【仮題】感情トランスポーター   作:Gensigert

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アンケートを締め切らせていただきました。
回答くださった方はご協力ありがとうございました。

あと一日二回に投票してくださった方は勘弁していただけるとありがたいです。ならどうしてその選択肢を用意してしまったのか。それは作者のユーモアセンスが歪んでいるからに他なりません。


二十六 敵意のない否定

 

 

 炎が再度広がって、熱源女と捕まえられたアビスを囲うように展開された。逸早く火傷の応急処置を終えた前衛オペレーターが焦りと共に剣を持って斬りかかるが、触れた瞬間生じた爆発によって吹き飛ばされただけだった。

 たった数度タルラの猛炎を防いだだけで、Aceの体はニアールよりも酷いものになっていた。特にその盾を構える左腕は所々が爛れている。

 

 焼灼(しょうしゃく)止血を終えた後のような身を捩るほどの激痛がAceを襲っているはずだが、それに悶える様子は一切見えない。しかし痛みに顔を歪ませてはいなくとも、決して表情は芳しいものではなかった。

 

「あの龍女、中で何をしているんだ!」

 

 吹き飛ばされたせいで増えたケガを処置しながら、前衛オペレーターがそう叫んだ。Aceの顔もより一層渋くなる。

 

 先程までタルラと戦っていた──正確には遊ばれていたと言うべきだろうが──オペレーターの青年はタルラと共に炎のドームの中だ。

 いつ割り込むべきかと機を見計らっていたAceは、タルラが青年の首に剣を当てた部分までは見えたのだが、直後として放出された猛火に阻まれて、それからどうなったのかは分からなかった。

 

「Aceさん、どうしますか?」

 

「なんとかする──と言いたいところだが、どうすればいいのか見当もつかない。消えるのを待つしかないだろう」

 

「そう、ですか……」

 

 無力感に苛まれる前衛オペレーターの肩を叩いて、炎のドームを再度見やる。ロドス特製のゴーグルは煌々と燃える炎を真っ直ぐに見据えることができている。

 だが、それだけだった。

 エリートオペレーターであるAceに出来るのは青年が閉じ込められた檻の中を見ていることだけ。タルラの前では、数度炎を防ぐことのできたAceも、前衛オペレーターとほぼ変わらないということか。

 

「いつ消えても良いように、警戒は続けていろ」

 

 全員の応急処置が終わり、Aceの率いるオペレーター達はまた戦闘時の隊形に戻った。無力感は作戦に不要なもので、もし青年が殺されていたとしても、それに涙することは許されない。

 隊の練度が高いとは言え応急処置は一分弱かかっている。タルラの狙いが何であるのか、それが分からない限りはいつまでも警戒を続けることになるだろう。

 

 

 そして、その警戒はすぐに異物を捉えた。

 

 

──捉えられたのは、ロドスの特製のゴーグルを着用していたAceただ一人だったが。

 

 

「炎の中からアーツ反応!総員、身を守れ!」

 

 炎ではない、直線上に突き進む見えないアーツがゴーグル越しに確認できた。それも全方位、全角度へと、球を中から押し広げるように進むアーツ反応の塊。

 Aceの頭の中で、今まで見てきたアーツには全く当てはまらない挙動だと弾き出され、更にタルラへの警戒を引き上げた。

 

 そしてそれだけには留まらない。壁や床に衝突したアーツ反応は消えることなく屈折し、Aceの視界いっぱいに埋め尽くされる。

 人体にのみ影響がある、もしくは生物のみ。ヒーリングアーツと同種のものかと思ってはみたが、まず確認されるアーツ反応の量からして桁違いだった。

 しかし物に衝突すれば跳ね返ると言うのなら話は早い。炎に向かって真っ直ぐ盾を構えてさえいれば、そのアーツの効果は──寸前で盾の向きを変えた。青年の生死が確認されていないのにタルラのアーツをその方向へ弾こうなどという考えは最悪そのものだった。

 

 Aceの伝えたアーツ反応の特徴により、隊員の被害は未だゼロだ。広場全域に広がるアーツ反応を確認して、捲っていた袖を下ろす。頭は剥き出しだが、盾を持っているのに頭を守れないと言うほど耄碌していない。

 

 盾を構えて、弾く。

 広場を囲んでいたレユニオン達から絶叫や悲鳴が聞こえてくる。恐らく広場の熱が伝わったせいでフードや仮面を外していたのだろう。いや、たとえ外したのが手袋だとしても、このアーツは作用するのかもしれない。

 

 隊員達の不安気な空気が伝わってくる。レユニオンの号哭が混乱を呼び、また、叫びながら同士討ちすら始めた者すら見えた。

 何が起こっているのか、仮面を外して見ようとしてアーツにかかる者も居るのだろう。

 

 タルラの扱う二種のアーツは、最悪の相乗効果がある。

 猛炎による範囲殲滅効果だけでも恐ろしいと言うのに、それによって一部分でも肌を見せてしまえば、その隙間からこのアーツで刺し、少なくとも正常な思考能力を掻き乱す。

 

 どのような反則技を使ったのか分からないが、炎のアーツにあれだけ熟達していながら、この反射するアーツも負けず劣らずの熟練が伺える。

 

 しかし、おかしい。

 少なくとも放射を始めて何十秒かは経っているはずだ。それにも拘らず、アーツが止むどころかアーツ反応は増加している。

 これを青年がまだ抗っているからだと捉えるべきか、それとも青年の安否を心配するべきか。

 

 レユニオンの絶叫は続いている。声が枯れるほど叫んでも、雨後の筍のように湧いて出るレユニオンが被害者を増やしているのだ。

 広場に近づく者は居ない。あれだけ憎悪を燃やしている兵士たちが思考能力を奪われているように見えているのに、一向にAceたちには近寄ってこない。

 

 おかしい、まだ何かがある。Aceの頭が回転する。

 思考能力を奪うのみならず、何か他にまだ効果がある。

 レユニオン同士で討ち合っているのに、自分達には近寄ってこない理由は何だ?

 

「アイツら……もしかして敵に見えてる、のか?」

 

 絶叫を上げていた兵士が、心配するように声をかけてきた無手の兵士には特に何もしなかったが、盾を持って近づいてくる兵士の喉元に剣を差し込んだのを捉えた。

 

 絶叫している意味は分からない。だが、どうやら武器を持って近づいてくる者は敵だと思い込むらしい。それが、それ程までに思考能力を奪われているのか、それともそういうアーツの効果なのかは分からない。

 しかし対策は講じることができる。

 

「もしアーツを受けた隊員が居た場合、すぐに離れて隊形を組み直す。いいな!」

 

「了解です!」

 

 誰もが自分の死を覚悟している。

 オペレーター達が炎のドームへと向き合い──消えた。

 

 炎が消えて、そこから見えたのは……

 

 

 

 まるで車にでも轢かれたかのように吹き飛んでいく青年の蹴りを喰らったタルラと、蹴り終えた姿勢からすぐに倒れた青年の姿だった。

 

 

 

 

 

「あの化け物を自力で吹っ飛ばしたの?本当に?」

 

 Wの表す感情は当然ながら猜疑心だった。いくらアビスがあのサリアに鍛えられているとは言え、タルラの拘束から逃れ、剰え吹き飛ばして距離を取ることなど不可能だろう。

 薄暗い部屋の中、疑念に染まったWの視線がアビスを貫く。アビスが普通にタルラと戦えば、一秒にも満たない時間で首が切り落とされて終わるだろうと分かっているが故の、半ば嘘だと確信しているような疑念だった。

 

「タルラさんが遊んでくれていて、それでもかなり頑張ったけどね。具体的に言うと十数分後にようやく目を覚ましたから」

 

「それっぽっちで立ち直るのは真性の化け物なのよ」

 

「タルラって人はそんなに強いの?」

 

「人じゃないわ」

 

「えっ」

 

 人じゃないんだ、と途轍もなく失礼な勘違いを植え付けたところで、Wは足を組み直した。ちなみにだが、ライサも椅子を用意して座っている。座り方はもちろん二対一だ。

 

「そういえば、今はどうなってるのかしら?」

 

「さあ?前に聞いた時は、ウルサス帝国に引き渡すことにはならないだろう、とはケルシー先生が言っていたけど」

 

「ふーん」

 

 アビスの目が少しだけ鋭さを増してWを見ているのを、傍に座っていたライサは感じ取った。Wの持つ、剣を突き刺すような鋭さではなく、まるで注射針のような、痛みを伴わない鋭さだった。

 

 ライサは少しだけ、嫉妬する。アビスがその目でライサを見たのは、ライサを気絶させた後の問答の時のみだった。自分の感情を見透かすようなアビスの眼差しに、少し怖くなったものだ。

 恐らくアビスがその眼差しでライサを観察することはもうない。ライサはWとは違って心と信念が違う方向を向くことはないだろうし、疑わしい行動をする予定もない。

 

「それじゃあ、次はもうあたしの話よね」

 

「W、準備はいい?」

 

「ええ、そもそもそれを聞くためにこうして──」

 

「それは違う」

 

 アビスの冷たい声が部屋に響く。

 凍りつくような声をアビスが発したことに少し驚き、そして次に意味が分からない、とでも言いたげに眉を顰めた。

 Wは、報復するためにアビスをこの部屋へと入らせた。それは本当の本当に真実で、Wがそれをしようと思わなければこうはならなかったはずだった。

 

「何を言ってるのよ」

 

 Wの頭の中を埋めるのは、自分勝手に推し量るアビスへの怒り。他人の感情が自分の思っている通りだと()かす愚かな子供に最上級の苛立ちを覚える。

 顔を染めているのはアビスへの怒りで、それはアビスとの会話によって削がれていた殺意でさえもまた表出させる。

 

 ライサが不快感を滲ませてWを睨んだが、それを意に介さずアビスを()め付ける鮮烈な赤に染まった二つの眼光。

 それを真っ直ぐ睨み返すアビスの目には僅かばかりの敵意さえも浮かばず、ただ只管にWを否定し続けていた。

 

 敵意なく、否定する瞳。

 

 否応なく認めてしまいそうになるほど鋭く真っ直ぐで、しかし相対するWも怯むことなくWに殺意を送り込む。

 仲間はずれになったライサが人知れず拳を握ったところで、その膠着は幕を閉じた。アビスの目が細くなり、それはただ純粋に笑っていた。

 狂人め、とWが座り直し、ライサは固めた拳を振り被る。それはアビスの制する腕がなければWに撃ち抜かれて終わりだっただろう。

 

「はあ、本当だ……言われてた通りだった」

 

「はあ?」

 

 本当に頭がイカれたのか、アビスは変なことを言う。

 『言われてた通り』?何のことだ?

 

 Wの思考を占める問いに答えは見つからず、再度発せられるであろうアビスの言葉を待つ。だがアビスの言った言葉は更に素っ頓狂なものだった。

 

「年の功ってあるんだね、ライサ」

 

「えっ?あっ、うん。あるんじゃない?」

 

「ふふっ、いや、本当にね」

 

「何の話を……!」

 

 唸るWが銃口を向けても、アビスはそのニヤニヤと笑う顔を止めなかった。まるでライサがこの部屋でアビスに宥められた時のWのように、アビスは笑っていた。

 

「いいよ、話そうか。準備も出来ただろうから」

 

「準備って、何よ」

 

「それはそのままだよ、W」

 

 得体の知れない発言はどこから来ているのか、それはアビスの話を聞けば分かるのだろうか。そんな自分の頭に湧いた疑問を切り捨てて、Wは銃口の向きをアビスから逸らした。

 

 Wはその話を聞くためにアビスをこの部屋へと案内したようなものなのだから、アビスが話さえすればいい。そして最後に頭を撃ち抜けば終わりだ。

 アビスがどんな風に自分と接しようが構わない。アビスの言葉はきっと死の恐怖から来るただの戯言に過ぎないのだろうから。アビスの言葉は全て自分を欺くためのもので、つまりは自己暗示のようなものだ。恐怖を紛らすための、それに違いない。

 

 Wが唇を噛む。アビスの言葉が戯言だと思い込むことでしか平静を保てない自分自身の弱さに憤る。そして同時に分かっているのだ、アビスの発言がそんなつまらない嘘ではないのだろうということくらい。

 そもそも年の功が誰のことを指しているか分からないWには当然アビスの胸の内も分からない。

 アビスが言及しているのはW自身のことだ。順序が逆になってしまうが、自分自身のことが分からないWに他人のことが分かる道理もない。

 

 アビスの思い浮かべる人物はライサにも分からなかった。だが、少なくとも、アビスがよく昼食を共にするシーではない。

 彼女はケルシーの言葉によればアビスとそこまで仲がいい訳でもないらしいし、自分の考えを人に伝えることはあっても、自分の『言う通り』になる、と強制するほど押しが強くない。だからアビスも安心して隣に置いておける。

 

 とすれば、誰だろうか。ライサには分からなかった。アビスが頻繁に会っている人物は勿論、任務や風呂、就寝以外での時間はずっとアビスと共にある。ない時はLancet-2が報告してくれる手筈だ。今回の任務中が終わってからはまだ報告を聞いていないので、そのためだろうか?

 

 と、考えては見たが、ライサにとってそんなことはどうでもいいのだ。年の功なんて表現をするからには、シーやケルシー以外ではきっと老人だろう。知らないオペレーターだったとしても、自分の敵にはならないはずだ。

 

 ライサは知らない。自分が任務に行っていた隙に何人ものオペレーターがアビスと関わり始めていたことを。アビスが他のオペレーターと積極的に接し始めていることを。

 

 ともかく、アビスの心中は分からないままに、恐らく最後になるだろうアビスの話が始まった。

 

 アビスの吐いた言葉が、空気を揺らした。

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