崩落の危険性が高すぎて飛び移ることができない。交戦してから僅か数分で、アビスの選択肢は開始時のそれよりずっと少なくなっていた。

 

「危なっ!?」

 

 両の手を屋根につけて着地した。なんとか寸前で回避したが、足元に転がったグレネードへと一瞬でも注意を奪われていれば、今の擲弾は躱せていなかった。顔を上げると、少し遠くに銃口が見えた。

 当然のようにアビスの顔へと精緻な狙いをつけるサルカズにもはや感心しながら接近する。

 もし今Wがアビスの顔を狙い撃ったとして、距離が離れすぎているために回避が可能であるため、接近の選択肢が一番マジだった。

 アビスの後ろ側には通りがあって、幾つかの建物が炎上していることから一旦の退避すら許されない。炎を無視して突っ切るとしても、それによる家屋へのダメージは無視できない。

 

「なんだか最近人を怒らせることが多い、ねっ!」

 

 単調な爆破だけであるならば、アビスは既に接近できていた。サルカズが思考を停止して近づくことだけに警戒するならば、アビスはとっくに逃走できていた。

 逃げ道となる建物の選択肢を優先的に塞ぎつつ、殺せそうな可能性は逃さず拾い、時に自分に接近させて罠を仕掛けることすら厭わない。徹底してアビスを追い詰めていくその行動パターンが、アビスの刃を逸らしていた。

 

 しかしアビスも翻弄されているだけには収まらない。Wはヴイーヴル(人外)の挙動で迫ってくるアビスから、何度も不意を突いた襲撃を受けている。

 辛うじて未だ同じ屋根の上に立つことがなく、しかしWの優勢はそれくらいの僅かなリードのみだった。

 

 

 リロードを終えた銃を構えて、黒煙の向こう側を射撃する。その銃撃とは別に、ドン、と砲撃のような音がして影が横へと真っ直ぐに飛び、Wの目はそれを追いかけようとしてすぐに見失ってしまう。

 ガッ。小さくそんな音がWの右方向下方面から聞こえて、グレネードのピンを抜いてその場に捨て置き逆方向の屋根へと飛び移る。

 グレネードが爆発する数瞬前に影が音のした方向から飛び出て、また砲撃のような音を出して高速で退避した。

 

 Wは音の正体が未だに分かっていない。恐らくは火薬や源石を用いた何らかの加速装置を使っているのだろうが、擲弾で穴を開けた地点が多すぎることと、自分から爆炎の壁を作っているせいでイマイチ痕跡や使用の瞬間を捉えられないのだ。

 

 グレネードの向こう側へと退避しているのを視認して射撃、しかしアビスは当然のようにそれを回避する。撃つ気がない構えには反応せず、撃とうと思って指に力を入れた瞬間にアビスは射線から消えていく。

 アビスは臆病なのだ、とWは理解した。カズデルで傭兵をしていたWよりも殺意に対して敏感で、そして反射的に対処できるほど死を恐れている。

 ただの臆病者であればそれで良かった。だがアビスは、臆病で居ることこそが自分を死神の下へ連れ去ってしまうのだと分かっていた。

 真に死を恐れた者は臆病で居ることができない。死に抗うためには力や知識が必要なのだと知り、それを糧として生きる能力を得るのだから。

 

 砲口初速の遅いグレネードランチャーを馬鹿正直に向けるだけでは仕留められないと判断して、先読みへと頭を集中させる。しかしそれを分かっているのか、アビスは計算を掻き乱すように加速して姿を眩ませた。

 

 

 アビスの額から玉のような汗が落ちる。猛炎の放つエネルギーは、そう、ロドスが誇る自爆ロボット(THERM-EX)の熱弁する内容と遜色ない心理的圧迫をアビスに与えていた。

 だがしかし、それ以上にアビスの精神へと負荷をかけるものがある。言わずもがな、あのサルカズが構えているグレネードランチャーだ。

 

 直前までアビスの居た空間、その少し前の屋根が破壊される。飛び散った屋根は疑似的な弾丸の豪雨となってばら撒かれ、ゾッとするような面制圧の射撃となった。

 

 飛び移っていくうちに、アビスの退避手段が限られていく。猛炎から離れていると言うのに、アビスの汗は止まらない。

 

 遂にアビスが足を止めた。左側は倒壊一歩手前の屋根、背後に飛び退っては先のように飛び散った破片に捉えられる危険があり、接近するには距離が近過ぎて弾丸の回避に自信がない。

 しかし右側の屋根を選択してしまえば、サルカズに撃ち抜かれる可能性が高い。右側を選択するしかないからこそ、それを選択することができないのだ。

 

 そしてもう一つ告げると、サルカズは今の読み合いでアビスを撃ち抜けるとは思っていないだろう、と推測できる。普通の手段で追い込まれているこの時、アビスは爆煙に隠れていたあの手段を取るしかない。

 何もかもがサルカズの思う壺で、アビスは歯軋りをした。サルカズの銃口はアビスより少しだけ右に逸れていて、その顔には嘲笑がある。

 

 仕方がない、とアビスは前に倒れた。

 両手を屋根について、左足を後ろへと出す。

 

 

 ドン、と音がした。

 サルカズの目が見開かれて、呆気に取られたまま口を馬鹿みたいに開いている。

 

 

 クラウチングスタートの体勢になったアビスは、特筆すべき機構を使わず、ただ純粋に足下の屋根を蹴り飛ばした。変わったものと言えば、靴に仕込まれている合金版の下に弾性を持つ素材でできたものがもう一つ重なっていることだろうか。

 アビスを送り出した屋根はアビスの脚が離れた瞬間から崩落を始めていて、サルカズの顔はありえないと全力で表現している。

 

 これはアビスにしか出来ない芸当だった。普段から格闘において蹴撃を多用するアビスだが、それの全力が、崩落と自身の射出を両立させるに丁度いい塩梅だったのだ。

 もちろん、他のオペレーターでも屋根を破壊することはできる。だが例えサリアのようなオペレーターでも、今のアビスのようにしてしまえば屋根を壊して終わりだった。

 

 半年後のアビスには出来ない、そんな奇跡のような噛み合いを土壇場で成功させ続け、アビスは屋根の上を鉛玉のように移動させている。ちなみに最初の発見は目の前に迫る擲弾への反射的な回避によるものだった。

 勢いをつけてしまえば後は簡単だ。出発した屋根の縁を蹴り飛ばし、より一層のスピードをつけて駆けていく。

 

「どんな化け物よ!?」

 

 Wとアビスの間には、もはや一つの屋根すら存在していない。アビスが出した法律違反確定のスピードに、Wは悲鳴のような声を上げながらグレネードランチャーを乱射した。

 放り投げた手榴弾は更にスピードを増したアビスの後ろで爆発し、その破片はアビスにぶつかっても、止まらない。

 

 アビスの頬に一本の線が走り、紅血が滴る。頬を離れた真っ赤な液体を置き去りにして、アビスは最高速度に突入した。踏み締める屋根は一瞬の間を置いて罅割れを作り、擲弾がトドメを刺す。

 

「あぁもう、さっさとこうすれば良かったわ!」

 

 アビスがWの立つ屋根へと跳ぼうとしたその時、Wはピンを抜いたグレネードを真上に放って屋根の向こうへと飛び降りた。

 アビスを仕留めるチャンスとは言え、今の状況に態々真正面からぶつかる必要はどこにもない。アビスのペースに乗せられたままで居るのは不利だし、何より癪だ。

 

 しかしそれはもはや見慣れた対処で、撹乱されたWのペースをアビスが手放すことはない。

 アビスが体を捻り、横に角度をつけて水平に跳んだ。Wの居た屋根の隅に手をついて調節、跳んだ勢いのままに人がすれ違うこともできないような幅の路地を落下していく。

 

 上半身が反っている体勢から、壁に爪先を擦って前傾姿勢を取り戻した。肉体の強度と速度によって壁に一本の線が刻まれ、激しい擦過音を出した爪先は燃えているかのように熱くなったが必要な対価だ。

 

 そして前傾姿勢になったからにはやることは一つ、地面に着地した瞬間にまた砲撃のような音を出して加速した。グレネードはとっくのとうに爆発していて、アビスが着地する頃には丁度、それによるホテルの鳴動も終わっていた。

 加速して、すぐに見えてくる壁の終着点。T字の路地を左に曲がればWが居るはずだ。

 ホテルの角に手をついて、横の壁を力の限り蹴り飛ばす。

 

 

 

 そして見えたのは──アビスに迫る銃弾だった。

 

 

 

「投降すれば助けてあげる、かもしれないわよ?」

 

 手遅れだと確信したWが挑発するようにそう告げたのをアビスの頭が認識して、その瞬間にはアビスへと銃弾が触れていた。

 それは誘われていたことなど全く気付けなかったアビスの失態だった。最大速度にまで加速したせいで調子に乗ったアビスの失策だった。

 

 銃弾が抉る。

 

「いっ──たいなぁ!」

 

「……はっ?」

 

 脳が指令を飛ばすよりも早く、それはもはや脊髄反射並みの速度で顔の向きを逸らしたアビスのツノを擲弾が削り取っていた。もし首や胴であれば撃ち抜かれていた。Wが完全無欠に額のど真ん中を狙っていなければ起こらない神業だった。

 自分のツノを押さえて痛苦の表情を浮かべるアビスと、呆気に取られているWの様子がひどく対照的だ。

 

「ふざけんじゃな──いったぁ!?」

 

 すぐに我を取り戻して銃口をアビスに向けた瞬間、Wの頭を激しい衝撃が襲った。ボロボロと何かが頭の上から落ちてきて、混乱のままにWは頭を振って路地の地面に落とした。

 

「アビス、今のうちに!」

 

 それはいつのまにか屋根の上へと登っていたライサの落とした植木鉢だった。Wがライサを狙い撃つが、頭へのダメージが抜けきっておらず、手のブレによってホテルの壁に着弾した。

 

 瓦礫がアビスとWの頭上に降り注ぎ、弾かれたように両名がその場から離れる。倒壊を始めたホテルの三階の壁が丸ごと剥がれ落ちそうになり、ギリギリで押し止まった。

 かなりの量の瓦礫が路地を塞ぐ。アビスよりも(うずたか)く積まれている。しかしアビスの退避した方向、つまりT字の路地には、更に多くの瓦礫が降ってきていた。

 

「はあ!?なんで、ああもうっ!」

 

 割れている窓から家屋の一室へと飛び込んだアビスは、先程グレネードが爆発した時以上の地面の揺れ──いや、チェルノボーグの揺れを感じた。

 瓦礫が積み上がった路地へと身を乗り出して上を見上げれば、路地裏の天井を彩る色は鮮烈なそれへと変わっていた。

 

 赤黒い雲が渦を巻き、雨のような隕石がそれを穿ちながらチェルノボーグを揺らし、瓦礫の山を積み上げる。

 

「天災が、どうしてこんなに早く!?」

 

 アビスの声を覆い尽くすような隕石の音が周囲を包む。

 

「今は、そんなこと考えてる場合じゃないか。ラーヤ!そっちは大丈夫!?」

 

「早く助けに来てー!」

 

「了解ー!」

 

 ちなみにアビスの疑問の答えは、あのゾンビ達との戦闘にある。端末を壊してしまったアビスに知る余地はなかったが、あの戦闘によってかなりの時間をアビスは消費してしまっていた。

 天災の予兆として集まった厚い雲は時間感覚を狂わせて、そして追い打ちをかけるように始まったWとの戦闘。アビスの身に降りかかった不幸の連鎖は天災までの時間をいとも容易く稼いでしまっていた。

 

 ライサを抱えたアビスが屋根の上を無音で駆ける。

 瓦礫と化した建物はそこら中に転がっていて、それと同じくらい、赤い液体に身を沈めたテロリストの死体が目につく。

 

 そしてそれ以上に、健在のテロリストが瓦礫の中から這い出ている光景が目を奪う。レストランらしき看板が落ちている近くから、数人のウルサス人がなんとか瓦礫を掻き分けて顔を出した。

 ライサの視界は天災の雲に染まっている。それが幸運に思えるほど残酷な惨劇が始まってしまった。

 

 ライサも気づかない訳がなかった。そこら中で再発した泣き叫ぶ声にテロリストたちの怒声が覆いかぶさっているのを、コータスのライサには分からないはずがなかった。

 だからこそ天災の方に目を向けて、今すぐ叫び出したい衝動を抑え込んでいるのだった。

 

 ライサにはそれくらいしか出来なかった。

 

 周囲一帯を破壊し尽くして、隕石の雨はいつのまにか止んでいた。そんな気紛れな破壊だからこそ、アビス達には恨むこともできない。

 

 何も言わず、アビスはただメモの方向へと接近する。これなら目印になる建物がなくなっても平気だ、と考えながら念入りにメモしていたが、本当にそんな事態になるなんて思っていなかった。

 そうだ、天災の猛威を想像できるのは経験した者か、それとも天災トランスポーターくらいだ。そして、アビスからすれば天災なんて他人事だった。

 天災が都市を打ち砕く前に離脱しようとしていたロドスのオペレーターには、ひょっとするとテロリストの武装蜂起よりも想定していなかったことなのかもしれない。

 

 もしかすると、自分はライサよりも想像できていなかったのかもしれない。

 自分の腕の中で生まれ故郷の喪失を実感しているライサに申し訳なく思う。他人を不幸をいつまでも他人事にしておけるほど、テラの大地は甘くない。

 

 陰鬱な空気を切り裂くような、大声が聞こえた。

 

 いつのまにやら、通りが騒がしくなっていた。叫び声や怒声とは違って統率の取れた声が響いている。

 そしてそれは、とても馴染みのある声だった。

 

 屋根を駆ける。

 

 最後に一際強くジャンプして、武器を振りかぶっていたサルカズを力の限り吹き飛ばした。仮面どころか頭骨すら割れたかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。

 

「カーディさん!無事でしたか!」

 

 行動予備隊A2及びA4に所属する隊員のほぼ全員が一斉にアビスの方を向いた。

 

 そして一人、向くまでもなく目の前に居た隊員が居る。

 

 泣いている少女を抱えた理解不能な狂人がどこかから跳んできて、全身煤けた服でテロリストの頭を蹴り飛ばしながら自分の前に着地した。

 

「きゃああああっ!!」

 

 叫ぶのも、無理はなかった。

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