【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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『原作改変』タグを付けました。


二十四 熱源女

 

 

 空気が張り詰める。

 訓練室の中、銃口を向けるWと、その銃口を手のひらで覆うアビス。向けられているはずのライサは別段気にした様子もなくアビスの隣に立っていた。

 

「植木鉢は、ないわよ」

 

 アビスは下唇を噛んだ。Wの発言にも、立場上は擁護できないが、一理あると認めてしまっていた。

 

「あの後、土が服の間に入ってたのよ?」

 

 ライサはWに興味がない。何を言っているのか理解する努力を投げ捨てて、とりあえずアビスの袖を少し摘んでみた。

 

 アビスは自分の服の中に土が入っていることの不快感を知っていた。下水をかけられた後のことも、そしてレンガ製ではないが、プランターで頭を殴られたこともあった。

 リターニアでの経験がアビスに同情心を芽生えさせていた。もっとも、ライサのあの行動によってアビスは命を救われた訳であるから、口に出すことはないのだろうが。

 

「ねえ、聞いてるのかしら」

 

「……私に話しかけてるの?」

 

「はあ?当たり前じゃない」

 

「ふーん、そう。それで?」

 

 Wは迷いなくトリガーを引いた。流石に撃ちはしないだろうと思っていたアビスが慌てつつもなんとか対応に成功し、寸前で銃の向きを逸らすことに成功した。

 指の隙間を弾丸が少し掠っていたようで、血が垂れる。

 

「あたしの邪魔をするなんて、もしかして撃ってほしいのかしら?あんたのツノを穿ったこの銃で、あんた自身に風穴を開けて差し上げましょうか、アビス?」

 

 今度はライサが拳を握り固めて、アビスに制された。だがその程度で止まるライサではなく、制されたまま声を張り上げた。

 

「負け犬のままじゃアビスに勝てないからって、私みたいな一般人に勝って自信でもつけるの?そんなちっちゃい器してるからアビスには勝てないって分からないの!?」

 

「大きい声で吠えるわね、金魚の後ろに纏わりつくフンにしてはよく声が出せるじゃない。すごいわよ、素直に誉めてあげる」

 

「ラーヤ、そこまで言わなくていいから。あとWもそこまで言わないでくれるかな」

 

「嫌だ」

 

「嫌よ」

 

「……そっか」

 

 アビスは現実に打ち拉がれた。何事も思い通りにいくことなんてない、それを改めて思い知った。

 

 干戈の交わりはいつだって避けられない。それはいつだったかニェンが言っていたことだが、アビスはその言葉の意味を本当の意味で今知ったのだった。

 ちなみにアビスが戦闘をして(第一章)以来、ニェンとアビスは顔を合わせていない。

 ニェンは軽々しく自分の妹を殺そうとした件について一言どころではなく何発か殴るつもりでアビスを訪れたりしているのだが、それを報告するサリアの手違いや勘違いや思い違い(大体サリアのせい)が発生して、アビスはニェンが自分を殺そうとしているらしいと思っているためだった。

 

 ちなみにサリアの報告だが。

 

『ニェンがお前を探していた。報復するために来ていたようだ』

 

『ニェンはお前を殺したいほど憎むだろう。きっと私ならばそうする。復讐はしたいからするのではなく、しなければいけないと思うからするんだ。抗えはしないだろう』

 

『あの自由人がここまで執着するのは珍しいと聞く。それ程までにお前が買ったニェンの感情は大きかったのだろう』

 

『大切な人を害されることを、自分を害されるよりも辛く感じることはある。お前が一体何をしたのか、自分でも良く考えてみると良い』

 

 全て正論である上に善意からアビスに言っていることがタチの悪い部分だろう。アビスは途中からただ忠告やら殺害予告(勘違い)をしてくるサリアに対して平謝りだった。

 それに対して、謝る相手が違うだろうと言ってのけるサリアは中々の鬼畜だった。正論ではあるのだが。

 

「まあ、いいわ。植木鉢くらいどうってことないのよ」

 

「……今何の話してんの?」

 

「ラーヤ一旦静かにしようか」

 

 額に青筋を浮かべるWの銃口を天井に向けて固定しつつ、アビスはライサを(たしな)めた。

 

 ニコニコ微笑んでいるアビスだが、内心はちゃんと頭を抱えている常識人だ。

 自分が責められているというのに人の話を聞かない狂人ではないし、銃口を向けられても側にいる人を信頼して煽りに煽る狂人ではないし、つまりはアビスはチェルノボーグ出身のコータスではなかった。──ん?

 

「そもそもアビスがWに付き合う理由ってないよね?」

 

「ないから銃を持ってるんじゃない」

 

「アビス、こいつ頭おかしいよ」

 

 それはそうなんだけどおまいう。

 アビスの胸中がそんなフィーリングの言葉によって埋め尽くされる。少なくとも一片たりとて納得はしていなかった。

 

「なによ、合理的な手段でしょう?普通なら聞かない頼みを押し通すには脅すのが一番良いのよ」

 

「うわあヤバい人だよ、アビス」

 

 説得力がないことを除けば、その主張は確かに的を得ている素晴らしいものだったのだが。正直アビスにとっては両者とも同じくらいに面倒くさく、害のない分ライサの方が少しマシなだけだ。

 

 それは、ライサの持つアビスへの情動が、本当は信頼や信用によるものではないとアビスが思っていることも少なからず作用しているだろう。

 

 ライサはアビスに依存している。

 少なくとも、それがケルシーを筆頭とするロドスの医療オペレーターが出した結論だ。チェルノボーグ事変を終えてからライサは精神的に非常に不安定な状態が続いていて、アビス以外のことを些事だと切り捨ててしまう今のライサはあまり良くない傾向にある。故に、通常ならば精緻な経過観察と共に距離を作っていくはずだった。

 しかしそれがあれだけのテロリズムに遭ってのことならば話は別だ。行動嗜癖(こうどうしへき)──物や行為に依存してしまうこと──としても最低限の常識は持っている上、薬物や酒のように過剰摂取を控えるべき物を飲用している訳でもない。言うなれば、吊り橋効果で懐いたようなものだ。

 

 そして更に、ライサはアビスに関わる事象であれば社交的な面すら見せている。

 何度もアビスの私室にLancet-2を引き連れて訪れるのも、クオーラと共にバットやボールを持って押しかけるのも、アビスからしてみれば勘弁して欲しいものだが、健全ではあるのだ。

 というかアビスとライサが部屋で二人きり、なんてことの方が不健全だ。社内でそういった関係になることを禁じてはいないが、年齢的にも常識的にも自重すべきだった。

 

 しかしそうは言っても、アビスへの好意や信頼がない訳ではない。というかアビスが勝手に全て依存によるものだと決めつけているだけで、純粋に頼っている部分は割合大きい。ライサの抱える依存は信頼を基とするものであると分かっていないアビスの勘違いだった。

 

「それで、ラーヤ。ボクはもうWに関してここで一区切り付けたいんだ。また後で野球でも何でもするから、あんまりケンカしないで欲しい」

 

「ふ、ふーん。分かった。仕方ないなぁ」

 

「あら、寂しいこと言うのね、アビス?」

 

 アビスの言葉によってようやく棘がなくなったライサの空気は、また針の如く鋭い緊張感を発生させた。

 自分の肩を抱いて微笑むWに、アビスは何してくれてんのお前と叫び出したくてしょうがなかった。何故か照れた様子で毛先を弄っていたライサが能面のようになってしまう所なんて見たくなかった。普通に怖かった。

 

「あたしとアビスの仲じゃないの」

 

「どんな仲だよ……」

 

「同じ感情を共有し合った仲よ?ねぇ、アビス?」

 

 Wの発した猫撫で声がアビスの肌を粟立てた。つい忘れてしまうほどに軽薄な態度こそ取っていたが、Wの抱く感情は殺意に他ならない。それを無理矢理にでも思い出させるような冷たい声だった。

 笑顔の向こう側で、果たしてどのようなことを今思っているのか。殺意はあっても手を出さないWの行動にはどのような意図があるのか。

 

「なに、それ。何したの?アビス。ねえ」

 

「ボクのアーツの話です、疚しいことはありません」

 

「なんで敬語になったの?」

 

「……」

 

 やっちまった。板についた敬語の口調がアビスの口から漏れて出た。それはWの言葉に恐怖したアビスの単なる言い間違いだったが、こんな状況下でそんな言い訳が通じる訳もない。

 

「ねえねえ、アビス?どうしたの?ねえ、ねえったら」

 

 ライサの目から光が消えた。最初に拒否していたあのWはどこへやら、冷や汗を流し続けるアビスを心底嬉しそうに眺め、アビスを責め立てるライサを確実に歓迎している。

 

「それはこれから話してくれるのよ。ねえ、アビス?」

 

 行動が読めない。Wの方針はアビスの話を聞き、尚且つ憎いアビスに害を与えるということだった。

 たしかに、その二つに当てはまってはいる。Wがライサを煽ったことでアビスは追い込まれたし、恐怖さえした。そして今のWは害を与えることよりも話を聞くことを優先した。

 だが余りにも行動がぐちゃぐちゃだ。話を優先するのなら最初からライサを部屋の外に叩き出して終わりだろうし、アビスに嫌がらせがしたいのなら話を聞くことよりもまた別の方法がある。

 

 一つ、アビスには思い当たることがあった。Wの気紛れである、という可能性より圧倒的に小さい可能性ではあれども、アビスはその理由こそが的中しているのだと、理由もなく確信していた。

 

 だが、まだ言えない。

 少なくともWがそれを自覚するまでは、言えない。

 

 

 

 

 家々は倒壊し、瓦礫の散乱する道をテロリストの壁が埋め尽くす。なんとも違和感のある表現だが、それが間違いではないことを一度見れば誰もが理解できるだろう。

 そしてその壁に穴が開く。耀騎士が弾き飛ばし、一人のコータスを始めとする術師オペレーターによる補助を受けながら、行動隊E1や E4、そしてアーミヤ隊の隊員が穴を埋めようとするテロリスト達を弾き飛ばした。

 

「キリがないな、クソッ!」

 

 そしてその中を行く医療班のメンバーによって更に護送されている存在こそが、ロドスにおける現在の最優先護衛対象であるドクターだった。

 まだチェルノボーグというテロリズムの被災地に慣れていないのか、聞こえる怒号に反応してはビクつき、キョロキョロと周りを見回している。

 

 そして、突如としてテロリスト達の動きが止まった。まるで統率された軍のように、その降り注いでいた鉄塊の群れは、振り上げられたまま降ろされることがなくなったのだ。

 

 まるで、どこかの絵画にでも切り取られた風景のようだった。テロリストの海が、たった一人の意思によって真っ二つに割れたのだ。

 

 神話の中の出来事ではない、しかしその一人はまるで神話に居る傑物の如き圧を纏ってこの場に現れた。

 

 

 炎熱の収斂が周囲を溶かす。驚異的なアーツの扱いによって自身は一つの火傷も負わずに高熱の空気を手の中に封じ込めていた。

 カジミエーシュの誇る耀騎士が前に出る。一条の光となって駆けるかの耀騎士は──膨大な熱量を以って打ち倒され、完膚なきまでにボロボロになる。

 

 次は耐えられない。彼らはそう明確に理解した。ドクターは打つ手がないことを悟って押し黙り、場の雰囲気は焦燥と少しの諦念に支配される。

 

 決意する男、未だ立ち向かう勇敢なる耀騎士、それを制する元軍人の女。

 

 そして覚悟をとうに決めていた、少女。

 

 

「滅せよ」

 

 

 全てを灰燼と帰するのみならず、その灰燼にすらも存在を許さない。

 火焔を象っただけの『死』そのものが放たれた。

 

 止めたのは、止めているのは、自己犠牲を厭わない男でも、死に体となった耀騎士でも、数多くの後進を育てる女でもなかった。

 それは覚悟を身に宿したただ一人のコータスだった。

 

 アーツによって生み出された人知を超える『死』と、アーツによって生み出された仲間を守る『盾』が拮抗する。

 

 『死』が『盾』を灼く。

 

 

「私が……みんなを……守らなきゃ!」

 

 

 焼け落ち、燃え尽き、尚掲げられた黒き『盾』。

 『死』を前にして一歩も引かず、ただそのコータスは仲間を守るために『盾』を支える。

 

「素晴らしい」

 

 傑物の口が弧を描いた。状況は圧倒的に優勢、周りにはいつでも襲わせることのできる部下が何百何千と存在する。

 しかし、()()()()()()()()を抜きにすれば、コータスは自身の最大火力を完全に防いでいた。コータスにかかる負荷などどうでもいい。

 なぜならあのコータスは仲間を守るために『盾』を取ったからだ。

 一つたりとて新たな火傷のない仲間たちを見れば、そのコータスの目的が完全に果たされていることが分かる。継続できないだとか、そんなことは関係がない。

 コータスは自分を相手取って尚、勝利している。

 

 これを賞賛せずに居られようか。いいや、それが出来ないのは情動を憎悪に染めた愚か者だけだ。

 

 しかし、限界が存在することもまた事実。

 

 コータスの体は崩れ落ち、支えを失った『盾』は『死』の猛炎に巻かれ、勢いこそ多少は弱まったものの、今度こそ『死』がコータス達に襲いかかった。

 

 

 

 ロドスで唯一絶対とされているルールはギブアンドテイクだろう、とどこかのヴイーヴルが言っていた。感染者はロドスへの奉仕無しに治療を受けられず、それこそがただ今日までに守られている規則だろうと。

 そしてAceは、たとえ一分にも満たない時間であろうとアーミヤによって『死』から救われた。それを返す義務があった。

 

 しかしその義務が意味を持つことはなかった。

 

 

 エリートオペレーターだった。その責任を果たすためには、命すらも擲つ覚悟があった。ロドスのための礎となることを受け入れていた。

 そして今がその時だった。エリートオペレーターとして、アーミヤを守る盾となるべき時だった。たとえ稼ぐ時間がただ一瞬のみであろうとも、前へと進み出るべきだった。

 

 そしてその覚悟も、今回においてはあったところで然程意味はなかった。

 

 

 たとえアーミヤが諦めてしまっていたとしても。たとえ自分がエリートオペレーターではなかったとしても。

 

 

 その男は盾を持ち、傑物の前へと進み出る。『死』を受け入れることなく、最後まで抗い、そして自分の守りたい仲間だけは生かしてみせると決意を見せた。

 

 数人のオペレーターが後を追う。それが本当の意味で後を追うことになろうが構わない、そう覚悟を決めて、彼らは彼に倣って己の武器を構えた。

 

 悲痛な叫びが、小さくアーミヤの口から漏れた。ドクターの腕の中、アーミヤが意識を失くす最後の時まで、Aceの背中はアーミヤの前にあった。

 

 

 

 ブレイズ、後は頼んだ。

 

 

 

 死ぬ覚悟を決めたからと言って、自殺してやるつもりはない。目標はたった数分でも、心意気だけは、寿命の尽きるその時まで生き延びてやるつもりだ。

 

 炎を押し退けた盾が焼け焦げる。それがどうした、ロドスに残っているブレイズの炎に比べれば熱くもなんともない。これが本気か、傑物よ。

 

 

 Aceが心の中で大言を叫ぶ。

 全てはロドスのため、いや、未来のために。

 

 

 そして──突然、炎の勢いが消えた。

 速度の乗ったダンプカーが突撃してくる衝撃から、ロドスに居る怪力のオペレーターが全力でぶん殴ってくるくらいの強さにまで勢いが落ちた。

 

 

 ああ、どうしてこうも、ヒーローは恰好がつくのか。

 

 

 Aceの視界には、何故だか目尻から涙を零すレユニオンの傑物──タルラと。

 

 熱さを全力で我慢して短剣を構えている、ロドス製の服に身を包んだヴイーヴルの青年が立っていた。

 

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