【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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二十五 『死にたくない』

 

 

 ボクが広場に着いた時、そこには決死の表情で立ち向かうAceさん率いる行動隊E1が、押し潰すような死の恐怖をばら撒くドラコの女と戦っていた。

 

 広場の地面は女の足元を除いて円の形をした湿地帯のようにぬかるんでいて、ただ他の湿地と違うのは、その水分が融解し始めた石で代用されていて、更にはオレンジ色に発光していることだろうか。

 

 テロリストの居ない場所に降りる。何人かはボクに向かって武器を構えたけど、ボクの行き先があの熱源になっている女だと分かるとすぐにどこかへ散って行った。

 

 ボクの立ち位置は熱源女を挟んでAceさんの反対、つまりは完全な死角になっている場所だった。

 

 熱風が吹き荒ぶ。

 じわりと汗が浮かぶ──くらいを想像してたんだけど、かなり離れてる今でも滝のように汗が出てくる。これでもボクはAceさんより倍くらい距離取ってるんだけど、Aceさんはひょっとして人じゃない?

 

「冗談は、やめとこうか」

 

 熱源女は間違いなく強敵。あの鬼のように強い……この表現は誤解を招くからやめておこう、ボクを二、三回は軽く殺せるブレイズさんを子供のように(あし)らえるAceさんが苦戦する相手──ん?ボクが加勢する余地なんてある?

 

 いや大丈夫、あの熱源女は他のレユニオンとは違って肌が出てる。

 

 あ、あれ?ちょっと待って。

 

 今この人に真面に攻撃が効くのってボクくらいなんじゃないの?

 ボクのアーツは電気信号で、炎によって小さく軌道を変更されることはあっても熱されることによって焼失させられることはない。

 逆に、オーキッドさんやアーススピリットさんを筆頭とする緩速師の人や、アーミヤさんのようにアーツを球にして打ち出す中堅術師の場合は、燃え尽きることはなくても、真価は発揮できないはず。

 

 アーツ以外で斬り込むのは無謀が過ぎるから、必然的にラヴァさんやビーズワクスさんのような飛ばない攻撃や拡散術師に限られる訳で……Aceさんが今立っていられてるのは炎を盾で防いでいるだけだからで、それだけでもボクなら融けるくらいには勢いがある。

 Aceさんでも長くは保たない。E1部隊の術師オペレーターさんは──中堅術師。えっ、燃え尽きた。

 

 ポケットから取り出したアーツユニットの短剣を熱源女に向ける。熱源女がボクに気付いた様子はない。

 もし気付かれていたとしてもボクのアーツは最悪の初見殺し。不可視、無音、盾を持っていたとしても屈折して回り込むことすらあるのに、避けられるはずもない。

 

 あっ、と……まずはこっちだ。

 鞄から使い捨ての注射器を取り出した。中に入っているのはいつもの源石抑制薬──ではなく、ケルシー先生の過剰摂取を咎めて取り上げたらしいLancet-2から貰った理性回復剤。

 袖を捲って腕に打てば、スッと意識が冴えてきた。熱源女の放つアーツが煩いくらいに聞こえてくる。視界が広い。それなのに集中が高まっているのを感じられた。

 ケルシー先生がこれを多用するのも頷ける。そしてこんな目に見えるほどの効果があるなら、Lancet-2がそれを取り上げたのも当然だと思う。これで上級じゃないのだから、ロドスでも数本しか所有していないあの上級理性回復剤は……

 

 うん、あの熱源女を前にしてこれだけ深く考え事に没頭できるなら理性の方は大丈夫なはず。

 短剣の切っ先をまっすぐに。熱源女に気付いた様子はなく、E1部隊の人は数人ボクの方に気付いて、ハンドサインで撤退を促している。

 

 バカじゃないのか。ボクはイカれた作戦に命を賭けられない人間ではあるけど、目の前で殺されそうな上司を見かけて、全く何もせずに帰るような人間じゃない。ケルシー先生なら大丈夫だろうから帰るけど。

 

「すぅ、はぁ……」

 

 理性は十分。

 自分の感情を、整理しろ。

 

 助けたい。

 良い格好をしたい。

 自分にしか出来ないこと。

 自分だけが出来ること。

 エリートオペレーターを助けられる。

 熱源女に一泡吹かせられる。

 自分だけが助けられる。

 

 本当に、倒せるか?

 

 倒せない。

 負ける。

 無駄になる。

 『彼女』の源石が焼ける。

 勝てるはずがない。

 早く逃げたい。

 エリートオペレーターが勝てないのに、ボクが勝てるはずなんてない!

 早く死ねば良いのに。

 

 

 死にたくない。

 

 

 殺される!

 早く逃げなきゃいけない!

 暑い。

 どうしてボクがこんな役回りを!

 天災が降るかもしれない。

 みんなも逃げた癖に。

 ボクばっかり、いつもそうだ。

 『彼⬛︎』との思い出を汚すなよ!

 ボクと『⬛︎女』の命をこんな、こんなところで!

 

 胸を張って『⬛︎⬛︎』と向き合えるボクで居たい。

 命を賭けるボクって格好良くない?

 救ってやるボクに感謝しろよ。

 ボクだけが今、熱源女を倒せるんだよ!

 

 

 『⬛︎⬛︎』。『⬛︎⬛︎』、『⬛︎⬛︎』。

 

 『⬛︎⬛︎』、『⬛︎⬛︎』!

 

 『⬛︎⬛︎』、『⬛︎⬛︎』。『⬛︎⬛︎』。『⬛︎⬛︎』!

 

 

 なあ、『⬛︎⬛︎』!ボクって死にたくないんだよ!ボクはキミの持つ剣でしか死にたくないんだ。

 ボクはキミのために、命を張ってでも良い男で居たい。キミに釣り合うようなボクで居たい!

 

 

 死にたくない。

 

 倒さなきゃ。

 

 

 死にたくない。

 

 倒さな、きゃ。

 

 

 死にたくない、死にたくない。

 

 

 

 死にたくない。

 

 

 

 死にたくないよ、⬛︎⬛︎。

 

 

 死にたくないんだ。

 

 

 

 ねえ、死ななきゃいけないのかな。

 

 

 ボクは、死ぬべきなのかな、⬛︎⬛︎。

 

 

 死にたくない。

 

 

 

「増幅しろ」

 

 

 

 ああ、嫌だよ、消えたくない。

 殺されたくない!死にたくないッ!

 ⬛︎⬛︎が居ない世界で生きたくない!──ああでも、ボクは本当に死にたくない!

 死ぬなんてどうかしてる!馬鹿げてる!

 

 ボクはアビスだ!ボクは⬜︎⬜︎だ!ボクはボク以外の何かじゃないんだ!絶対に、源石の粉塵なんかじゃないんだッ!

 

 ボクは口を開かない骸なんかじゃない!

 ボクは言葉も話せない亡骸なんかじゃない!

 ボクはまだ生きていたい!

 

 美味しい食べ物を食べるなんてのはもう無理でも、料理くらいは楽しませてくれよ!

 キミの役に立つことはもうできなくても、人の役にくらい立ってみせたい!

 

 ボクの努力を認められたい!

 ボクの抱える感情をもっと知ってほしい!

 

 もっと尊敬してほしい!

 もっとボクは好かれたい!

 

 ボクの、ボクの命を終わらせたくない……ッ!!

 

 

「増幅しろ」

 

 

 あああああ、ああああああああッッッッ!!!

 死にたくない死にたくない死にたくない!キミになら殺されても良い!ああ、やっぱり嫌だ!自分から鉄の刃を喰らうなんて馬鹿のすることだ!

 ボクは、でも、どうせもうすぐ死んじゃうんだ!

 全部全部無くなるんだ!

 

 大事にしてきたキミとの思い出は!

 居心地の良かったシーさんの通路は!

 オペレーター『アビス』の全部は、もうすぐ終わるんだよ!

 

 死にたくない!

 ずっとそう言ってるだろ!なんで神様はボクに何にもしてくれないんだよッ!知ってるよ、どうせボクみたいな悲劇が好きなんだろ、クソ喰らえだ!死んじゃえよ、そんな神様はさぁ!

 どうしてキミが居ないんだよ!どうしてボクより先に死んじゃったんだよ!どうして⬛︎⬛︎は!約束だってまだ果たせてなかったのに、どうして粉になんかなって、源石なんかに侵されて死んじゃうんだよ!

 

 なあ、⬛︎ラ!どうして、どうしてボクにキミの死を見せつけたんだよ……ッ!キミがそうしなければ、ボクはとっくに消えてなくなってたのにさぁ!!

 

 

「増幅しろ」

 

 

 嫌だ、嫌だよ!なあ、リ⬛︎!

 

 キミに最後に教えてもらうことが、キミが最後にボクに教えてくれることが、どうして……ッ!

 

 

 

 

 

 どうして、死の恐怖(こんなこと)なんだよ、リラ。

 

 

 

 

 

「増幅しろ」

 

 

 

「増幅しろ」

 

 

「増幅しろ」

 

「増幅しろ」

「増幅しろ」

「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だよッ!」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「ああああああああッッ!!!」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「みんな死んじゃえよッ!」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「ぶっ殺してやる!」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「どうして居てくれないんだよ……」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「ボクの恐怖を分かってよ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「全員殺してやるッッ!!」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「増幅しろ」「死にたくない」「増幅しろ」「増幅しろ」

 

 

 

 

 

「ああああああああああッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ボクの短剣からアーツを放射する。

 ボクがアーツの準備をしてから僅か一秒後のこと。

 

 努めて静かに、ボクのアーツは感情を伝達させた。荒れ狂う死への恐怖が心なしかボクの外へ流れ出たような気がして、少しだけ気分が楽になる。まあ、最悪にまで落としたのはボク自身なんだけど。

 

 

 ボクが自分のアーツを使っていて思いついた脳内反射は最初、ボクを絶叫させた。ロドスの艦内じゃなかったことが救いだったけど、ボクはその場に出ていた全ての敵を精神病棟送りにして、敵すら寄り付かなくなってとても楽なまま、希少原料の護送を終えた。

 

 それ以来ボクは完全防音の訓練室で増幅のさせ方を学んだ。

 

 まず第一に、理性が追いつかなきゃいけない。ボクが感情を押し込められているのはボクの理性がそれを制しているだけで、他には何の対策も講じることができない。

 だからこれをなんとかするために、ボクの増幅は理性がちゃんとある時に、言葉をトリガーにして使うようにした。ニアールさんが光になる時は詠唱するように、ボクも六文字のトリガーを決めた。

 

 次に、増幅させる感情は小さくも大きくもない、丁度いい大きさじゃないといけない。大き過ぎると、最悪一回の増幅でボクの意識がブラックアウトする。小さすぎると、大きくするまでに負担がかかりすぎて、やっぱりブラックアウトする。

 大きすぎる時の増幅では、過剰な興奮というよりは、いきなり鉱石病が進行し過ぎることの弊害、だと思う。誰にも話してないから全部推測になるけど。

 

 三番目に、増幅した感情は味方に伝わってはならない。当たり前だけどボクのアーツは、知られたくないっていうボクの心情を抜きにしても危険すぎる。

 増幅なんてさせなくても、昂ったボクの恐慌状態は少なくとも死の近くで慣れていなきゃ戦闘不能になるくらいなんだ。当然だった。

 それの対策としてボクは、ブレイズさんのアーツユニットも設計したとかいう元エリートオペレーターのMechanistさんに依頼をして、絶対に切っ先からしかアーツが射出できない短剣を作ってもらった。一人の時は他のアーツユニットを使って、若しくはアーツユニット無しで全方位に、誰かと居る時はこの短剣を使えばいい。

 

 そして、それが完全に決まった。

 

 

 そのはずだったんだけどな。

 

 

「お前、か」

 

 熱源女がボクの方に振り返った。今は炎のアーツを出していない上に涙を流していて、にも拘らず存在感は変わらない。

 アーツが効いていない訳じゃない。ただ、ボクの増幅された感情は、この熱源女──今はただのドラコか。ドラコの女によって完全に押し殺された。

 

 感情の扱いが上手すぎる。人外レベルだ。

 勝てない。絶対に勝つことはできない。

 

「あ、あぁっ……」

 

「お前が、今の感情を、私に」

 

 ああ、クソッ。

 死にたくないって──伝えただろッ!!!

 

「うらぁッ!!」

 

 上段蹴り、尻尾を地面に打ち付けて、反動を初速に変えて殴りつけ。どちらも手の甲で軽々と弾かれた。最初から分かってたことだけど、やっぱり身体能力も化け物か。

 

 中段蹴りを弾こうとした腕に尻尾を絡めて振り回す。ロスモンティスさんのような超重量を操る相手を見越して、H型鋼を用意してもらって訓練した経験がある。

 ちなみにそれをぶん投げてロドスの甲板を凹ませたこともあるし、ちゃんと効果はあるはず。

 

 ガクン、と体が揺れた。それだけだった。

 

「なん、でだよッ!」

 

 腕を振られた。それだけで数メートルボクは吹っ飛んで、広場にあった石像へと背中から叩きつけられた。

 まだ熱の篭っている石が熱い。さっさと立ち上がれ。早くしろ。

 

「があああああッ!ボクに、近寄るなッ!」

 

 形振り構わず、右ストレートを真正面から打ち込んだ。サリアさんの訓練の成果か咄嗟にしては上出来の打ち込みで、たぶんそこらへんの刑務所なら素手で脱獄できるレベルだった。

 

 ズズ、と押し込んだ。それで終わりだった。

 

 ボクの顔が、自分でも分かるくらいに恐怖で歪む。きっと嗜虐心でも誘うような風貌なんじゃないかな──ああもうっ、切り替えろ!

 死にたくないんだよ、ボクはぁっ!

 

 もう一度、今度はスピードを重視して、最低限のパワーでラッシュをし続ける。当たり前だけど、全部対応されて弾かれた。いや当たり前なら困るんだけど。

 連撃の切れ目に右から回し蹴り、を弾かれた瞬間に撓らせていた尻尾を入れる。ガードされるなら、その分ボクの手数を増やせば──尻尾が、尻尾で止められた。

 

 ヴイーヴルのボクは、太い尻尾を持つ。流石にトミミさんのようなオペレーターには敵わないけど、一般的なアダクリスや他の種族よりも太くて力の強い尻尾を持ってるつもりだった。

 それが、どうしてこんな細い尻尾で受け止められるんだ?ありえない、絶対にこんなことはありえないはずなのに、いや、このどう見てもボクより細い腕でボクを吹っ飛ばせている時点で分かることだったか。

 

 握った左の拳をドラコの女に向かって繰り出して、次の瞬間にはそれが掴まれていた。尻尾を捉えられて半端な重心のまま振るったから、掴まれてしまうまでに速度が落ちていた。

 

 

 殺される。

 

 

 ドラコの女は空いた左手で剣を抜き、ボクの首に当て、未だ流れ落ちる涙に一切構わずニヤリと笑った。

 怖い、恐い、だがそれ以上に、蠱惑的に女は笑った。まだ猶予があると思ってしまっていたから、恐怖を感じこそすれど、どこかで惑わされたボクが居た。

 

「少し強引だが──」

 

 首に鮮烈な痛みが走る。たった薄皮一枚押し入っただけで、ボクの脳はいつも以上の回転を始める。先までは頭の隅っこで思考を惑わせていた部分が押し潰されて、ボクの頭は恐怖一色に染まる。

 生への執着がボクの頭をより早く動かす。

 

「レユニオンに入らないか?」

 

 それでも、一瞬何を言っているのか分からなかった。

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